交渉
カランコロン
また一人客が入ってきた
外では雨がまだ降り続いているらしく、その客の肩はぐっしょりと濡れていた
「ふぅ………」
和也は一つ大きなため息を吐き、紅茶を少し口に含んだ
ここは、町はずれの喫茶店
「たばこ」とかかれた赤看板があるビルの一階部分である
店内は、板張りの床に今では珍しくなった電球、壁際には棚が並び、そこにはたくさんの小物がかざってあった
かすかにジャズの音楽がかけられ、外の雨音とも相成って、心地よい空間を生み出していた
カランコロン
またひとり客が入ってきたようだ
黒いスーツを着た中年の男だ
傘を持っていないところをみると、どうやらここまで車で送ってもらったらしい
その男はまっすぐに、和也に向って歩いてきた
歩く度に、革靴のコツコツという音と、床のギシギシという音が鳴る
和也はその男が自分のテーブルの前まで来たところで立ち上がった
「君が………綾瀬君か」
時は3日ほど、遡る
和也はこの日、とくにやることもなく自宅で掃除や、宿題をして時間を潰していた
Prrrr Prrrr
携帯に着信があったのは、お昼を少し過ぎたころだった
知らない番号からだったのだが、とりあえず通話ボタンを押した
「やあ、綾瀬……君の携帯であってるかな?」
「………ええ、綾瀬ですが……」
「ああ、私は田辺高一というんだが………
田辺カンパニーの社長と言った方が分かりやすいかな」
「田辺カンパニー」 和也も名前は聞いたことがある。ここ一年、IT関連で業績をグングン伸ばしてきている会社だ
「……それで、そんな大企業の社長がどんなご用件ですか?」
「ああ、それなんだが……
君たちに仕事を頼みたいんだよ」
「!! 俺……いや、私たちに、ということは………」
「うん、そういうことだよ。
詳しいことは今度の火曜日に今から言う喫茶店で話す
平日だけど、大丈夫かな」
「ええ、大丈夫です。分かりました」
「すまない。待たせてしまったかな」
「いえ、私も今来たところですから」
そんな軽い社交辞令をかわした後、田辺はコーヒーを、和也は紅茶のおかわりを注文した
「それで、お話というのは?」
「ふむ、それなんだがね」
田辺はそういいながら、いかにも高級そうな鞄の留め金を外し、ファイリングされた数枚の書類をとりだした
和也が見てもよくわからないのだが、「実験」や「考察」などの文字がそこかしこに見受けられる
「これは………?」
「ふむ。話を始める前に……これからいうことは口外無用にしてほしいんだが……」
「ええ、もちろんです。守秘義務ですから」
「ああ。じつはね―――」
田辺が話したことは、おおまかにいうとライバル会社に盗まれた情報を取り返してほしいというものだった
田辺カンパニーはついこの間、新型のOSの開発に成功したが、会社内にスパイがいたらしく、その開発書のデータを流されたらしい
「会社のデータバンクのそのデータがコピーされた形跡があってね
監察に調べさせたら犯人が挙がったんだが………」
「なるほど。警察に通報すればこのことが表沙汰になり、会社の管理能力の信用問題に繋がるというわけですか」
「察しがよくて助かるよ」
そういって、田辺はコーヒーを飲みほした
外ではまだ雨が降り続いているばかりか、雷が鳴り始めた
「それで……この仕事。受けてもらえるかい?」
「………何故、私たちなのですか?」
言外に意味をひそめたが、正しく理解してもらえたらしく
「そいつは、企業秘密だよ。ただ………信用できると踏んだからかな」
ウェイターがコーヒーと紅茶のおかわりを運んでくる
「分かりました。お引き受けいたします
報酬については後ほど」
「ああ。ありがとう」
そういってその男は店を出ていった
和也は真っ黒な空を見つめながら、ティーカップを傾けた
「……というわけだ。決行は来週の火曜日
今回は大まかな流れだけを決めておく。
詳しいことはその場で俺が指示を出すから」
「「「了解」」」
和也の言葉に全員が頷く
作戦の決行は1週間後
「でもさ~。なんで私たちなんかに頼んだんだろうね?」
理恵がソファに寝っ転んだまま、ポッキーを食べている
行儀が悪い、と正城にいつも注意されてはいるのだが一行にやめる気配はない
「さあな。ま、久しぶりの大きな仕事だ
気合い入れてこうぜ」
再び全員が頷く
「我が社は、航空産業に一大旋風を巻き起こしたいと考えているのです
ここ最近は、J●Lの経営不振による、会社更生法適用など、航空産業全体が先行き不安な状況です
そこで、我が社はまったく新しい方向性を検討しています
その一方で、やはり、安全・安心という面では御社の技術が欠かせないと思うのです
御社には我が社と是非手を組んで航空システムの管理をお任せしたいのです」
とあるビル前で2人の男女が商談をしていた
1人は30代の男
アルマーニのスーツを着て、いかにもエリートであるかのような雰囲気と顔立ち。ビジネスマン、社長としての風格がある男である
この男は株式会社サンダーの社長、山田悠一
もう1人は20を少し過ぎた頃かと思われる女性である
いかにも仕事ができるキャリアウーマンといった感じで、紺色のスーツを着こなしてている
先ほどの商談の内容も、仕事慣れしているかのような台詞だった
「ほえ~さすがだね~ユーミン」
「よくも、あんなに口が回る……」
「………ま、あいつはこっちが本業だからな」
その様子をインカムを通して聞いていた理恵、正城、和也の3人は感嘆の声を漏らした
由美は詐欺師である
口の巧さは一級品。変装をしてそこに、口の巧さが加わると、その人物の雰囲気をものの見事に醸し出すことができる
「さすがに、今すぐの返事はできないかな」
「……分かりました。ですが、明日も伺わせていただきます」
その後も10分ほど商談を続け、その日は提携を結ぶまではいかなくても、なかなかの好印象を与えることができたようだ
「しかし、見込みはあるのかね? うまく行くという見込みは」
「社長。いつだって投資にリスクはつきものです。新しい分野に着手するときだってそれは同じ
100%うまくいくとは言えません
でも、このプロジェクトは必ずや、うまくいきます」
交渉3日目
だんだん山田の態度が変わってきたように思われる
しかし、ここであえて投資のリスクの事を持ち出し、決してこれが夢物語ではなく現実を直視しているのだということをアピールする
「しかし………うむぅ」
山田はまだ悩んでいるようだ
おそらく、盗んだデータの作業のほうをやってしまいたいのだろう
だが、もうひと押しなのも事実だ
「ねぇ、社長。社長は今までも多大な功績をあげてきました。それは社長の手腕によるところです
社長ならば、ひとつ分野を増やしたところで、問題ないでしょう
いえ、さらなる躍進を遂げることができる
私たちはそういう確信があるからこそ、社長に話を持ちかけているのです
どうでしょう。ひとつ、頷いていただけませんか?」
そういって由美はニッコリと笑う
由美の変装なのだから、もちろん美人である女性にここまで言われたのだ
もう、断れないだろう
「分かった。社内で打診してみよう」
「! やった!」
「よし!」
「ふぅ~」
インカムを通じて会話を聞いていた3人は三者三様の反応をみせた
「ありがとうございます! それでは本日はこれで
詳しいことはまた後日連絡します」
「あっ、ちょっと。待っ」
由美はそれだけいうとすぐに走り去った
「おかえり~」
「おかえり」
「おう、お疲れ」
基地のドアを開けて入ってきた由美はすぐにソファに倒れこんでしまった
「ふぅ~ただいま。疲れたよ」
由美いわく、人を騙すというものはとても疲れるものらしい
まあ、常に頭をフル回転させなきゃならないから、当然か
「グッジョブだ、由美。後は火曜日に会議を取り付けるだけだな
正城、偽会社のオフィスの準備はできてる?」
「ああ、バッチリだよ
掃除もしっかりしてある」
「よし、これで第一段階はオーケイだな
さて、飯でもいくか
由美の好きなイタリアンがいいか
奢ってやるよ」
「お、マジ!」
「イエーイ、和也太っ腹~!」
「やっ……た……」
すんごく疲れていることが分かる由美の返事だった
投稿が遅れて申し訳ありません
暇つぶしにでも、読んでやってください