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僕の探し物  作者: ネガティブ
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暖かい場所

 空は橙色に染まり、太陽は赤くなっていた。

 通り過ぎていく人達はそれぞれに予定があるようだ。このあと何処かで枝豆でも食べながら一杯呑もうかと考えているサラリーマン、このあと大好きな彼氏と映画観に行くんだよね最近公開された動物のやつタイトル忘れちゃったけどと同僚に自慢するOL、このあと某大学の女の子と合コンだから楽しみだと興奮している大学生、このあとバイトあるから先に帰るねと友達に手を振った女子高生。

 今日も疲れたね、お疲れ様でした、帰りの満員電車でまた疲れるわ、自分へのご褒美にハーゲンダッツ買っちゃうか、また明日も暑いのかな、水着ほしいね今度の日曜日買いに行こうよ。色んな声が聞こえてくる。

 地面には長く伸びた影が動いている。右往左往に動いている。

 足元を見たら僕には影がなかった。

 僕は帰宅する人、遊びに行く人、食事に行く人、仕事に行く人、それぞれの予定がある人達をすり抜けて追い抜いている。

 僕は走っている。学校へと急ぐために、謎を解き明かすために。

 もう少し家にいたかった、そうしたら祖母以外の家族が家に帰ってくるかもしれない。父でも母でも、姉でも祖父でも誰でもよかった。誰でもいいから見たかった、会いたかった。

 門から玄関へと続く石畳には誰かがいたような気がする。しかしそれが一体誰なのかを確認している暇はなかった。僕は全速力で走って、駆け抜けて、目的地まで止まらないのだ。

 振り向いても良かったかもしれない。それで誰なのか確認できたら少しは満足したのかもしれない。

 でも僕は振り向かずに走った。今もそうだ、ただ走っている。学校へ目指して、止まることはなく。

 学校にもう少しで着くけれど、今日のこれまでの事を一度整理したほうが良いのかもしれない。そうすれば頭がスッキリしそうだ、今の頭の状態はまるで祖父の部屋みたいにごちゃごちゃしているから。

 まず僕は海の中に沈んでいる夢を見た。妙にリアルな夢で、海の中にいるんだという感触というか実感というか、そういうのがちゃんとある。海の中はとても綺麗で遠くの方まで見えて、沖縄だろうかハワイだろうか、とにかく海が綺麗な場所だとわかった。それは別にどうでもいいことだろうけど。その夢を何回か見てその夢は続いているような気がした。僕は夢の中で太陽が明るくて眩しい外へ、海の外へと出ようとしている。しかしいくら動いても沈み続ける一方で、だんだん海の底へと沈んでいく。この夢にはどんな意味があるのだろうか。

 次は僕が何故制服のまま公園の休憩所で寝ていたか。僕は制服で、しかも公園で寝るなんてことはしない。いくら疲れていてもちゃんと家に帰る、そしてベッドへと横になる。それなのに何故公園にいたのだろうか、それが考えてもわからない。いつからあの場所にいたのか、何故あの場所にいたのか、これがわかったら大きな一歩となるはずだ。

 次は僕が何も触れなくてすり抜けて、誰からも見えない謎。これはもう答えはわかった、答えがわかるまで時間はかかったけれどとりあえず謎は解いたのだ。それは僕がこの世に彷徨う魂となっていたからだった。しかし何故こうなったかはまだわからない、自分で自分を殺したのだと一瞬思ったけれどすぐにそんな事するはずがないと否定した。だから誰かに命を奪われた、そういう考えが頭に浮かんだ。本当に僕はそんな事をされたのか、それはこのあと明らかになることを願う。

 とりあえずこんなものだろうか、他にもあるかもしれないけれど大通りが見えてきたから学校はもうすぐだ。

 大通りは昼間と同じように交通量が多い。右から左へ、またその逆も。車はびゅんびゅんと走っている。いったいそんなに急いで何処に行くんだろう。僕みたいに急ぐ用事があるのだろうか。

 道路の前では信号待ちをしている小学生が数人いた。ここで事故があったことはこの子達は知っているのだろうか。知っていても知っていなくても、信号が赤だから信号待ちをしているのだろうか。

 歩行者信号機は赤色の人がその場で止まっているイラストが描かれている。僕は小学生の横を駆け抜けて、車がびゅんびゅんと走る大通りへと走っていった。

 こんなことは本当はやってはいけない。本当なら今この瞬間僕は車にぶつかって跳ね飛ばされている。どこまで飛ぶのか、あっちだろうかこっちだろうか。想像するだけで怖い。トラックなら踏み潰されるのかな、ぐちゃぐちゃになって僕の体はパズルみたいに複雑になってしまうのかなと想像してしまうけどやめておく。

 車は僕をすり抜ける、次々すり抜けていく。僕は向こう側へと急ぐ、車をすり抜けて駆け抜ける。

 向こう側にも小学生がいた。あの事故で被害にあった子と同じぐらいの年に見える。小学生は大道路に走る車を真剣な目で見ている。道路へと飛び出すタイミングを伺っているのだろうか、いや手に何か持っているあれは本だ。タイトルはわからないけど車のイラストがある。どうやら車好きな小学生のようだ。

 その車好きの小学生を横目で見て、僕は道路を駆け抜けて反対側へと辿り着いた。ここまで来たら学校はもうすぐそこだ、学校に着いたらちょっと休もう走り続けてしんどい。

 魂になっても走ると息があがるというのは何だか生きているような感じがして嬉しい、でもちょっと奇妙でおかしい。幾ら走っても全速力で駆け抜けても、全く疲れなくて息もあがらなっかたら、その時は悲しくなるのだろうか。息があがることに懐かしむのだろうか。

 すれ違う人たちは皆そんな事は考えない、それどころか考える必要がない。何かの病気とか何かの障害をもっていなければ考えない。息をすること、息をはくこと、呼吸すること。それは今になってとても重要だと、特別なことなんだと実感できたしわかった。

 いつだったか忘れたけれど、僕がうまれた時に撮った映像を観たことがあった。再生ボタンを押すと父の顔があって、なんだか緊張したような顔でカメラを見ていて口がモゴモゴ動いてるけどなかなか喋らなかった。早く喋りなさいと誰かの声が聞こえて、父はわかってるよ母さんと言う。そしてようやくこっちを向いて恥ずかしそうに喋りだす。

 お父さんです、今より若いでしょ? その今が何年後かわからないけど。でも人は老いていくものだし間違ってはいないね。いやそんな事言いたいんじゃなくて、えーと何だっけ……そうそう君がうまれました、うまれたのは昨日だけどね。2250グラムでうまれてきました。軽いのかな、大丈夫なのかな、お父さんはお医者さんに訪ねました。そしたら大丈夫です心配ないですって、これから大きくなりますからって。でも軽すぎませんか、大丈夫ですか、また訪ねました。不安になるのもわかりますが何かあったらすぐに対処します、だから奥さんに頑張ったねとお子さんにも頑張ったねと言ってあげてください。そんなのはもう言ったんだよね、君がうまれて嬉しいしお母さんも頑張ってうんでくれたし。お父さんは感動して泣いたんだよ、そりゃもうエンエンと泣いて一生分ぐらい泣いたような気がするよ。君のおじいちゃんとおばあちゃんからは泣きすぎと呆れられたけどね。とにかくそれぐらい嬉しくて、今君が何歳ぐらいでこれを観てるのかわからないけど、君はお父さんとお母さんにとってとても大切な存在だからね。それだけは忘れちゃいけないよ。

 それとね君にはお姉ちゃんがいるよ。お姉ちゃんは君がうまれてきてくれてとても喜んでいるよ。お母さんのお腹がまだ大きかった頃は、いつもお腹を優しく撫でていて早く会いたいねと笑顔で君の歓迎をしていたな。そして君がうまれてお姉ちゃんは君のことが好きで好きでしょうがないって感じで、まるで小さなお母さんみたいで可愛いよ。

 お父さんとお母さんのもとに来てくれてありがとう。君がこの世にうまれてきてくれてありがとう。これから君の名前をお母さんと考えるね。もう決めているんだけど最後のチェックというか。名前はずっと君と一緒だから良いの付けなくちゃ、なんかプレッシャーになってきたな。

 ……あ、最後にいいかな。今この映像を観ている君、毎日楽しいかな? 忙しいかな? 辛いかな? 反抗期始まっちゃったかな? ひょっとしてもう成人していてお父さんとお酒呑んでる?

 僕がこの世にうまれてきて、そして母の顔を見て目が合って母は喜んで泣く。僕は暖かいところから外に出されて寂しくて、でも暖かくて大きな手でぎゅっと優しく握られていて。僕は呼吸するために泣いて、その泣き声は力強くて活き活きとしている。初めての呼吸から僕はこの世に生きている、暖かい場所ではなくてこの世で。

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