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僕の探し物  作者: ネガティブ
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二階、三階

 何故祖母はテレビの電源を消したのか。

 それはこの映画の結末を知っているからだろうか、先を読めてしまって観るに値しないと思ったからなのか、僕の大事にしていた皿を割ってしまって映画どころじゃなくなったからなのか。

 観るに値しないならそもそも観ないだろう。だからこの場合は皿を割ったことが関係していると考えたほうが納得できる。

 祖母は何も点いてない、真っ暗となったテレビから離れるかのように目を閉じている。その様子からは何もわからない、祖母の心は全然見えない。

 僕はソファーに座った。祖母の横で、祖母の横顔をじっと見る。

 こんなに皺があったんだ、でも年齢の割には肌綺麗だな、僕が生まれてくる前も祖母は祖母だったのかな。普段だと考えないことも何故か今は考えたくなる。

 リビングはとても静かだ。

 テレビを消して静かになった。壁に掛かっている時計の音ぐらいしか聞こえない。外から聞こえてくるのは夏になると大合唱を始める奴らだ。奴らは土の中で何年か過ごして、やっと土の外に出てきたと思ったら約一週間でその一生を終えてしまう。だからこそあの大合唱は魂の叫びと捉えても良いのかもしれない。力の限り、命尽きるまで、必死に一生懸命に。そう綺麗な捉え方のほうがロマンがあって良い、しかしそんなロマンはなくって、あんなにうるさいのはただ単にメスに存在を主張して交尾するために鳴いているのだ。土の外にいる期間は少ない、だから必死で鳴かなくてはいけない。子孫を残すために。

 そう思うとロマンなんてものはあっという間になくなって、どうでもよくなって早く秋になって鳴き止んでほしいと願いたくなる。

 そんな考えは奴らには全く関係がなくて、子孫を残すのは人も奴らも同じことなんだろう。それを繰り返しているかこそ僕には父がいて母がいて祖父がいて祖母がいる。そして夏になると奴らの大合唱が聞こえてくる。

 祖母は横になっている。眠いわけではなさそうだ、しんどいわけでもなさそう。

 僕は横になった祖母の顔を覗き込む。目を閉じていている、静かに息をしている、リラックスしているような気がする。

 僕は時計を見る。さっきより進んでいる、時は止まることはないのだ。僕はもう一度祖母を見た。ソファーで横になっている、目を閉じている、何か考えているのだろうかそれとも何も考えてはいなくて心を無にしているのだろうか。

 腰を上げて祖母を見下ろす。もう少し側にいたいけれど僕にはやる事がある、僕という魂がなくなった僕の抜け殻を探すんだ。祖母の様子は元気があるのかないのかわからない、だから気にはなるけど先に進む。

 ドアのほうへと歩く、壁をすり抜けて廊下へと出た。

 抜け殻となった僕がいるとするなら僕の部屋だ。僕の部屋は三階にある。三階には僕の部屋、姉の部屋、あとは物置スペースと洗濯物を乾す部屋と使われていない部屋が一つある。使われていない部屋は弟か妹かがいたらその子の部屋となっていただろう。

 階段を上がる。

 僕の足音だけが響く。太陽の光が天窓から射して明るいはずなのに何故か暗い。

 二階はしんとしていた。誰もいないのだからそれが普通なのだけど、外からの音も何も聞こえてこない。まるで蝉の鳴き声が遠くにいったようだ。

 外は暑いはずだ、一階のリビングは冷房がかけられていて涼しいはずだ、僕は体感を感じられないはずだけどここはひんやりとした空気が漂っている。これは嫌は空気だ、怖いとか恐ろしいとかそんな感じの。そして太陽の光が射し込んでくるはずなのに何故か暗い。

 僕は三階へと続く階段を見上げる。

 その先は一階よりも、二階よりも、太陽の光が届いているはずなのに暗い。

 三階には僕の部屋がある。そこには抜け殻の僕がいて、魂となった僕を今か今かと待ちわびているはずだ。そして寂しがっているかもしれない、心と体は二つで一つなのだろうから。

 僕は一歩階段へと足を乗せた。

 しかしひんやりとした空気がさらにひんやりとしたような気がして、足を元に戻してしまった。

 僕は温度は感じないはずだ、暑いとか寒いとか。それなのに今ひんやりとしたのは何故だ。

 これも誰かが僕を邪魔しているのだろうか。三階には、僕の部屋には何がなんでも行かせないという誰かの執念なのだろうか。

 それとも僕がただ怖がっているだけなのか。そんな事はないはずで、僕はただ僕の部屋に行くだけだ。それのどこが怖いのか全くわからない。もし怖がっているのだとしたら抜け殻となった僕を見るのが怖いのかもしれない。外から自分自身を見るなんて初めてだから、外から見たら何か違って映るのかそれとも何も変わらないのか。

 その不安は確かにある。

 いつもは自分と内から接していた。それが外から見るとなると果たして自分の目にどう映るのか、それは想像しても靄がかかる。ただの想像なんだからそこは気を利かせてくれよ、結果はどうあれ想像だけでも見せてくれ、そう思っても靄はとれない。

 想像じゃダメなんだ、だからこの先にいる抜け殻の自分をしっかりと見ないといけない。それができたら僕はこれまで以上に自分と上手く接することができるかもしれない。内からも外からも自分を見たやつなんてあまりいないだろうから。

 僕は意を決して階段を上る。

 ひんやりとした空気が漂って少し寒ぐらいだ。今は夏なのに、かき氷が冷たくて美味しくて海やプールが冷たくて気持ちいい夏なのに、ここは夏とは違う空気が漂う。

 熱帯夜だと窓を閉めて冷房をつけて眠るけど、夏の終わりになると少しだけ夜は涼しくなってコオロギやスズムシなんかの声が聴こえてきてそれを聴くとなんだか涼しくなった気がして、もう夏は終わりで秋なんだと思わせてくれるような。そんな秋の空気がここには存在している。

 三階もしんとしていた。一階よりも二階よりも太陽に近いはずの三階だけど、一番暗いような気がする。窓から外を見てみるとそこはとても明るくて、とても暑そうな世界が広がっていた。

 僕の部屋へと歩く。足音だけが静かに響く。

 姉の部屋のドアが開けっぱなしになっている。姉の部屋は太陽の光で明るくて、花柄のデザインの壁紙がよく見える。机に置かれた教科書やノートや参考書や辞書なんかも、可愛いぬいぐるみも。ここだけが明るいなんてまるでこの家を照らす光は姉といっているみたいだ。

 僕がこうなった現状、姉がそうなるのも無理はないかもしれない。姉は有名な進学校に行っている。成績は優秀で、美術部に在籍していて姉の作品が幾つも賞をとっているようだ。将来は医者か弁護士になりたいのだとか。僕から見たら姉は優秀で、完璧な人だと思える。欠点や不足が全くないように見える。身近にこんな人がいたら焦るしかない。しかし姉は優しい口調で言うのだ、欠点や不足が無い人なんていないの私にもそれは有るけれど上手に隠しているだけ。

 それは完璧だからこそ言えるセリフではないのか。凡人にはそんなセリフは一生言えるはずがない。そんなセリフを言えてしまう姉のことが苦手だ、でも嫌いだとは思わない。そりゃ嫉妬や焦りはある、姉がこうだと弟である僕は常に比べられてしまう。姉みたいに良い点数をとらなきゃ、姉みたいに良い成績を残さなくちゃ、姉みたいに欠点や不足が全くないようにしなくちゃ。

 あまりにもその事を考えてしまって吐いたことがある。その時姉は僕に優しい口調で笑顔でこう言った。私のせいでプレッシャーをかけてごめんね私はただ上手に隠しているだけなのにそれを誰もわかってくれないの、こんな姉でごめんなさいもっと優しいお姉ちゃんになりたかった。

 そのセリフもやっぱり完璧だからこそ言えるのだ、凡人にはやっぱり言えない一生言えるわけない。それでも姉は僕の大好きな存在で、尊敬をしているし応援したい。僕がこうなった事で一番悲しいのは姉だ、姉はいつも僕の事を気にしてくれていた優しくしてくれた。ブラコンと言われてもおかしくはないぐらいに僕のことが好きだった。

 そんな姉を一人にしてしまって申し訳ない。ごめんなさいお姉ちゃん。僕は姉の部屋に向かって頭を下げた。深々と下げた。


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