本館廊下 2
僕は挨拶をした。こんな状態の僕が挨拶をするのはなんだかおかしいけど。
例えどんな姿になろうとも挨拶はちゃんとしたい。
「……こんにちは」
金髪は困ったような顔をしながらも、挨拶をした。まさか挨拶されるとは思わなかったのだろう。
「僕が見えるの?」
「ああ、ぼんやりとね」
「ぼんやりと?」
「髪型とか背丈とかはっきりしない、手や足もぼやけている」
「凄いね」
「凄くなんかはないよ、不気味だよ」
「不気味?」
「皆に見えないモノが俺には見えてしまう、それは不気味でしょ」
「僕も不気味?」
「そりゃね、でもさっきから何回も見るからウザくてしょうがなくって」
「……すみません」
「謝んなよ気持ち悪い。こうやってお前と話すこと自体、誰かが見たら不気味にしか思われないんだから」
そうか、僕のことが見えない人が多いんだ。だからこうやって、僕と話していたら独り言のように見えるからおかしい人と思われてしまうんだ。そんなことは今の今までわからなかった、僕は僕のことで精一杯だった。
だとしたら明日香は、独り言のように見えるかもしれないのに、おかしい人と思われてしまうかもしれないのに、僕とお話をしてくれていたのか。
今度会ったらまずはその事に関してお礼をしなくては。どこにいるかわからないけどきっと今は授業中だろうから学校のどこかにいるはずだ、また会えるだろう。
「さっき暫く見えなかったんだけど久しぶりに見えたって言ってたけど」
「ああそれね、その言葉の通りだよ」
「見えるの?」
「だからそうだって、何回も言わせんなよ」
「最近はあんまり見えなかったの?」
「子供の時はよく見えなんだよ。窓に幼いこどもが引っ張り付いていたり、車道の真ん中で血だらけの服を着たナースが立っていたり、首から上がないヤツも見たな」
「怖くなかったの?」
「怖いに決まってんだろ、それ見えたの子供の時だぞ。まあ今見ても怖いんだろうけど」
「因みに僕は」
「お前は怖くねーよ、全く全然これっぽちも」
「何で? 血だらけかもしれないし、首から上がないかもしれいのに」
「それはないんじゃない、首あるし血はないと思う。だから怖くないのかな」
金髪は目を細めて僕を見ている。
「思うってハッキリしないね」
「昔はハッキリ見えていたんだけど、今はぼやけて見えるんだよね」
「じゃあ僕が誰かは」
「わからないね。ただ僕って言ってるから男だろうって思うけど」
僕のことは誰かわからないけど、姿や声はわかるみたいだ。明日香みたいに完全に僕を認識できるのはとても珍しいのだろうか。
だから金髪とすれ違った時、目が合ったような感じがしたのか。あれはぼんやりと見える僕を見ていたのか。
このチャンスは逃してはならない。明日香に聞けなかったこと、聞かなかったこと、色々聞き出さなければならない。
「でもさ彷徨ってるってことは、この世からいなくなれない理由があるってことだね」
金髪はドクロのトートバッグを回している。額から汗が出ていた。
「そうなのかな、わからない」
僕は本当にそうなったのだろうか、実感がわかない。今この時も彷徨っているのかもわからない。僕自身は彷徨っているという感覚はまるでない、自分の事を調べているだけだから。しかしこうなった僕は金髪から見ればこの世界を彷徨っているように見えるのだろうか。
「自分がどこでどういう状況で終わったのかわからないの?」
「ああ」
「気づいたら彷徨っていたの?」
「気づいたら公園のベンチで横になって眠っていた」
「へー」
「そして自分が何者なのか、それを調べている」
「なるほど」
「突然こんな状態になってわけがわからない」
「うん」
「だから調べるのと同時進行で、僕が見える人も捜していたんだ」
「それが俺ってわけね」
「君以外にも僕が見える人はいたよ」
「そうなんだ」
「でもその人からはあまり聞けなかった」
「何でさ、聞けば良かったのに」
「もっと聞きたいと思うと時間がきてしまう」
「時間?」
「その人はこの学校の生徒で、チャイムが鳴ったらどこかに行ってしまう」
「そういう意味か時間って」
「でも君はチャイムが鳴ってもここにいる」
「ちょっと遅れてるだけだよ、まあサボるけどな」
「時間はあるってことだね」
「まあ授業なんてつまらないし、どうでもいいし」
「色々聞きたいことがあるんだけどいいかな」
「俺に聞きたいって? 何を?」
「何でもいいから知ってることを教えてほしい、君が頼りなんだ」
「なるほどね」
ドクロのトートバッグを回すのやめて、携帯をいじり始めた。
「でも俺には関係ないね、俺はお前とは何の関係もないし俺は他人なんてどうでもいいし」
頭を二、三回掻いて携帯をポケットに入れる。
「俺はこうやって生きてるの、でもお前はそうじゃないでしょ。早く上に昇りなよ、もう見たくないんだよお前らを」
僕は金髪と関係はある。同じクラスじゃないか、席も近いじゃないか、他人なんてどうでもよかったらいつも一緒のあの二人はなんなんだよ。
金髪の足が動く。プールに行くのだろうか、もう僕は関係ないということか。
引き止めなければならない、明日香と同じぐらい金髪は僕にとっては重要な人物だ。僕のことがわかる、僕の声が聞こえる、そんな人はあまりいないから。
「なあ待ってくれよ!」
「うるさいなー、俺はお前がどうなろうがどうでもいいの。しかもドコのダレだかわからないし」
言ったほうが良いのか? 俺は同じクラスの○○だって。しかし僕は未だに自分の名前がわからない、名前はわからないけど僕がどういうヤツだったかは金髪だってわかってるはずだ。それを言えば僕だってわかるはずだ。
「お願いだ待ってくれ」
「もういいよ、あっちに行けって。俺から話しかけたけどさ、俺はどうすることもできないんだから俺に頼っても意味ないよ」
「そんなことはない、僕はたまにノートを見せていた」
金髪の動きが止まる。
「授業にあまり出ないだろ? だから僕がノートを見せる。僕は近くの席だから」
金髪はゆっくりこっちへと体を動かす。
「別に仲が良かったわけじゃない、友達だったわけじゃない、ただのクラスメイトだ」
金髪は目を細めて僕を見る。
「僕はどうなったんだ? 僕の席にある花はなんなんだ? 何か知っていたら教えて欲しい、あんまり思い出せないんだ僕がどうなったのか」
金髪は目を見開いて、後ずさりして、その場で転けた。
「何故そんなに怖がっているの? 僕は怖くないんでしょ、全く全然これっぽちも」
金髪は今にも泣きそうな表情になっている。体を震わせて怯えている。何故そんなに怖がっているんだ。
「何で○○が……見えるんだよ……」
僕は金髪に近づく。一歩、一歩、ゆっくりと。
「久しぶりに見えたのがよりにもよってお前かよ、最悪だよ」
何か知っている、金髪は僕に関する何かを知っている、そう確信した。
「話しかけなきゃよかった、そうすれば何も知らずに上に昇っていったのに……」
聞き出さなければならない、絶対に聞き出さなければ。
「途中からお前かなと思ったんだ、でもそうじゃないかなとも思えたからさ。ぼんやりと見えたからわからなかった」
僕に何をした、何を知っている、その怯えはなんだ、それを突き止めれば大きく前進するのか。
「なあ、僕の何を知っているんだ? 教えてほしい」
鋭い目つきで金髪を睨む。金髪は汗だくで僕を見上げている。不良グループの一人が、この時は物凄く弱く見えて今なら倒せそうな気がした。