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第9話:二つ目の「方程式」



特訓三日目。


街外れの森の境界。



木々の隙間から差し込む朝日を浴びながら、

ルルノアは喉を焼くような乾燥に耐えていた。


ゼノスが課した「発声しながらのステップ」を繰り返し、

その傍らでは、白銀の鎧を脱ぎ捨てたカルティアが、

 動きやすい訓練着姿でルルノアの周囲を旋回している。


「遅いぞ、カルティア!

 お前の剣はルルノアを『守る』ためのただの壁じゃない」


「ルルノアの歌を加速させ、観客の視線を誘導するための

 『追い風』だと言ったはずだ!」


杖代わりの流木を地面に突き立て、

ゼノスが容赦のない叱咤を飛ばす。


「くっ……! 言うのは容易いですが、

 彼女の呼吸に合わせるのと、

 実戦的な周囲の警戒を両立させるのは至難……!」


 カルティアの額から大粒の汗が滴る。


 一年前から彼女を見守ってきた

「最古参」としての愛はある。


だが、ギルド騎士として培った

「無駄を削ぎ落とした実戦技術」が、

皮肉にも「感情を乗せるアイドルとしての動き」を

邪魔していた。


彼女の剣筋はあまりに理にかなっており、

それゆえに、ゼノスの求める情緒エモーションが欠けていたのだ。


 その時だった。


 森の奥から、粘りつくようなどす黒い殺気が漂い出す。


「――来たか。」


 ゼノスがいち早く反応した。


茂みをなぎ倒して現れたのは、

先日の『黒犬ブラックドッグ』の生き残り。


だがその個体は他よりも一回り大きく、

背中から醜悪な魔力の触手を幾本も生やし、周囲の植物を枯らしながら進んでくる。


「残党、いえ……進化種か! ルルノア、私の後ろへ!」


カルティアが瞬時に前に出る。

その踏み込み、その構えは完璧な「騎士」のものだった。


だが、ゼノスがその肩を流木でそっと叩いた。


「待て、カルティア。剣を収めろとは言わん。

 だが、ただ『戦う』ことは許さん」


「何を言っているのです! 敵は目前だぞ!」


「いいか。お前が今ここでただ魔物を斬れば、

 ルルノアの中に残るのは恐怖の記憶だけだ」


「……だが、お前がルルノアの歌に乗せて魔物を葬れば、

 この地獄は『最高の初ステージ』に書き換わる」


 ゼノスはまっすぐな眼で、戸惑うカルティアを見据えた。


「「あの時」のバフが「発動される感覚」を

 その身に覚え込ませるんだ。

 恐怖を熱狂に、惨劇を演出に書き換えろ。

 これが俺たちの『二つ目の方程式』だ」


「カルティア、お前の剣のリズムを、

 ルルノアの鼓動に預けろ」


「お前が騎士の型を捨て、

 一人の『ファン』として彼女を信じきった時、

 その刃は物理を超えた概念アイドルの刃になる」


魔物が咆哮し、

鋭い魔力の触手が空気を引き裂きながら

カルティアへ襲いかかる。


「……っ!」


反射的に防御姿勢を取ろうとしたカルティアの耳に、

震える、けれど昨夜よりも

ずっと確かな響きを湛えた声が届いた。


ーー♪

綺麗な 円なんて 書けなくて


欠け落ちたままの 三日月を


自分とおんなじって 笑ってた


 

ルルノアだった。


恐怖に膝をつきそうになりながらも、

彼女はゼノスの「歌え、それがお前の戦いだ」という言葉を守り、

必死に声を紡ぎ出した。


ーー♪


三日月の欠けた その隙間に


溢れ出すほどの 星を詰めて


世界を 僕を ひっくり返す


きまりごとなんて ステップで踏み越えて!


一瞬の光が ずっとを射抜く


君の輝きが 僕の答えだ


 


その瞬間、カルティアの脳内で何かが弾けた。

 


ルルノアが、自分を信じて背中を預けている。

受付カウンター越しに、

ただ遠くから見守るしかなかったあの少女が、

今、自分のために旋律を捧げている。

その事実が、カルティアの心臓を、

これまでのどんな軍令や勲章よりも激しく打ち鳴らした。


(……ああ。そうだ。私は、この子の『盾』でありたい。

 だがそれ以上に、この輝きを一番近くで支える、

 彼女の一部になりたい!)


カルティアは、迫りくる大きな、数多の魔力の触手を見据えた。

その瞳に宿るのは、冷徹な殺意ではない。

ルルノアの歌のリズムに身を任せ、

不規則な攻撃を「拍子」として受け流す、流麗な躍動。


(聞こえる……ルルノアの声が、私の魔力を、魂を、

 あの時以上の……極限を超えて引き上げていく……!)


「……認めましょう。私の剣は、今この瞬間のためにあったのだと!」


カルティアが深く踏み込む。

ルルノアの歌のフレーズがサビへと向かい、

感情が最高潮へ向かうのに合わせ――



カルティアの銀剣が、ルルノアの固有スキルに共鳴し、

激しい黄金の輝きを纏い始めた。


「――いけ、カルティア!

その一撃が、お前たちの『共鳴レゾナンス』だ!」


ゼノスの咆哮が、静かな森に響き渡った。

それは、一人の堅苦しい騎士が、

初めて「ファン」という名の最強の守護者へと覚醒した瞬間だった。

 


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