第6話:勝利の後の筋肉痛(筋肉痛は、愛の証)
――朝焼けが。
暴力的なまでに目に痛い。
どこか遠くで鳴く鳥のさえずりが、
今のゼノスにとっては脳髄を直接揺らす
爆音のように響いていた。
ゼノスが意識を浮上させて
最初に自覚したのは、自分の肉体が
「粗悪な鉄塊」に作り変えられたのではないか、
という絶望的な錯覚だった。
「……あ、……が……、っ」
寝台から上身を起こそうとした瞬間、
脊髄を未知の電流が走り。
腰のあたりで「パキッ」と乾いた、
そして取り返しのつかない不吉な音が響いた。
昨日、ルルノアの歌声を
物理的に増幅させるため、
老いたマナ回路を無理やり直結し。
さらに慣れない人間の中年体型で
魔力糸を操り続けたツケ。
それが今、逃げ場のない津波となって
押し寄せてきたのだ。
(……ゼオ、貴様……。
人間のおじさんの身体は、
これほどまでに脆いのか……)
(少し『本気』を出しただけで、
内側から瓦解しやがる……)
全盛期の魔王時代なら、
心臓を貫かれようが、首を跳ね飛ばされようが、
数分で細胞が再生した。
だが今は、重い頭を持ち上げるという
単純な「物理運動」だけで吐き気がする。
ゼノスは這うようにして
寝床から転げ落ち。
床に転がっていた安酒の空き瓶を
杖代わりに、なんとか立ち上がった。
壁に掛けられた古びた鏡を覗き込めば、
そこには昨日よりもさらに老け込み。
目の下に呪いのような深いクマを湛えた
中年男がいた。
「……ひどい顔だな。
だが、……無駄ではなかった」
窓の外を見れば、そこには
昨日の戦場だったとは思えないほど、
活気に満ちた街の風景が広がっていた。
瓦礫を片付ける男たちが、
汗を拭いながら口々に昨夜の
「奇跡」について語り合っている。
「聴いたか? あの受付嬢のルルノアちゃんが、
歌で魔物を追い払ったんだぜ」
「ああ、俺も身体が勝手に動き出した。
あの瞬間、俺の中の『限界』が
どこかに飛んでいったんだ」
昨夜までルルノアを「お荷物」と
馬鹿にしていた若手冒険者たちが、
今や彼女の「布教」を始めている。
魔法という技術に頼り切っていた彼らが、
初めて「魂の共鳴」という物理的な
熱狂を体験したのだ。
ゼノスは、それを見て
不敵に笑おうとしたが――。
頬の筋肉を動かしただけで、
またもや腰に激痛が走り、
「うぐっ」と情けなく悶絶した。
ギルド『スターライト亭』へ
辿り着く頃には、ゼノスの体力ゲージは
既に赤点滅の状態だった。
重い扉を押し開けると、
そこには街の人々に囲まれ、
もみくちゃにされているルルノアの姿があった。
「ルルノアちゃん、サイン……
あ、サインって何だ?
とりあえず、この依頼書に名前を書いてくれ!」
「ルルノア様の歌、感動しました!
また聴かせてください!
俺、今日からあんたの信者だ!」
「ひゃあああ、皆さん、
落ち着いてくださいっ!
私、ただ無我夢中で歌っただけで……!」
顔を真っ赤にして
パニックになっているルルノア。
昨日までの「不器用な看板娘」は
もうどこにもいない。
彼女は今、この街の絶望を塗り替えた
希望そのもの――未完成のセンターとして、
その第一歩を確実に踏み出していた。
そんな中、ギルドの喧騒を
真っ二つに割るようにして、
一人の女性が歩み寄ってきた。
白銀の鎧を朝陽に反射させ、
一分の隙もない足取り。
女騎士カルティアだ。
彼女がルルノアの前に立つと、
周囲の住民たちはその圧倒的な
「正騎士」の威圧感に気圧され。
モーゼの海割りのように道を開けた。
「……ルルノア」
「し、カルティアさん……!
昨日は、本当にありがとうございました……!」
ルルノアが深々と頭を下げる。
カルティアは、鉄の仮面を被ったような
無表情のまま彼女を見つめていた。
その瞳は傍目には冷徹に見える。
だが、ゼノスの「眼」は誤魔化せない。
カルティアの指先は小刻みに震え、
首筋は隠しきれない熱量で赤く染まっている。
「……ルルノア。昨夜の件で、
至急確認したいことがあります。
別室へ」
「えっ、あ、はいっ!
私、また何か書類のミスを……!?」
怯えるルルノアを連行するように
奥の応接室へ向かうカルティア。
それを見送ったゼノスは、
ひっそりとカウンターの隅に腰を下ろし。
慣れた手つきでギルドマスターを呼んだ。
「……マスター。
一番強い湿布と、一番安いエールを。
それと、腰に優しいクッションを。……死ぬ」
「ああ、おじさん。
昨日はよくやってくれたな」
「……だが、湿布はともかく、
エールを飲んでる場合か?
あの女騎士様は、今、かなり『キテる』ぜ」
ギルドマスターが奥の部屋を顎で指す。
「昨夜、あいつが魔物を斬ってた時の顔、見たか?
普段の冷徹な剣筋が、ルルノアが歌い出した瞬間に
『情熱の化身』に変わった」
「……まるで、神託でも受けたみたいな、
とろけたツラしてたぞ」
ゼノスは、湿布の袋を歯で食いちぎりながら、
苦痛の合間に不敵な笑みを漏らした。
「……知っている。
彼女がルルノアの熱烈な『ファン』であることは」
「……だからこそ、
あいつも俺の方程式に巻き込むんだよ」
ゼノスの脳内には、
既に次のライブへの構想が組み上がっていた。
ルルノアという主旋律を支えるために必要なのは、
最強の「盾」であり、最強の「理解者」。
カルティアという高潔な騎士を、
アイドルの守護騎士兼、
一人目のユニットメンバーへと。
騎士から引きずり下ろす――いや、引き上げる。
(ルルノアが光なら、カルティアはそれを受け止める鏡)
(……ゼオ、お前の作った『規律』という名の鎧を、
俺が一番最初に剥ぎ取ってやる)
腰痛に顔を顰めながら、
ゼノスは震える手で羊皮紙に
「ユニット構成案」を書き記し始めた。
魔法が当たり前にあるこの世界を、
熱狂という名の物理的な衝撃でひっくり返す。
かつての魔王による、
史上最高に「エモーショナルな反逆」は。
おじさんの筋肉痛と共に
本格化していくのだった。
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