本館廊下 3
「……俺は何も知らないよ」
嘘だ。何も知らないわけがない、何も知らなかったら動揺なんてしない。何かを知っているから嘘をつくんだ。
「何か隠し事してるでしょ?」
僕は見下ろしながら言った。目線の先には汗だくで、僕と目を合わせないようにとそっぽを向いている金髪がいた。
「そんな事してない、何故そんな事俺がするんだよ」
「さあね、そんなの僕は知らない。ただ君が僕に何か隠しているのは事実だ」
「……俺は馬鹿だから何もわからねーよ」
「話しかけなきゃよかったとはどういう意味?」
「馬鹿に何聞いても意味ないぞ、バカがうつるぞ」
「何も知らずに上に昇っていったとはどういう意味?」
「何お前そんなに馬鹿になりたいの? 馬鹿になったら大変だぞ」
「僕に何をした? 僕の何を知っている? 何を隠している?」
「馬鹿馬鹿しくなってくるよ馬鹿馬鹿って何回も言ってたら」
「……」
金髪は馬鹿馬鹿と呟いて両耳を手で塞いで、僕の声が聞こえないようにした。そんな馬鹿みたいな事をしてまで僕に隠したい事とは一体なんなんだ。
右手をギュッと握った。この握りこぶしをアイツ目掛けて、思い切り飛ばしたい。しかしそんな事はできるはずがないともうわかっている。しかし殴ってでも、どんな事をしてでも隠している何かを引きずり出さないとこのムカムカはおさまらない。
馬鹿にされてるみたいでムカつく。僕に何かを隠していて、それを思わず口走り、僕に追求されるとおかしくなった風に見せて逃げる。
あの馬鹿みたいな顔に思い切り、力の限り殴れたらスッキリしそうだ。
「君に何を言っても無意味かな」
「そうだよ馬鹿だから何もわからないんだ」
「それじゃあ尚更言うこと聞かなくちゃ」
「はあ? わかりやすく教えて」
「馬鹿なんでしょ、だったら言うこと聞いてよ」
「何で俺がお前の言うこと聞かなくちゃいけないんだよ」
「何もわからないんなら言うこと聞くしかないじゃん」
「そ、そんなの知らねーよ! 俺は誰の言う事も聞かねーよ」
「そうやって屁理屈ばっか言って、迷惑ばっかかけて、言う事も聞かなくて、本当に馬鹿だね」
「……えっ」
「もう手遅れなんじゃないの、僕ら三年生で受験生だよ、いつまでこんな事続けるの」
「……」
「でもまあ春には馬鹿と会わなくて済むから最高だよね」
嫌味なんてあんまり言いたくはない、しかし気にしている状況ではなくて手段なんて選んでいられない、だからしょうがない。もっと滅茶苦茶に言ってやろうか、心が折れるぐらいに滅茶苦茶に、それぐらいの気持ちでやらないと何もわからない。
今思ったけど公園のベンチで目が覚めてから僕の力になってくれた人はいない。だから自分しか頼れない、頼れるのは自分で自分を頼るしかない。泣いても喚いてもどんな状況になっても自分でどうにかしないといけない。
明日香は微妙な位置にいる。僕の力になってくれているのかいないのか、僕の味方なのか敵なのか、金髪みたいに僕の何かを隠しているのかいないのか。
どちらにせよいずれ聞き出さなきゃいけない、その前に金髪と決着をつけよう。
「馬鹿にされた気分はどう?」
「……最悪だよ。っていうかお前って嫌なヤツだったんだな」
「言ってくれたら謝るけど」
「ナニソレ、馬鹿にされててムカつく」
「僕だってムカつくよ、僕に関する隠し事をしていて」
「誰だって隠し事はあるだろ」
「君に関することだったらいくらでも隠してくれていいよ、でも君が隠しているのは僕にとって重要なんだ」
「……そんなのわかってるよ」
「だったら、教えてほしい」
「それができたら苦労しないんだ、ビクビクしなくても良いんだ」
「それはどういう意味?」
「お前は馬鹿じゃないんだろ、それでわかってくれ」
「もう少し教えてほしい、頼む」
「頼まれても困るって」
金髪は頭を掻いて大きくため息をした。そして黙った、廊下は静かになった。
何も聞こえないというのは少し不気味だ。何秒、何分僕と金髪は何も言わなかっただろう。今何時だまだ時間はあるかと、壁にかかっている時計を見た。まだ十分も進んでいない。
「何か言えない理由があるの?」
「……隠しているということはそうだろ」
「何故言えないの?」
「……隠したいから言えない」
「隠しているのは僕のこと?」
「……ああ、お前のことだ」
「何故僕に関することを隠すの?」
「……隠したいから隠す」
「僕に知られたら困るの?」
「……ああ」
「僕は君にとって不利になる事は知らないと思うけど、ノートを見せるぐらいしか交流はなかったし。もしかして僕がノートを見せたことが不利になること?」
「違う違う、そんなんで隠したりしない。ノート見せてくれたのはありがとう」
「じゃあ質問続けるよ」
「俺は質問されることを許可していないけどね」
「意地悪な質問するけど良い?」
「だから、質問を許可していないから」
僕は深呼吸した。決着をつけよう、まずは一つ何かがわかれば。
「隠しているのは君の意思?」
「……意地悪だねその質問は。やっぱりお前は嫌なヤツだ」
「さあ答えてよ、君の意思か、それとも誰かに言われたのか」
「……それこそ言えないよ」
「言えないの?」
「ああ、言えない言いたくない」
「それができたら苦労しないんだ、ビクビクしなくても良いんだ」
「はあ?」
「誰かに言うなと命令されているんでしょ、だからさっきそんなことを言った」
「そんな事言ってない」
「君はこの学校の不良でしょ、怖いものなんて何もないじゃん」
「怖いものだらけだ」
「誰が後ろにいるの?」
「誰もいないよ、俺はお前に隠し事をするのが苦労していて、ぼんやりと見えてるお前とこうやって会話しているのがビクビクするよ」
「僕をこんな状態にしたのは後ろにいる人なの?」
「先生かアイツらか、誰かここ通ったら変に思われるだろ。独り言怖いってさ、だから誰も来ないでくれってビクビクしてんだ」
「君も僕をこうした関係者なの? だから協力してるの?」
「早くアイツら来ないかな、俺がいなくてそろそろこっち来るんじゃないかな。そしたらもうお話は終わりだな、俺は生きているんだから」
金髪がそう言った瞬間、大きな声で金髪を呼ぶ声が聞こえた。こっちに走ってくる足音も聞こえてきて、それはだんだん大きくなってくる。
「ナイスタイミング、アイツら来たよ。ごめんなお話はこれで終わりだ。でも最後に教えるよ」
金髪を呼びに来たのは不良グループの残りの二人だった。授業中だというのに大きな声を出して、廊下を走っている。
「今日中に天からお迎えが来るらしいよ、そう言っていた」
何かが弾けたみたいにパチンと廊下に鳴り響いた。そして金髪は起き上がって、タバコと大食いとをしている。
今までどこにいたんだよ、何で廊下で寝てたの、うちのクラス水泳だから怠いんだよそれで眠たくなってさ。水泳は良いじゃん女子の水着見ようぜ、眠たいからって廊下で寝るか普通、同級生の水着姿より年上のほうが魅力的だって! 廊下で寝たいぐらい眠くてしょうがなかったんだよそれが。
おい待てよ、なんだよ最後の言葉は、今日中に天からお迎えってなんだよ。
年上は確かに良いよなー同級生にはないモノがあるよな、まあその気持ちはわからんでもないぜ俺も今超眠いから、年上好きな仲間がいて助かるよ最近年下好きなヤツ多くてさ。お前は朝までカラオケしてたから眠いんだな俺もそこにいたから眠いのかな。
俺はもう終わりなのか? そっちには戻れないのか?
「ふざけんなよ」
僕は握りこぶしを作った。ぎゅっと、力を入れた。
くだらない話をしている三人、左にタバコ、真ん中に金髪、右に大食い。僕は走った、三人の少し先までいって待ち構える。やることは一つだ、頬に一発力の限りだ。
例えすり抜けたとしても、この拳だけはぶつけたい。