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切り取られた一年間  作者: 本郷透
秋の話 ~ season to look down ~
9/13

貶める季節(弐)

 翌朝、ボクは久し振りに制服に袖を通した。1ヶ月しか経っていないのになんだか懐かしい。

 正直学校なんて行きたくなかったけど、美奈と約束しているから行かない訳にはいかない。

 着替えて下に降りて行くと母親は既に居なかった。

「朝御飯は好きにして」という紙と500円が置いてあって、ボクはそれを一瞥して財布にねじ込むと冷蔵庫から豆乳を取り出して飲む。朝御飯なんてこれで十分だ。ギリギリまでテレビでニュースを見て玄関を出る。本当にギリギリだ。遅刻してもボクは別に何とも思わない 。病み上がりだし先生も多目に見てくれるだろう。

 

 ゆっくりのんびり歩いていると後ろから元気な聞き慣れた声が走ってきた。

「オハヨー、ナツメく~ん」

「おはよ、美奈」

 ボクは苦笑して美奈と挨拶を交わす。

「本当に今日から学校来るんだね。なんだか夢みたい。ナツメ君と一緒に登校するの」

「そう? ボクはいつでも歓迎するよ」

「じゃあ明日も明後日も毎日一緒に行っても良い?」

「明後日はちょっと……」

「何で!?」

「土曜日だから」

「あ、そっかぁ……」

 美奈のこういう天然な所には癒しすら感じてしまうのはボクだけだろうか。

「美奈……良いの?こんなにゆっくりしてて。ボク結構ギリギリな時間に家出て来たからこのままだと美奈も遅刻するかも知れないよ」

「良いよ、別にそれ位。ナツメ君の体調を気遣ってゆっくり来ましたって言うから」

 それは……なんとも……申し訳ない言い訳だな……。

 でもまあ美奈のお言葉に甘えてゆっくり行く事にするか。1ヶ月ベッドの上で運動なんて一回もしてないから体力が落ちている。いきなり走ったりとかは無理そうだ。

 

 でもなんやかんやで校門に着いたのは8:21

 始業して一分しか経っていない時間だった。校門前には生活指導の教師が立っていて、こちらを睨んでいた。しかしボクの姿を見ると途端に表情を和らげた。

「おお、霧生(きりゅう)。もう体調は良いのか」

「はい。今日から登校しても問題無いのですがなんせ1ヶ月も動いていないのでいきなり体育は出来ませんね。今日遅刻してしまったのもそういうわけなんです。麻川さんはボクの体調を考えてゆっくり来てくれたので、咎めないでください」

 ボクは美奈に責任が行く前に先手を打っておいた。こうすればこれ以上何も追及されなくてすむから。

「じゃあ先生、失礼します」

 美奈は元気に挨拶して生徒玄関に歩いて行く。勿論ボクも一緒に。

 教室に入る頃にはホームルームも終わって、皆授業の準備に取り掛かっていた。ボクの机はまだちゃんと残っていた。ただしいじめの傷痕を残して。

 黒、赤、青……様々な濃い色の油性マジックで「死ね」だとか、「二度と学校来るな」とか書いてあって、さらには机にガリガリと堀込まれている悪口。ボクへ送られた皆からのメッセージ。まあ、こんなの可愛いもんさ。まだボクを透明人間扱いしないんだからさ。だいたいこのクラスのバカ共はボクを透明人間に仕立て上げる事は出来ない。全員で無視したとしても美奈が居るのだ。ボクを慕う今では唯一の友達。

 だからもうこんな下らない事で自殺を謀るのは止めた。だって馬鹿らしい。こんなクズ共の為にボクが死んでやる事は無いんだ。

 

「美奈、今までの授業のノート見せてくれるか?」

「良いよ。これが一時間目ので……」

 

 ボクは美奈のノートを見ながら今までやったことをみていく。要領は良い方だったからまあだいたいの内容は頭に入った。

 

 

 

 そして順調に時間は進んで昼休みになった。

「霧生さん、ちょっと良い?」

「何の用?」

「ここで話すのもなんだから来て」

 ボクに話しかけてきたのはクラス委員長。ボクをいじめていたグループの筆頭だ。また何かあるに違いない。正直いくのも面倒くさい。

「今じゃなきゃだめ?」

 断るためにそう言うと委員長はボクの耳元でこう囁いた。

「早く来ないと麻生さんがどうなっても知らないわよ」

 悪魔みたいな女だ。美奈を人質に取られては行かない訳にはいかない。

「あ、ナツメ君、一緒にお昼食べよ?」

「ごめん美奈。ちょっとこの人たちが用事あるみたいだから行ってくるね。すぐ終わると思うから待ってて」

「うん、わかったぁ。ねえ、委員長さん」

「何?」

「ナツメ君に酷いことしたら美奈、許さないからね」

 笑顔の威圧。美奈は委員長達がボクをいじめていたことを知っていた。しかし委員長はそれには屈さず、

「何もしないわ。ちょっと話をするだけ」

 と言ってボクを連れて行った。行き先なんて決まっている。人目につかなくて簡単に入れる場所といったら体育館の裏にある倉庫しかない。

 

「で、一体なんの用?」

「アンタ文字読めないわけ?机にはっきり書いてやったじゃん。学校来るなってさ」

「お前なんかに従う必要ある?ボクはボクの好きなように学校生活送らせて貰うから」

「信じられない。あんなことされておいてまだ恥をさらせるって言うの?人間とは思えない」

「ボクはお前達のやってることが人間のする事とは思えないね」

「生意気な口聞くじゃないの。これからどうなっても良いわけ?」

「好きにすれば。ボクには関係ないし。話ってそれだけ?じゃあボク戻らせて貰うよ。美奈が待ってるから」

 適当にいなして教室に戻ろうとすると建物の陰から数人の女生徒が出てきた。

「ただで帰れると思ってたの?バッカじゃない。そんなことアタシがするわけないでしょ」

 そいつらはボクの腕を拘束した。

「何を始めるの?バカ共……いや、クズ共かな?」

「今から何されるかも知らないでよくそんなこと言えるね。さあ、始めなさい」

 委員長がそう命令するとみんな一斉にニヤッとして行動を始めた。

 一人がロープを手に持って、ボクの腕を縛り、もう一人は手にカッターナイフを構えた。そして残った二人がボクを押さえてカッターをボクに向けた。

 ボクは鋭い視線で委員長を睨むが動じない。流石こんなことするだけの度胸がある。

 カッターを持った少女がボクの制服に手を掛けたその時。

「先生、こっちです。早く早く!!」

 美奈の声が聞こえて一人の教師が走ってきた。生活指導の先生だ。

「お前達!何やってんだ!!」

 教師が怒鳴ると委員長達は素早く逃げ出した。

「大丈夫か、霧生」

「大丈夫です」

「良かったぁ……ナツメ君が無事で」

 美奈は今にも泣き出しそうだ。

「大丈夫だよ。美奈。泣かないで」

「泣いてないよっ」

「それにしても、前期にお前をいじめていたのが橘達だったとはな……」

「だから私言ったじゃないですか。委員長達がナツメ君をいじめてるって」

「すまないな。証拠がないようだと我々は何も出来ないんだ」

「アイツらの処分はどうなるんですか」

「一週間以上の停学か、最悪退学だな」

「あんな奴ら退学になっちゃえばいいんだよ。いじめなんてサイテー」

「まあそんなこと言うな。今回は霧生を助けられたんだ。それで良いじゃないか」

「でも……」

「美奈、教室戻ろ?お昼まだでしょ?」

「……うん、そうだね」

「先生、ありがとうございました」

「いやいや。後で霧生の机も新しいものに変えないとな」

「それなら机美奈が運ぶ!!」

「ありがと」

 

 それから教室に戻って急いでお昼を食べて授業に臨んだ。当てられたけどまあ問題なかった。そしてそのまま一日は無事終了。委員長達に縛られた手首がなんだか痛かったけど明日になれば治るだろうと思って放っておくことにした。美奈に余計な心配は掛けられなかったし。

 

挿絵(By みてみん)


 真夜中。以前と同じようにまた眠れなかった。今日は満月ではないものの、月はまだ丸に近い形をしていた。おかげで月明かりもかなり明るい。

 

『学校生活はどうだい?』

 窓の外から声が聞こえた。開けてみると前にボクの傷を治してくれた夢の配達人とやらが逆さまになって顔を出した。

「前よりは楽しいよ」

『じゃあ僕は夢を君に届けられた事になるかな?』

「うん。ありがとう」

『アハ☆お礼を言われるようなことは何もしてないよ。これは僕の仕事なんだから』

「じゃあ、仕事がんばってね」

『うん、そうするよ。君も色々気を付けた方が良いよ。また今日みたいな事が起こるかもしれないからね』

「何で知って……」

『あ、でも平気かな?美奈ちゃん強いし』

「美奈がボクを守ってくれるからボクは学校に行ける」

『ふぅん。そうなんだぁ。じゃあ学校生活を楽しんでね。バイバイ☆』

 夢の配達人殿は頭から地面に落ちていった。が、前と同じようにその姿はなかった。つくづく不思議な男だ。

 

 手首の痛みがまだ消えない。ふと見ると痣が出来ていた。しかも左手首にだけ。以前ならば病の所為で恐怖したところだが、今はもうそんなことに怯えたりしない。もうあの病気は治ったのだ。傷は治る。何を怖がる必要があるのだろう。

 そしてそのまま眠った。

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