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第48章:三日間のリハーサル、命の調律



「いいか、お前ら!

絶望して膝をつくのは勝手だが、

その間もあいつは歩みを止めねえぞ!

泣いて助けを呼ぶのが『観客』の仕事か? ああ!?」


ゼノスの怒号が、王都の中央広場を震わせた。


広場を埋め尽くすのは、

恐怖で顔を白くさせた数万の市民と、

心身ともに限界を迎えた兵士たちだ。


彼らの視線の先、

地平線には、山のごとき巨躯を震わせ、

大地を削りながら這い寄る魔神アバドンの影がある。


その歩みとともに、

世界の光が少しずつ、だが確実に吸い出されていく。


「客席が通夜のムードじゃあ、

どんな名曲も死んじまう。

三日でこいつら全員を、

地獄の淵でも拳を振り上げる『最強の観客』に仕立て上げるぞ」


ゼノスが命じたリハーサル。

それは、主役であるルルノアのためのものではなかった。


それは王都の住人すべて、

すなわち十万人の「絶望した群衆」を、

一人のアイドルのために命を叫ぶ「最強の共鳴体」へと造り替える、

狂気のリハーサルだった。


「エリー、全区画に歌詞カードを配り終えたか!

クローディア、街中の拡声器の位相を合わせろ!

音がズレれば共鳴は起きねえ! 奴の闇に穴を開けるのは、お前らの『声』なんだよ!」


ゼノスの指揮の下、

十三英団の面々が街を駆け抜ける。


最初は

「こんな時に歌など不謹慎だ」

「魔王の罠ではないか」と反発していた市民たちも、

ゼノスの狂気的な熱量と、

何より、王都の中央に組まれた高いステージの上で、

ただ黙々と、だが凛として空を見据えるルルノアの姿に、

少しずつ毒され始めていた。


「そうだ。歌を覚えろ。リズムを刻め。

ただ守られるだけの『犠牲者』でいるな。

お前らのその叫びが、ルルノアの喉を震わせ、

闇を焼き尽くす唯一の燃料になるんだよ」


二日目の夜。


王都の至る所で焚き火が焚かれ、

人々が身を寄せ合って歌詞を確認する中、

ルルノアは作戦会議の場で、

アイルやカルティア、

そして仲間たちに静かに語り始めた。


焚き火の爆ぜる音が響く静寂の中、

彼女の瞳には、かつての弱さは微塵もなかった。


「……ねえ、みんな。

私、アイドルって何なのかなって、ずっと考えてたんだ」


焚き火の光に照らされたルルノアの横顔は、

影を深く落としながらも、どこか神々しさすら感じさせた。


「誰かを元気にすること?

誰かを守ること? ……うん、それも大切。

でもね、おじさんの指導を受けて、

みんなの応援を背負ってここまで来て、

ようやく気づいたの。アイドルっていうのはね

……そこにいる全員の『心』を奪って、

一つの場所に繋ぎ止める、世界で一番わがままな女の子なんだよ」


ルルノアの言葉に、

アイルが息を呑む。

カルティアは祈るように手を組み、

彼女の言葉を噛み締めた。


「あの大きな怪物……アバドンだったっけ。

おじさんはあいつを『最悪のクソ客』だって言った。

……なら、やることは一つだよ。

あんなに大きな体で、

あんなに大きな口を開けて、

世界中の光を食べようとしてるあの子に、

私が教えてあげるの。

――この世界にはね、

貴方の口には入りきらないくらい、

もっともっと大きくて、

熱くて、キラキラしたものがあるんだよって」


ルルノアは立ち上がり、

遠くで蠢く闇の山を見つめた。


「あいつが光を吸い込むなら、

吸い込ませてあげる。

でもね、ただの魔力じゃないわ。

十万人の想い、アイルちゃんの愛、カルティアさんの祈り、

そして私の……全部。

それを一滴残らず奴の喉の奥に流し込んで、

満足させてみせる。

……『もう食べられない、

こんなに幸せな気持ちは初めてだ』って言わせて、消えてもらうの」


彼女は仲間たちを振り返り、

優しく、しかし鋼のような意志を込めて微笑んだ。


「だから、みんな。私のことはもう心配しないで。

私は、最高のライブをするだけ。

仲間のためとか、世界のためとか、

そんな難しいことはもう考えない。

私はプロのアイドルだから。

プロっていうのはね、

どんな環境でも、どんな最悪な客の前でも、

幕が上がったら完璧な笑顔を届ける人のことでしょ?」


「……ルルノア」


アイルがその手を握る。

アイルの手は、

戦いの高揚ではなく、

ルルノアの覚悟に当てられて震えていた。


「おじさんが私を選んでくれたあの日から、

このステージは決まってたんだと思う。

あんな大きなファンを独り占めできるなんて、

アイドルとしてこれ以上の贅沢はないよね。

……あの子だって、私のファンにしてみせる。

世界で一番大きなペンライトを、

あの子の心の中に振らせてみせるよ」


三日目。


王都は、

不気味なほどの静寂と、

爆発寸前の熱気に満ちていた。


王都の住人全員が、

ルルノアの曲の旋律を魂に刻み、

コールのタイミングを細胞レベルで記憶した。


恐怖は消えていない。


だが、

その恐怖は

「このライブを成功させなければ、

私たちは最高のエンディングを迎えられない」という、

奇妙な強迫観念を伴う高揚感へと変換されていた。


ゼノスは特設ステージの最終点検を終えた。

クローディアが設計した、

十万人の魔力を一点に集めるためよアンプが、

ルルノアの足元で低く唸りを上げている。


「準備は整ったな。バフを『与える』時代は、

ここで終わりだ。十万人の熱狂を吸い込んで、

アイドルが世界を撃ち抜く。その奇跡、特等席で見せてもらうぜ」


太陽が沈み、

王都を飲み込もうとアバドンの漆黒の腕が城門に触れようとした、その瞬間。


――カァァァァァン!!


高く、澄んだ鐘の音が鳴り響いた。


それは開演の合図。


「――お待たせしました、

みんな!! 最高の夜にしようね!!」


ルルノアの声が、魔導拡声器を通じて王都の

隅々まで、そしてアバドンの闇の奥底まで届いた。


一筋の黄金のスポットライトが、

天から降り注ぎ、ステージ中央のルルノアを射抜く。


世界で一番過酷で、

世界で一番残酷で、

そして――世界で一番美しい「最終公演」の幕が、今、上がった。


「ルルノア。お前の言う通りだ。

……あいつに教えてやれ。

アイドルってのはな、絶望さえも自分を輝かせるためのライティングに変えちまう、

最強の化物だってことをな」


ゼノスは不敵な笑みを浮かべてコンソールを叩いた。


イントロが始まった。

十万人の鼓動が、

一つのリズムに、

一つの歌声に溶け合っていく。

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