三年四組 3
確信したからなのか、何だか胸の辺りのモヤモヤが綺麗さっぱり晴れたような気がする。
僕の事に関して重要なことがわかった、これは大きな第一歩と言えるだろう。今まであまり何もわからなかった、それがやっとわかったから気分が良い。
このまま全ての謎があれよあれよとわかってしまえば良いのだが。そうなったら僕が彷徨う理由もなくなって、天へと昇って楽になるのだろうか。
金髪は「今日中に天からお迎えが来るらしいよ」と言っていた。それはつまりタイムリミットは今日ということなのか。
そうだとしたら急がなくてはならない。僕が跡形もなく消えてしまうその前に。
金髪は倒れている、大食いは泣いている。二人を無視して先を急いだほうがいいのだろうか。
僕は金髪へと近づく。息をしているのかしていないのか、とても静かで口から泡が出ている。大食いは鼻水をすすっている。
いったい金髪の目的はなんだったのだろう。
僕が見えたのはたまたまなのか、いやそれとも僕を攪乱させるために話しかけてきたのか。金髪の後ろに誰かがいるのはわかった、そいつの命令で動いていたのだとしたらやはり僕を攪乱させるためにやったことなのか。
さっきそれを話してくれればこんなに悩まなくて済んだ。
起きてくれ、さっきみたいに馬鹿みたいな顔を見せてくれ。そして教えてくれ、何が目的で誰に命令されたのか、僕の何を知っているのか。
「……そんな資格は僕にあるのか?」
さっき諦めた、金髪を助けることを放棄した。助かっても助からなかってもどっちでもいい、そう思ったじゃないか。それなのにそんな事を思うのはどうなのか。
自分さえ良ければそれでいいのか僕は。僕は他人がどうなろうと関係なくて必要だと利用するのか。利用さえすればすぐに突き放すのか。突き放したらもう興味は無くなって僕の記憶から消えるのか。
最低じゃないのかそれは。僕は最低な人間なのか。
生きてはいないこの現状でも、僕は自問自答を繰り返す。天へと昇ったらそんなめんどくさい作業はしなくていいのだろうか。
金髪を見る。大食いを見る。二人は僕みたいに諦めていないだろう、金髪は助かりたいと願い大食いは助かってくれと願っているはずだ。
僕は諦めた、その事実は変わらない。しかし今からでも助かってほしいと願うことはできるはずだ。資格がないとしても、一度諦めたとしても。
「なあ」
そこに倒れている金髪に声をかける。
「君が何を隠しているのか、それは物凄く知りたい。でも今はそれどころじゃない、助かってほしいと願う」
金髪の手に、僕の手を重ねた。
「僕みたいになっては駄目だ、僕みたいになったら不安だらけでとても寂しくて、今すぐにでも泣き叫びたくなってしまうから」
しかしすり抜けて、僕の手は床に当たる。
「お前はそんな気分で彷徨っていたのか?」
金髪の声が聞こえた。しかし金髪は、そこで目を閉じて倒れている。
「やっとお前の姿を見れた、ぼんやりとじゃなくしっかりとね」
金髪の横に、誰かが立っていた。恐る恐る目線を上げていく。
「俺もこっちに来てしまった」
そこにいたのは金髪だった。床に倒れているのも、その横で立っているのも、どちらも金髪だ。しかし倒れている金髪より、今僕に話しかけた金髪のほうが顔色が良くて元気に見える。
「……こっちに来たって?」
「うん、そこに俺が倒れてるだろ。それでここに来たのかな」
「え、それってつまり」
「お前と同じなのか、そうじゃないのか、俺にはわからん」
「そう、でも今なら聞けそうだ」
「諦めたくせに図々しい」
「それが僕の長所なんだ、短所でもあるけれど」
「やっぱり嫌なヤツだ」
「何でさっき教えてくれたの? 置き土産みたいなことしてさ」
今日中に天からお迎えが来るらしいよ、金髪がそう言ったことについてだ。そう言ってから金髪は僕と一回も目を合わさなかった。そしてここで突然倒れた。それは何か関係があるのだろうか。
「あーあれな」
「それについて詳しく聞きたい」
「あの時はもうお前が見えにくくなってたんだ。ぼんやりと見えていたのが、うっすらと見えるようになって」
「だから最後に言い残したの?」
「そういうこと。俺って優しいでしょ」
「優しいかはおいといて、君が隠していた事を教えてくれないかな」
「いいよ」
金髪は笑顔でそう言った。僕は驚いて、口を間抜けにポカンと開けた。
「……え、いいの? さっきは散々嫌がっていたのに」
「いいっていいって」
「じゃあ教えてほしい、僕の何を知っているのか」
「何も知らない」
「はあ?」
金髪は真顔でそう言った。僕はまた驚いて、また口を間抜けにポカンと開けた。
「さっきまでは覚えていたよ、でも倒れてこっちに来て忘れてしまった」
「そんな……」
「俺に命令した偉そうなヤツがいたのは覚えている、でもそれが誰だったのか忘れてしまった」
「……」
「そんな顔するなよ、忘れてしまったものはしょうがないじゃん」
「……本当に忘れたの?」
「お前俺を疑ってるのか、信用しろよこっち側に来た仲間なんだからさ」
「仲間なのか僕たちは」
「今だけな。俺はこっち側のこと何も知らないからさ、お前のがこっち側では先輩だろ」
「そんな先輩は嫌だな」
金髪はこっちに来たというのに怖くないのだろうか、寂しくないのだろうか、悲しくないのだろうか。そんな表情はしていないように見える、ということは平気なのだろうか。不良だからどんな状況におかれても何も怖くなくて、瞬時にその状況を把握するとでもいうのか。
昔彷徨う魂を見ることができたと言っていた。なら昔からこっち側の住人との交流があったのだろうか、だから自分がこっち側に来ても動揺していないのか。
「あとこれも言っておいたほうが良いのかな」
「なに?」
「お前に言ったじゃん最後に。あのあとお前が全く見えなくなってスッキリした。もう完全に見えなくなったのかって安心した」
「うん」
「彷徨う奴らが怖いってわけじゃないよ、でも気持ち悪いじゃん俺にだけ見えるのは」
「怖がらせてごめんなさい」
「だからこれでようやく開放されたのかなって。そう思っていたら急に気分悪くなってさ、なんか頭に衝撃が走って」
そう言いながら金髪は頭を撫でた。そこには金色の髪の毛があるだけだ。
「……それは、誰かに殴られのかもしれない」
「そうだとしたら誰が? あの時あの教室には俺だけだったぞ」
「んー難しい」
「難しい問題はお前に任せる」
僕は腕組みをした。金髪も腕組みをする。
金髪が倒れたのは誰かに攻撃されからだ、それは突発的なモノだった。金髪は突然襲われて、逃げることも避けることもできずに攻撃された。だからここに来てしまった。じゃあ何故金髪は攻撃されたのだろうか。攻撃されるということは、攻撃されるほどの理由があったに違いない。その理由というのは、金髪が知っているという僕の事か。そう考えたらあの時この場所で、一人になった金髪を攻撃して口封じしたという推測ができる。
金髪を攻撃した犯人は、金髪が邪魔になったんだ。
「先生! こっちです、早く来てください!」
その時廊下から勢い良くタバコが飛び込んできた。息が上がっていて、汗もダラダラかいている。
少し遅れてやって来たのは、隣りのクラスの担任だった。頬がこけていて背が高くて細くて、牛蒡というニックネームがついた牛蒡先生だ。
牛蒡先生は倒れている金髪が目に入ると、目を見開いて駆け寄ってきて金髪の口元に耳を近づけた。
タバコと大食いは牛蒡先生の様子を涙ぐみながら見ている。
助かるからな、すぐに助けるからな、そう何度も言いながら金髪を背負った。細い体で金髪を背負う。
タバコと大食いは金髪を支えている。
そして教室から出ていった。
教室に残された僕と金髪は何も言わなかった。いや言えなかったというほうが正しいのだろうか。僕はただその様子を見ていて、金髪はその様子を見ていなくてコンパクトミラーを覗き込んでいた。
自分が連れて行かれるのを見たくないのだろうか。自分のあんな姿を見るのは怖いのだろうか。
僕は教室を見渡す。
金髪がこの教室に入る前に誰かいて、金髪が入ってきた瞬間に攻撃したのだろうか。金髪がこの教室に入ってすぐに僕も入った、あの時は他に誰もいなかったはずだ。誰かがいたならすぐにわかる、二つある出入口のひとつから僕が入ってもう一つは閉まっていた。いったい犯人はどうやって金髪を攻撃して、この教室から姿を消したんだ。
「とりあえずさ、廊下に出ようよ。色んな形の雲でも見ながら考えよう」
金髪は僕の肩を軽く叩いた。
「そうだね」
頷いて教室を出ようと教卓の近くに来た時だった。ガタンと音がして、イタタと声が聞こえた。
そして教卓からゆっくりと顔を出して、誰かが姿を現した。