狂わせる季節(結)
僕は嫌な予感を皆に告げた。尋常じゃないほどの冷や汗がさっきから止まらない。
「みんな!! 走って!! 石段の下まで!! 早く!!」
皆は何も言わずに僕の言うことを聞いた。
しかし石段に差し掛かった所で何かに弾かれた。
「何だよ、コレ!!」
「閉じ込められたって言うの!?」
「まずい!! 何か来る!!」
みんな一斉に振り向くと、ガシャリ、ガシャリと音がした。そこには昔の兵隊が居た。服はボロボロ肉は腐って腕が一本しかない。至るところから血が流れ、ゾンビのようだ。ゆっくりゆっくり近付いて来る。
「……何……何なの……怖いよ……ハルカちゃん……」
「トウヤ……私達には足跡しか見えない。あれは何?」
「兵隊。男の霊。何するか分からないから……早く逃げた方がいい……」
「皆、合図で左右に別れて走って。なるべく遠くまで。そして下に降りるの」
「御神木には近付かないで。何が居るか分からないから」
そして僕らは二人組の基本型で逃げる事になった。
「皆 、無事でな。ハルカの葬式で会おう」
「……今だ!!」
合図は僕。皆一斉に林の中へ飛び込んだ。全組バラバラに、違う方向へ走った。
レオは僕に走る速さを合わせて、キキョウはマリの速さに着いていくように走った。
僕は草を掻き分け、奥へ奥へ逃げる。レオはハードルの要領で茂みを飛び越えて行く。
「……ハア……ハア……もう追って来てないよ」
「どうする? 皆と合流するか?」
「キキョウが心配だよ。一番体力無いんだから」
「じゃあ手始めにキキョウ達を探そう。ランとシンイチローはこういう状況の方が得意だ」
探しに行こうとしたその時。
「キャーーーーー!!」
大きな悲鳴が聞こえた。
「あれは……」
「キキョウの声だ!! 急ぐぞ!!」
声がする方へ走る走る。
キキョウ達は案外近くに居た。しかしその様子がおかしい。
マリが血まみれで惨殺されており、キキョウの右手にば血染めの鉈がしっかり握られていた。
「どうした!? 何があった!?」
「……分からない……気付いたらマリちゃんが……マリちゃんが……!!」
「お前が殺ったんじゃ……ないんだよな?」
「……違う!! 私……殺して無い……!!」
「キキョウ……その鉈……どこで見つけたの……?」
言われて初めてキキョウが恐る恐る自分の右手に目をやった。
「……何……コレ……?」
やっぱり分からないみたいだった。
「……とにかくその鉈捨てろ」
「……うん……」
キキョウ声は今にも消え入りそうだった。
「取り敢えずランとシンイチローも探そう。キキョウ、まだ走れるか?」
「……うん……少しなら……」
「じゃあ行くぞ。レオ、少しゆっくりね」
「分かってるって」
そしてしばらく林の中を奔走した所でキキョウに限界が来た。ある木の前でキキョウを休ませて居るとドサリと近くで音がした。
近寄って見るとそれはランだった。全身に沢山の切り傷を作り、目を見開いたまま動かない。
──死んでいた。
キキョウがどうしたものかと近寄ってきが「来るな!!」というレオの制止に従った。
「ランが殺られた」
「っ…………!!」
キキョウは声にならない叫びをあげ、また涙を浮かべた。
「シンイチローを探そう」
レオが言った。
「キキョウ、歩けるか」
「……歩くだけなら……なんとか……」
「行くぞ」
僕らは離れないようにしっかり手を繋いで歩いた。手が使えないのは少し不便だったけど、これ以上犠牲を出すよりマシだ。
「……いないね、シンイチロー……」
キキョウがそう呟いた時、嫌な予感と悪寒、そして生温い風が頬を撫でた。
「……御神木に行ってみよう」
僕は言った。
「何かあるのか?」
「分からない……。でも、嫌な予感はする」
僕はキキョウの右手をぎゅっと強く握ると歩き出した。
「さっきの奴……まだ居るか?」
「もう居ないみたいだけど……」
さっきの男の霊が居ない事を確認して茂みから出ていく。
御神木には案の定、シンイチローが磔にされていた。
ハルカちゃんと同様、両腕を木の杭で御神木に打ち込まれ、心臓を杭で一突きにされていた。酷い死に方だと思う。
「酷い……」
シンイチローの姿を唖然と見ていると、後ろからザシュっと言う音が聞こえて左手が軽くなった。見るとキキョウの腕が肘から下だけ僕の手に繋がれていた。その先を見ると、さっきの兵隊が鉈を振り回してキキョウを切り刻んでいた。
「……キキョ……」
「何してんだ!! 走れ!!」
レオが僕の手を掴んで走り出す。あれに気付けなかったのは僕の責任だ。僕の所為でキキョウが……キキョウが……!!
「今はキキョウの事よりお前が助かる方法を考えろ!!」
僕の考えている事が分かったのか、レオは声を張り上げた。
林をしばらく走っていると、少し開けた場所に出た。
「もう……何も居ないよな……」
「うん。今の所はね」
「そうか……」
レオは木の幹に背中を預けると、崩れる様にズルズルと音を立てて座り込んだ。
「……レオ……?」
「悪い。俺もここまでみたいだわ。生き残れよ、トウヤ……」
レオはそう言うと静かに目を閉じた。
「……レオ……? ……レオ!!」
名前を呼んでも返事は返ってこない。レオも死んだ。木の幹にはべっとりとレオの血が着いていた。
レオの死を悼んで居ると、背後からザッ、ザッ、という足音と何か引きずる音がした。
もう何でも良い。何でも来いよ。僕はもうある程度の事では驚かないぞ。
「誰だ?」
「………………」
無言で現れたのは意外な人物。僕の予想の遥か上を行くで出来事に僕は言葉を失った。
そこにいたのは──ハルカちゃんだった。
あの日の服のままだったものの血は着いておらず、怪我の跡も無かった。生きていた頃の、あのままの姿だった。
ただし……瞳が紅かった。春先に駅前の交差点でぶつかったあのお兄さんの様に。
「……ハルカちゃん……何で生きて……」
「…………」
ハルカちゃんは僕の一メートル前まで来ると歩みを止めた。無言で何も答えない目は虚ろでまるで僕の姿が目に映って居ないみたいだ。本当にハルカちゃんなのだろうか。
「……君は……本当に……ハルカちゃん……?」
「…………」
何を尋ねても答えない。それどころか、僕が分からないみたいだった。
「……ハル……」
僕が言いかけたとこでハルカちゃんは右手に持っていた鉈を振り上げた。子供の腕力じゃ到底持てないはずなのに、ハルカちゃんはそれを軽々と振り上げ、僕に向かって一気に降り下ろす。
勢いに任せた単調な攻撃だったから、僕は避ける事が出来たんだけど、ハルカちゃんの攻撃の手が休む事がない。次々と攻撃を繰り出してくる。本当に僕を殺そうとしているみたいだった。
このままじゃマズイと思った僕は逃げた。さっき走って来た道を戻り、御神木の前まで一目散に走って行く。狭い所では不利だと僕の幼い思考でも簡単に判断出来た。
道無き道を全速力で走る。途中に転がっているランの死体も今は目に入らない。ただただ自分が生き延びる事だけを考えて走った。
戻ればあの兵隊の霊も居るかも知れない。それでも僕にはこれしか思い浮かばなかった。マリならもっと良い方法思い付いただろうな……。
御神木はすぐ目の前だった。シンイチローの死体が無い。そういえば、ランの死体も何処にも無かったような気がする。キキョウの切り落とされた腕だって。僕は取り敢えず呼吸を整えた。そしてハルカが追って来てない事を確認すると安堵し、息を付いた。
その時、背中に痛みが走った。見ると胸から刀の刃の先端部分が出ていた。誰かに刺されたのだと認識するのに時間はかからなかった。
口の中に血の味が広がる。それはどんどん込み上げて来て、口内を満たした。耐え切れなくなった僕はその血を吐き出した。ゴホッと言う音を立てて足元が赤く染まる。
僕を刺した人物の顔を確認しようと振り向いて、驚愕した。だってすぐ後ろにはレオが居て、その少し奥にはランも、キキョウも、マリも、シンイチローも、そしてハルカちゃんも居たのだから。皆それぞれ刃物や鈍器を手にしており、レオがニヤっとして合図すると皆の表情も変わり、怪しげで不気味で、邪悪な笑みを浮かべ、僕を取り囲む。そして僕の顔を見ると、ハルカちゃんが正面で鉈を振り上げた。それを降り下ろして僕の首に刃先が当たると僕の意識は消え失せた。
*
目を覚ましたのは、秒針が時を刻む音が響く自室のベッドの上。
あれは…………夢…………?
分からない……。
……分からない……。
…………分からない……。
起き上がってベッド上で体を小さく丸めて恐怖と戦っていた。今にも吐きそうな気持ち悪さを堪え、上体を起こす。すると、母の声が響いた。
「トウヤ~ハルカちゃん達来たわよ~」
どういう……事?
アレハユメ……?
分からない……分からない……ワカラナイ……。
まさか……僕を殺しに……。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いコワイ…………。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダ…………!! まだ死にたくない……!!
恐怖が頂点に達した僕の中に一つの結論が浮かんだ。
ソウダ。
ミンナコロシテシマエバイイ。
僕は部屋の隅に立て掛けてあった金属バットを手に取り、待ち構える。ドアが開いた瞬間に誰だろうと容赦せずに殴った。もう誰が居たのかも分からない。皆が血の中に沈んだ時、僕の手も止まった。
「……フフ……フフフフ……アハハハハハ!!」
僕は狂い出した様に笑い出した。
「……コワイモノハミンナコワシテシマエバイイ……」
……その後の事は何も知らない……。




