第2話:スラムの廃品工房と、狂気の発明家エジソン
王都の華やかな大通りから外れ、太陽の光すら届きにくい地下スラム街。
むせ返るような機械油と魔力草の匂いが漂う路地の奥に、その薄汚れた看板はあった。
『エジソン魔工工房 ~ガラクタから夢まで~』
ギィィ……と立て付けの悪い扉を開けた瞬間。
「――だから違うと言っているだろう! 魔力伝導率の計算が甘いんだよ!」
ドカンッ!!
鼓膜を破るような爆発音と共に、工房の奥から真っ黒な煙が吹き出してきた。
煙の中から咳き込みながら現れたのは、ボサボサの白髪に、煤まみれの白衣を着た男。彼こそが、危険すぎる思想と発明から表舞台を追放された希代の天才魔工技師、エジソンだ。
「ゲホッ……なんだお前は。借金取りなら帰れ。見ての通り、今は画期的な『自動靴磨き機』のテスト中で忙しいんだ」
「自動靴磨き機、ね。さっきの爆発を見る限り、靴ごと足を吹き飛ばしそうだけど」
「フン、凡人にはこの先鋭的なビジョンが理解できんのだ。で、用件はなんだ?」
俺は無造作に、先ほどのレースで手に入れた莫大な金貨の入った革袋を、油まみれの作業台にドンッと置いた。
ジャラリ、と重たい金属音が鳴る。エジソンの目が僅かに見開かれた。
「お前の頭脳と技術を買いに来た。俺の専属エンジニアになれ、エジソン」
「……冗談だろう? 俺の経歴を知らないわけじゃあるまい。どのチームも俺の発明を『危険すぎる』『レギュレーション違反だ』と喚いてクビにしやがったんだぞ」
「だからいいんだ。既存の枠に収まるような凡庸な発想に、金は払わない」
俺は羊皮紙を取り出し、作業台の上に広げた。
そこには、俺が頭の中で構築している数式の羅列がビッシリと書き込まれている。
「俺には魔獣の潜在能力やレースの環境要因をすべて数値化できる『スピード指数』という理論がある。だが、全レース番号の膨大なデータをリアルタイムで処理し、可視化するには俺の脳だけじゃ限界が近い」
俺の言葉に、エジソンの目の色が露骨に変わった。
狂気じみた発明家の瞳に、理知的な光が宿る。
「……面白い。つまりお前は、この『スピード指数』とやらを即座に計算し、レース番号ごとに表示・分析できる『専用の魔工ツール』を作れと言っているのか?」
「その通り。そして、そのツールで弾き出した極限のデータを元に、お前の発明で魔獣の能力を限界突破させる。常識外れのギアを作ってくれ」
「カカッ、ハハハハハ!」
エジソンは腹を抱えて高笑いした。
「最高に狂ってるな、お前! 生き物のデータを計算するツールだと? そんなふざけた代物、この世界の誰も考えつかんぞ!」
「作れるか?」
「誰に物を言っている。俺を誰だと思ってるんだ、天才エジソンだぞ!」
エジソンは煤だらけの手で、俺の差し出した手を力強く握り返した。
「契約成立だ、オーナー。さっそくその『ツール』の開発フェーズに入ろうじゃないか!」
最強のデータアナリストと、最強の魔工発明家。
誰にも見向きもされなかった二つの才能が、薄暗いスラムの工房でついに手を結んだのだった。




