光を射し込むために
抜け殻の僕が無事だとわかった。祖母が僕の帰りを祈っていることもわかった。僕がいなくなって皆の心が真っ暗だとわかった。
一刻も早く元に戻らないといけない、家族のもとに帰らなくちゃいけない、光を射し込まないといけない。
あとは僕が何処にいるのか、それがわかればいいのだけど誰とも喋れないから聞き出せない。聞き出せたら急いでその場所に走るのに。
僕は祖母に背中を向けている。
お互い涙は見られたくないだろうから。泣く事がダメだってことではない、悲しい時や嬉しい時は泣いたらいい。我慢していたら体に毒なのだから。泣いたらスッキリするし。
今は何時だろうか。
僕がここへ来てから何分経ったのだろう、時計は振り向けばあるけれどそうすると泣き顔を見てしまう。ここは部屋を出て、近くの部屋で時間を確認したほうがいいだろう。
お邪魔しました。そう言ってからドアをすり抜けて祖母の部屋を出た。
二匹はくーんやにゃーと言っている。お疲れ様でしたと言っているように思えた。
廊下にはまだお線香の匂いが漂っている。しかしもうそれは気にならなくなった。
僕は近くの部屋へと急ぐ。祖母の部屋から近い部屋は祖父の部屋だ。祖母の部屋の隣にある。そちらに向けて歩きながら考える。
このまま僕の居場所がわからなかった場合はどうしよう。その時はもうここにいる意味がなくなるわけで、金髪を一人残してきた学校へと再び帰るべきだ。僕がここに来ていた間、ひょっとしたら何か謎が解けているかもしれない。それに全ての謎は学校にあるのではないかと思うから。
思うだけだから間違っているかもしれない。その時は何もわからないまま消えるのだろうか、天へと召されるのだろうか。
祖父の部屋の前に着いた。ネームプレートには祖父の名前がある。
僕はお邪魔しますと言ってからドアをすり抜けた。祖父の部屋はごちゃごちゃしていた。本や何かの工具や、棚にはプラモデルやフィギュア壁には絵画、色んなものがそこらじゅうにあって目が回りそうだ。
この部屋は足の踏み場がないからあまり入りたくはない。二匹もここには入ってこなくて廊下で待っている。うっかり何かを踏んでしまって、その踏んだ物が壊れてしまったら責任をとらなければならないからだ。ペットには責任はとれない。
大人だったら責任をとらないと、そうニュースを観ながら祖父はよく言う。しかし僕はまだ中学生で、まだ義務教育中で、まだこどもだ。だから責任はとれない、ペットと同じなのが何だか嫌だけど。それでも僕ができる範囲の責任ならとりたい。壊してしまった原因が僕にあるのならそれは当然のことだ。
なので余程の用事がない限りはこの部屋には来たくはない。因みに家族も殆どこの部屋には入ろうとしない。ただ祖母はよく来る、いい加減片付けなさいとかいらない物あるでしょと、一応はこの足の踏み場がない部屋を気にしている。よく来るからその分よく踏んでいて、そのたびに踏んだ踏んだと祖父はうるさい。
しかし今は踏みたくても踏めない体だからラッキーだ。魂になって嬉しいと思える時もあるんだな。
さて時計はどこにあるのだろう。ごちゃごちゃしているから時計を見つけるのも一苦労だ。祖父はこんな部屋でよく時間がわかるなと感心する。
壁には絵画がびっしりと飾られている。見たことある作品から見たことない作品まで、本物なのかレプリカなのか偽物かわからない。棚には色んなプラモデルやフィギュアが飾ってある。昔から今でも人気なロボット、セーラー服を着て戦う美少女、アメコミのヒーロー、車や飛行機やバイクや船。そしてついこの前アニメが始まったばかりのモノもある。
壁にも棚にも時計は見当たらない。というより時計を置く、もしくは掛けるスペースがないのだろう。
奥にある立派な机と立派な椅子を見た。そこに何十冊か積み重ねられた本の上にある置時計が確認できた。反対側なのでこっちから数字は見えない。
あの場所まで行くのか。なんだかめんどくさくなってきて、それなら別の部屋に行ったほうが早い気がした。でも祖父の部屋は滅多に来ない、そう思うともう少しここにいたい。
僕はごちゃごちゃした部屋の奥へと進んだ。途中で色んな物が床には置かれていた、普通なら慎重に進まなくてはいけないところを僕は大股で進みあっという間に通り抜けた。慎重にならなくてもいい、踏むということはないから、全部すり抜けるから。
時計を見るために正面へとまわる。時計は天辺を指していた、長針も短針もどちらも上を向いていた。今はそんな時間ではないはずだ、この時計は電池が切れているのか壊れているのか二択でつまり時間がわからないということだ。
せっかくここまで来たのにとがっくりした。そういえば祖父はいつも腕につけた時計を見ていた。それで時間を確認しているのか。だからって置時計や掛け時計の一つは部屋にあってもいいだろう。
僕は急いでドアに向かった。ここにいては時間がわからない。
祖父の部屋を出ると、目の前に祖母が歩いていた。もう泣き止んだのだろうか、目は赤いけれど泣いてはいない。
祖母はお風呂場の方へと歩いて行った。今からお風呂に入るとは思えない、トイレだろうか。
僕は中庭の窓から外を見た。太陽の光加減はさっきまでと違う気がする。気のせいだろうか、日が傾いているような。
背筋にゾクっと何かが走った。
僕は壁をすり抜けて中庭へと出た。家の真ん中にぽっかりと空いた空間、そこは光を取り入れるために作った中庭で、ここで洗濯物を乾すこともできる。
中庭から空を見上げた。空は青色ではなくなっていた。橙色が広がっている。
夕方だ。いつのまにか知らず知らずのうちに時間が経過して、学生は帰宅する時間になっていた。
皆が学校から外へ出ていく、それは手がかりが遠ざかっていくような気がした。誰が謎を知っているのかわからない、だから皆が学校にいる間に謎を突き止めたかった。
まだ部活や委員会で学校に残っている生徒はいるだろう。しかし全員ではない。
生徒だけが謎を知っているとは限らない。先生が知っているかもしれない。学校で起きたことは先生が知っていて当然だろう。
突然のことで動揺する。さっきまであんなに明るくて、まだお昼を過ぎたところだったのに。
とにかく急いで行かなくては。学校へと戻らなくては。
祖母の顔をもう一度見たい。しかしそんな時間はない。
僕は駆け出した。僕を取り戻すために、謎を解くために、家族の心に光を射し込むために。
青色の屋根が目印で、三階建ての一軒家で、駐車場と小さなログハウスと沢山の花に囲まれた庭がある家の駐車場に一台の車が入ってきた。
車から降りてきたのは茶髪の女性だった。茶髪の女性は携帯を触っている。メールを打っているのかどこかのサイトを見ているのか、なにやら難しそうな顔をしている。
そして携帯をズボンの中に入れてスマートキーを押した。すると車から音が鳴った、鍵が閉まったのだ。
茶髪の女性は駐車場を出た。悲しそうな顔で空を見上げている。どうしたのだろうか、何かあったのだろうか。
そしてゆっくり歩いて石畳の上で止まった。女性の目の前には庭が広がる。
携帯をまた見る。画面に何が表示されているのか、反射していてわからない。
茶髪の女性の髪が突然揺れた。風が吹いたのだろう。しかし庭に咲く花々は揺れていない。女性は右側を見た、門のあたりをじっと見ている。
しかしそこには門があるだけで何もない。女性は何を見ているのだろう。
携帯を再びズボンに戻して、玄関へと歩いて行った。
そして何か聞こえた。大きな声だ、何と言っているのか聞きにくい。ただ一つ聞き取れたのは、急いで病院に行きましょう。




