狂わせる季節(承)
三日後にハルカちゃんのお葬式が行われる事になった。僕達は自由研究の歩みを止める訳にはいかない。今日もまた桃李神社でミーティング。
「……ねえ……この研究はもうやめよう……? ハルカちゃんがあんな事になっちゃって私……怖いよ……」
キキョウが自分の身体を抱き締めて震えながら言った。
「私は──続けるべきだと思う。ハルカをあんな風にした犯人を見つけたいから」
「おれも概ねマリに賛成。でもそれで俺らに影響あるならやめた方が良いと思う」
「全員それで良い?」
「「「(コクリ)」」」
皆が無言で頷き、自由研究の目的が変わった。
表は「街で起こった怪奇現象調査」
裏は「ハルカを殺した犯人探し」
ただしこれは警察まで関わってくるから、上手くやらなければならない。
「いいか、絶対警察には……大人には見つかるなよ」
「OK。同じ目に合わせる所までは行かなくても警察には突き出してやろう」
マリの目に殺意がこもる。
「……私も……怖いけど……がんばる……!!」
キキョウも涙を拭い、立ち上がった。
「この調査のルールを決めよう。まず一人で行動しない。ハルカちゃんは一人でここに居て殺された。だから僕達はいつも二人以上で行動するんだ」
「でもあまり多いと色々厄介だから、最高でも三人までにしよう」
「あたしはキキョウと組むわ」
「じゃあ僕はレオと」
「てことは、俺とランで組むって訳だな」
「でもこれは基本的な組み合わせだ。場合によっては個人の能力次第で変わる……よな?」
一番頭を使わないランが分かったように言ってマリを見る。
普通の小学生が人殺しの犯人を見つけるなんて到底無理だろう。でも僕はこのメンバーなら出来ると思っている。
だって、リーダーのマリは高校生と同じくらい頭がいいし、キキョウはコンピューターを触らせたら右に出るものはいないってくらい操作に慣れている。レオとランが持っている運動能力だってとても子供とは思えないものだ。──いや、ランのは子供特有のものかもしれないけど。シンイチローは……実はよくわからないけどマリが知らないことを知っていそうだ。
そして僕は幽霊や妖怪が視える。
こんな小学生、きっと他にはいない。だから多少の無理なことだって乗り越えられると思うんだ。
「じゃあ早速調査開始ね。あの御神木の周りを調べて、何かあればすぐに皆に報告する事」
「それが例えどんなに小さなものでもマリなら何かに繋げてくれるはずだ」
「じゃ、行くぜ!!」
皆の目が真剣な色に染まった。心なしかその目は赤みを帯びているが、ふと目を逸らした瞬間に元に戻っていた。
僕は草を掻き分けて地面に残った手掛かりを探した。すると、林の前に一ヶ所だけ赤く染まった土があった。僕は即座に皆を呼んだ。
「ほら、ここ」
「……何かの血ね。ハルカのものなのか、それともここら辺の動物の血なのかは分からないわね。キキョウ、これ解析出来る?」
「……機械があれば……多分、出来るよ……」
「じゃあ明日、大学に行こう。頼めばきっと機械を貸してくれる」
マリには何か良い考えがあるようだった。
大学の前に集合した僕達はマリの後ろに着いて行く。マリはまるで自分の家の様にずんずん進んでいく。
「じゃあ、ここで待ってて」
ある部屋の前で僕達は待たされ、マリだけが中に入って行った。退屈になった僕らはあたりを見回したけども白い床、天井、壁、扉以外には特に何もなかった。少し病院みたいだなと思ったところで春に交差点で出会ったお兄さんのことを思い出した。僕の目の前でトラックに跳ねられて病院に搬送されたけど……大丈夫だったのかな……。
少しするとマリがひょっこり顔を出し、入ってと言った。
中にはよく分からない機械がたくさんあって、一人の男の人がいた。
「この人、あたしの兄なの。この時期は誰も研究しないから機械を貸してくれるって」
マリのお兄さん……。見ると確かにそっくりだ。眼鏡を上げる仕草とか、特に。
「じゃあ遠慮なく借りるわね。……キキョウ」
「……やってみるね……」
キキョウは機械を制御するパソコンの前に座ってキーボードを弄り始めた。僕達は渡されたジュースを飲んで結果が出るのを待っていた。二杯目を飲み終えた所で結果が出たらしい。キキョウとマリとマリのお兄さんが画面を見て何か話している。
「……これ、ハルカの血じゃないみたい。今キキョウに調べて貰ったけど、知らない男の血よ」
マリは試験管に入った血をちらつかせてそう言った。
「どうやってハルカの血、手に入れたんだよ」
「この前、御神木から滴っていたのを少しだけ採取したの。こんな事になるんじゃないかと思って」
「抜け目がないね」
「誉め言葉だよね?」
「さあな」
「でも不思議なの。この男、随分前に亡くなっているのに血が新しいの」
「どうしてそんなことわかるんだよ」
「大学のネットワークをちょっとだけハッキングして人探ししたのよ」
マリは不敵に笑った。
「妙だね。血は本来、時間が経つと固まり、黒くなるものだ」
マリのお兄さんが口を挟んだ。
「そうなの。現実的にあり得ないの」
ここまで非現実的な証拠が揃った今、そろそろ僕にはある考えが芽生え始めていた。
犯人は人間ではないのかも知れない、と。
妖怪とか、神様、動物の霊が関わっているんじゃないか? これは人間に出来ることじゃないと直感的にわかった。犯人は人間じゃない。それは間違いないだろう。初めてこのちからが役に立つ時がきたのかもしれない。
僕はこのちからの事を皆に話す事を決めた。
「ありがとうございました。皆、行こう」
僕は強引に皆を引っ張って研究室を出た。そしてよろず屋と書かれた駄菓子屋……桃李神社の石段の下の駄菓子屋で話をする事にした。
「皆に話があるんだ」
「こんな所で話って……一体何だよ」
「お前まさか……」
レオが勘付いて何か言おうとしたけど僕はレオを目で制した。
「僕はおかしなちからを持ってるんだ。昔から生き物とは全然違うもの……幽霊とか妖怪とか……そういったものが視えるんだ」
「それと今回の件とどういう関係があるのさ」
「僕はこの犯人は人間じゃないと思ってる。さっきの結果みたいに現実的にはおかしいことがいっぱい起こってる」
「……そうね。それはあたしも思ってた。時間が噛み合わないのよ。マリが殺された時、まだ血が赤かった。固まってなかったのよ。夜に殺されたなら血は真っ黒。御神木にこびりついているはずなの。でも御神木は綺麗よ。何事もなかったみたいに」
「……そもそもおかしいよ……だってあの都市伝説、一体誰が見たの?誰も見てないでしょ? だからあれはみんな……ウソだと思うの……」
「僕が眼鏡掛けなかった理由はね、視力がいいと視えてしまうからなんだ。はっきり視えると怖いから眼鏡掛けなかった。でも、今回はそんな事言ってられない。だから──」
「いいのか?」
心配そうに僕の顔を覗き込むレオに頷いて大丈夫と告げる。
「午後から眼科に行ってコンタクトを買ってくるよ」
眼鏡よりそっちの方が動きやすそうだ。
「あたしも行くわ。コンタクト買ったらすぐにこっちに合流させる為に。「一人での行動は禁止」なんでしょ?」
マリがいたずらっぽく笑った。
「じゃあまず一旦解散。三時にもう一回この駄菓子屋に集合!! ……で、いいわよね?」
皆口々に頷くと、帰っていった。残された僕とマリも僕の家に帰った。マリは家でお昼ごはんを食べて行くらしい。
二時。初めてコンタクトを入れた。視界が明るい。
「どう? なにか見える?」
「まあ、色々居るよ。マリの足元とか、肩の上とか」
「そう。案外平気なのね」
「はっきり視えるけど家に居るのはたいしたことないからね」
「じゃあ、行きましょう」
「うん」
よろず屋にはもう皆来ていた。
「遅ぇよ、二人とも」
「……トウヤ……コンタクト……?」
「ごめんごめん」
「コンタクトに慣れないからさ。時間掛かっちゃって」
「……構わない。行こう」
僕らは石段を登った。不思議と何も居ない。不自然なまでに。
「……なにか居る……?」
「何も居ないよ。……不自然な程にね」
そう言って石段を登り切ると目が眩むかと思った。何も居ないのに、目眩がして倒れそうになった所をランとレオに支えられた。
「何か……いたのか」
『お前は何をしに来た……』
突然頭に声が響き、一匹の白い蛇が現れた。
「……僕達は……」
いきなり話し始めた僕に皆驚いた。
「……トウヤ……何か……居るの?」
僕はコクリと頷き、蛇を見据える。
『お前は何をしに来た』
どうやら蛇にも僕以外視えていないようだった。
「僕はあるものを探しに来た。昨日ここで一人の女の子が殺されたのを知ってるでしょう? その子を殺したものを探しに来たんだ」
『……この土地を汚すな……ここは貴様らが入って良いような所ではない……』
蛇の声は怒気を孕んでいた。
「あの御神木に用事があるんだ」
『……帰れ……災いが降りかかる前に……早く……!!』
「僕は平気だよ。災いなんて何もない」
そう言うと蛇はすうっと消えた。
「……トウヤ……何とお話してたの……?」
「蛇の神様だよ」
僕はにっこり笑ってキキョウに答えた。
「神様は何て?」
「災いが降りかかる前に帰れだって」
「そんな事気にせずさっさと探そうぜ」
「……ああ、分かってる」
僕は御神木周りを一周してみた。これといって変わったものは無いし、何もいない。
「何か居た?」
「不自然な位何も居ないよ」
「そう」
僕は御神木に触れてみた。まるで氷の様に冷たい。生きているのだろうか。
僕は二時間位ずっと御神木の周りを散策していた。しかし何も無い為そろそろ切り上げようと思った。
しかしここでランがあることに気付いた。
「なあ……さっきまでのセミの声……聞こえるか……?」
僕らは耳を済ませた。……何も聞こえない。
不意に強い風が吹いた。嫌な予感と共に。




