狂わせる季節(起)
夏が来た。それも夏休み。僕、日々野トウヤにもそれは例外じゃないわけで。
自由研究が出された。低学年の頃の工作に取って変わるように、自由研究と名前を変えた宿題が今年も僕らに与えられた。しかも各グループでの共同研究。
僕らの班は僕を入れて七人いる。三人が女子、四人が男子という組み合わせ。バランスが良い。
まず、僕らのリーダーの羽田野マリ。いつも冷静沈着で頭のいい女の子だ。
そしてマリとは対称的な古都桐ラン。本名はあらしだけど、僕らはニックネームでランと呼んでいる。
ランと同じように元気いっぱいの此木ハルカちゃん。みんなに元気をくれるアイドルのような女の子だ。
そんなハルカちゃんとは対称的に葛城キキョウは引っ込み思案を極めたみたいに人見知りが激しい。
それとは少しちがうけど、鷺ノ宮シンイチローもキキョウによく似て物静かであまり口を開かない。
そして僕の親友、小日向レオ。僕とは幼稚園からの付き合いで、いわゆる幼馴染みってやつだ。
「自由研究っていうくらいだから、好きなこと調べていいんだろ。だったらあれにしようぜ。今町で起こってる怪奇現象の解明」
「いいね。面白そう。それにトウヤもいることだしね」
僕には昔からおかしなものが見えてしまうという不思議なちからがあった。それは時に幽霊だったり妖怪だったちするのだが、他の人に見えないものが見えるというのはいかんせん迷惑な話であって、反応を隠すことが難しい。だからこのちからのことを知っているレオにはみんなに黙ってもらっている。
幼稚園の時に一度友達に言ってしまったことがあり、その時幼稚園のみんなにからかわれたり嫌われたりと散々な思いをしたことがあったからだ。そんな時、レオだけは僕の側から離れなかった。思えばあれが僕たちの出会いだったんじゃないかな。
「? ……どうしてトウヤがいるといいの?」
キキョウが尋ねてきた。
「え? ああ……トウヤはこの手の話、好きだからさ」
「そうなの?」
「あ……うん……まあね」
うっかり口を滑らせたレオがキキョウからの質問の答えを誤魔化す。おかげで僕はオカルト好きになってしまった。
「じゃあこれで決まりだね。アタシ、先生にこれ出してくるね」
配布されたプリントを手に先生のもとへ行くマリは楽しそうだ。案外こういう話好きなのかな?
話し合いの末纏まったことをプリントに書き込んだハルカちゃんがみんなにプリント見せる。
「トウヤもこれでいい?」
「ごめん 、見えないからちょっと貸して」
「見えないなら眼鏡かけりゃいいのに」
ランが頭の後ろで手を組んで言った。
「眼鏡は……嫌いなんだ」
僕は視力が悪いながらに眼鏡を掛けようとしない。理由は僕のちからに関係あり、視えてしまうからだ。視たくない僕としては視力を意図的に低下させることで目を背けることができるからありがたいのだ。それらを直視しない様に僕は視力を下げ続けている。
「まあ良いけどさ。それで良い?」
「……うん。手始めに明日、桃李神社に行こう」
翌日朝九時に集まると長い石段を登った。両脇の木々のおかげで日陰が続いているとはいえ、夏だからやっぱり暑い。
長い石段を上りきると、太陽の光が眩しかった。そこには寂れた神社と太い神木があった。
「ここが……」
「『夕暮れになると神木に動物の死骸が磔られている』……」
「これは夕方にならないと分からないね」
「でも夕方だともうその瞬間が見られないぜ」
「……ランの言う通りだよ……その瞬間を見なきゃ……自由研究にならないよ」
「……キキョウの言う通りだ」
シンイチローが言う。
「じゃあここで待つ事にして……小遣いどれ位持ってきた?」
ランの意図は分かっている。石段の下の所に駄菓子屋で色々買おうって魂胆だろう。
「僕は五百円」
「あたし三百円」
「おれは二百五十円持ってる」
「……千円」
「……八百円だ」
「アタシは四百八十円」
「俺が百円だから全部で……」
「三千三百三十円」
算数が得意なマリが暗算で答えを出す。
「……ラン、駄菓子屋で何買うの……?」
「ラムネだろ、十円チョコだろ、それから……」
「もういいよ。取り敢えず僕達で駄菓子屋行って色々買ってくるから、ハルカちゃんはここで待ってて」
「あたしも行きた~い」
「……見張ってる人が居ないと何が起こったか分からないよ……?」
「キキョウの言う通りだ。ハルカはここで待ってて」
「むぅ……分かったわよ」
そして石段の上にハルカを残して僕達六人は石段を降りた。
「……それにしてもチョコは無いんじゃないか? 夏だぞ、溶けるに決まってるだろ」
シンイチローがレオに向かって言う。
「じゃあアイス買っていこう」
「同じ事だろ」
「でもこう暑いと食べたくなるよな」
「……待ってるハルカちゃんに買って行こう……?」
「……それには賛成だ」
シンイチローはキキョウを見て優しい笑みを浮かべた。
駄菓子屋には沢山お菓子があり、僕らは迷った。取り敢えずラムネとアイス、それからきな粉棒とこんにゃくゼリーを大量に買い込んで戻っていった。石段の往復は辛い。
「遅~い!!」
「怒らないでよハルカ。これ買ってきたから」
とマリはハルカの好物のアイスを差し出した。
「よし許そう」
切り替え早っ。
そういうわけで僕達は買ってきたお菓子を食べながら御神木を見ていた。何の変化もないからしまいには飽きたランとハルカちゃんが遊びだした。
そして時間は刻々と過ぎていく。午後五時を告げる鐘の音が放送され、僕達は自由解散となった。
「おれ達帰るけどお前らどうするの?」
レオは帰るらしい。
「あたしはもうちょっとここにいる。もしかしたら何かあるかもしれないから」
ハルカちゃんは残るらしい。
「私は帰るよ。他の宿題もしたいし」
「……マリちゃん帰るならわたしも帰る……」
「じゃあハルカ、気をつけてね」
結局ハルカちゃん以外は帰る事になった。きっとハルカちゃんは夜中までいるつもりだろう。
そして僕達はハルカ一人を残した事を酷く後悔する事になるのだった。
翌日も桃李神社に集まる事になっていた。僕達は昨日と同じ時刻に石段の下に集合する事になっていた。しかし集合時間になってもハルカちゃんだけが来ない。
「遅っせ、ハルカの奴」
「昨日夜遅くまで残って親に怒られて来れないんじゃない? ハルカの両親、そういうのに厳しいから」
「だったら連絡入るでしょ」
「まあ、来ないなら仕方ないからそろそろ始めよう」
僕の合図で皆一斉に石段を駆け上がる。皆は元気だなぁ……。
僕は足元がよく見えないから皆のように走って行く事は出来ない。転ぶと大怪我するから。
遅れながら僕が到着すると、皆はある一点を見て固まっていた。
──それは、あの巨大な神木だった。
何かが磔にされている。それはヘビとかカエルなんてサイズではない。──人間だった。
僕にはそれが人だという事は分かったものの、誰なのかを特定するまでには至らなかった。
近寄って確認すると、僕も皆のように固まった。
だってそれは──ハルカちゃんだったのだから……。
「……………!!」
キキョウは口元を両手で押さえて涙目。
「…………」
マリは目を背け俯いて。
「「………」」
レオとランは唇を噛みしめハルカを見て。
「……うっ」
シンイチローと僕は気持ち悪さに口を押さえた。死体──それもあんな無惨に殺された友達を見るというのは小学生の僕らには衝撃が大きすぎる。
「……ハルカちゃん…………」
キキョウはその場に崩れ落ちて泣き出した。
マリはキキョウを抱き締めて同じように涙を流した。
僕らのその時間はとても長かった。その日のそれからの事はもうよく覚えていない。
ただ──やけに煩い蝉の声がその時だけ──その時だけ、鳴り止んでいた……。




