学校外
そこにいたのは女子生徒だった。
眼鏡をかけていて黒髪だ。クラスメイトではない、この人は見たことがない。じゃあ同じ学年か、違うクラスの人か。それも考えたけど、それも違っていた。
名札には二年三組のプレートがあった。何故下級生がここに。
もしかして金髪を待ち伏せして、そして攻撃をしたのはこの下級生か。僕は金髪のほうを見た。
金髪も驚いているらしく、目を大きくしていた。
「君をこっちに送った犯人はこのこ?」
「わからない」
「何故わからないの? 見てないの」
「そのとおり、俺は何も見ていない。だからコイツが俺をこうした犯人なのかわからない」
そうかと小声で言って下級生をまた見る。何やら辺りを警戒しているみたいに、頭をゆっくり動かしている。口元を手でおさえながら教室を見回している。
そしてこの場所には誰もいないということがわかると、教卓から出てきて入口の方へと歩いてきた。僕の横を通って、ゆっくりと廊下へと顔を出した。
「このこ警戒している」
「怪しいなーコイツ犯人のような気がしてきた」
廊下にも誰もいないことを確認したのか、下級生は大きく息をはいた。ポケットから携帯を取り出して、何かを見てすぐに携帯をポケットに戻した。
するとフフっと笑った。不気味だと思った。
このこは何のために教卓に隠れていたのだろう、それは金髪を攻撃するためなのかそれとも違うのか。ここにきてまた新たな人物が登場して、僕の考えがごちゃごちゃになってしまいそうだ。いやもうごちゃごちゃだった、さらにごちゃごちゃになってしまったというほうが正しい。
下級生はもう警戒なんてしない。ズカズカと後ろのほうへと歩いていって椅子を引いて座った。そして何かを考えるように目を閉じて、静かな時が流れた。
目を開けるとすぐに立って、お邪魔しましたと言い残して教室から出て行った。
「後を追う?」
「そうだな、アイツは超怪しいから」
僕は教室を出て、下級生の後を追った。
少し前を歩いている。今からどこに行くのだろうか、授業に戻るのかそれともサボるのか用事があってあの教室にいたのか。
さっき何を考えていたんだ。頭の中を覗くことができたのならそうしたい。二年生である女子生徒が、三年生の教室の教卓に隠れていて、そして適当な椅子へと腰をかけて目を閉じて考え事をするなんて怪しすぎる。
「どっかで見たんだよな」
金髪は歩きながら腕を組んだ。何か考え事をしているようだ。
「何を?」
「何をってアイツだよ、超怪しいヤツ」
そう言って前を歩く下級生を顎で指す。腕組みはやめない。
「あのこの事を知っているの?」
「知っているとういか見た事がある」
「同じ学校の生徒だからそりゃあるんじゃない」
「そうなんだけどさ、そういうことじゃないんだ。何かどっかで見たんだ」
「生徒会にはいなかったよ」
僕は生徒会のメンバーだ。会長になりたかったけど、それは別の人に譲ったような気がする。
……あれ、誰に譲ったんだっけ。全く思い出せない。その人は何だかとっても会長になりたがっていて、他の人は僕で良いんじゃないかと言っていた。それなのにしつこくて、僕に会長を諦めてくれるように何度も何度も言いに来たっけ。
それであまりにしつこいから、会長を諦めてその人に譲ったんだ。そうしたらその人は笑顔でありがとうと言って、渇いた拍手が生徒会室に響いたっけ。
そこまで覚えているのにその人が誰なのかわからない。会長を譲った人は誰なんだ。
「そっかお前生徒会だったな」
「……僕も今思い出した」
「おいおいそれはマズイよ、今日中には消えるのに」
「僕は本当にこのまま昇っていってしまうんだろうか、まだその実感は全くないよ」
「俺だってこうなった実感全くないよ」
「そりゃ突然そうなったら戸惑うよ」
「お前も突然だったんだろ」
「うん」
このまま消えてしまったら、僕という存在は文字通りこの世から消えてなくなるのだろう。何もかもが消えてしまって、もう何も残らないだろう。もう二度と家族に会えない、もう二度と友達に会えない、もう二度と後輩に尊敬している先輩に会えない。もう二度と生きているという時間は流れない。
消える、それってどんな感じなんだろう。少しずつ意識が遠のいていくのかな、それとも何も考える時間なんてなくてあっという間に消えるのかな。その時が来たらそれは自ずとわかる事だけど、その瞬間というのは楽なのか苦しいのか知りたい。痛いのは嫌だ、苦しいのも嫌だ。何も痛くなくて何も苦しまずにその時をむかえたい。
家族に会いたくなってきた。
今日は公園のベンチで目を覚ましてから、自分のことで頭がいっぱいだった。だから家族はどうしているのだろうかとかそんな事は全く考えてはいなかった。
僕の家族は六人だ。父、母、祖父、祖母、姉、そして僕。ペットもいる、犬と猫だ。ペットも大切な家族だから僕の家族は六人と二匹だ。皆今どうしているだろう、僕の事を思っているのか考えているのか、悲しんでいるのか寂しんでいるのか。
まだ調べたいことはある、それでも僕は消える前に家族に会いたい。
ここを離れたことによって謎は謎のまま残って、そして何もわからないまま僕はこの世から消えてなくなるかもしれない。でも僕は家族に会いたい、家族の前なら思い切り泣ける気がするから。それでスッキリしたいしスッキリさせたい。
お別れの挨拶ぐらいしなくちゃ、昔僕が小さかったとき挨拶がよくできる偉い子だねってよく言われたから。さようならがいいかな、バイバイが良いかな、何にしようかな迷うなホントに。
「なあ」
「ん? 何だ」
「そのこは君に任せたよ。僕は行かなきゃならない」
「えっ、行くってどこに?」
「僕は今日中に天へと昇るんだろ、だから家族に会いたいんだ」
「そっか……」
「うん、だからそのこは君に任す。僕は家族に会いに行く」
「わかった。そういうことなら止めないよ」
「ありがとう」
「いいよ、俺だって最後は家族に会いたいし」
「じゃあもう行くね。すぐに戻ってくるから、またあとで会おう――――」
僕は金髪に後を任した。金髪は任されたことが嬉しいのか嬉しそうだ、いい顔になっている。
前方には下級生が歩いていて、このこが何者かはとても気になる。でもそれは金髪に任せて僕は家族に会いに行く。
僕は走り出した、下級生を追い抜いていく。廊下は走ってはいけませんという張り紙が壁に貼ってあったけど僕は気にせず走る。急用があるんだから許してくれるだろう。
横目で教室を見た。先生が黒板に数式を書いていた。次の教室では黒板に英文が書かれていた。
階段を下りる。急いでいるときは階段はめんどくさく思えてくる。
ホールを走る。さっきはあんなに人がいたのに今は誰もいない。
生徒用玄関を抜けて、外に出た。
息を整えて、また走る。
門は閉まっている。防犯上閉めているのだ。昔はずっと開けていたみたいだけど、それだと誰でも学校内に入ってきてしまうからやめたみたいだ。
僕は門をよじ登ることなく、すり抜けて学校内から学校外へと出た。
学校前の大通りは相変わらず車がビュンビュンと走っている。どこにこんなに車が置けるスペースがあるのだろうと思ってしまう。
僕は走る、僕の家に向かって。
金髪は下級生を追っている。下級生はキョロキョロしながら辺りを警戒している。
今は授業中だ、先生に見つかったら怒られるから警戒しているのだろうか。
「このこ誰だっけな、あいつらと遊んでる時に見たことあるんだよなー」
金髪は独り言を呟いている。
「あれは何処だったっけ。場所はわからないけどあの時和風の服を着ていて、箒で掃除していたな」
目の前で男子生徒が生徒玄関から勢い良くでてきて、息を整えて、門をすり抜けて、そして走っていった。
それを壁にもたれ掛かって見ていた。
見届けて、空を見上げている。眩しいのか目を細めた。
そして生徒玄関へとやってきて、靴箱に手を伸ばす。
「もう少しで全部終わる」