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第47章:光なき世界、沈黙のプロデューサー



撤退戦。

その響きほど、軍の士気を削ぐものはない。


四つの境界で「英雄」となったはずの兵士たちは今、

這いずる巨獣アバドンが残した漆黒のわだち

避けながら、逃げるように王都を目指していた。


空はどんよりとした鉛色に染まり、

風さえもが魔神の闇に怯えて沈黙している。


本陣の馬車内には、重苦しい静寂が満ちていた。


「……計測データ、出揃いました。最悪です」


クローディアが吐き捨てるように言い、

ホログラムの数値を乱暴に消した。


「あのアバドンの皮膚……あれは物質じゃない。

この世界の魔力法則を反転させた『虚無の穴』よ。

ルルノア様の歌が届いた瞬間に、

そのエネルギーを美味しく頂戴して、

自分の質量に変換してやがるの。

私たちが歌えば歌うほど、奴はデカく、強くなる。

これじゃあ、ボイコットされてるステージに

無理やり客を詰め込んでるようなものよ」


その言葉に、一番の衝撃を受けていたのはルルノアだった。


彼女は、自分の喉を守るためのスカーフを強く握りしめ、

震える声で呟いた。


「私の歌が……みんなを傷つける……?

そんなの……そんなの、アイドルじゃないよ」


彼女の脳裏には、

先ほど干からびて倒れた兵士たちの姿が焼き付いていた。


笑顔を届けるための歌が、

命を吸い出す罠になる。

その事実は、多感な少女の心を容易く打ち砕いた。


ゼノスは馬車の窓を叩き、

外を這いずるアバドンの後ろ姿を睨みつけた。


山のような上半身が、

這いずるたびに大地を侵食し、音を飲み込んでいく。


「おじさん……私、もう歌えない。……歌うのが、怖いよ」


ルルノアの瞳から、

一筋の涙がこぼれる。


その時、ゼノスが動いた。


ルルノアの前に歩み寄り、

その小さな肩を掴んで、力強く――だが、ひどく冷徹な声で言い放った。


「いいか、ルルノア。勘違いするな。……アイドルの「仕事」は『みんなを元気にすること』じゃねえ」


「え……?」


「アイドルの仕事はな、『どんな最悪な客でも、満足させて帰すこと』だ」


「いいか。あのアバドンって野郎はな、

世界で一番贅沢で、

世界で一番食い意地の張った『クソ客』なんだよ。

光が欲しい? 魔力が足りない?

……結構じゃねえか。

だったら、

一生かかっても食いきれねえほどの

『極上のメインディッシュ』を、

喉に詰まらせるまで流し込んでやるのが礼儀だろうが」


「……吸いきれないほどの……光?」


「そうだ。奴が飲み込んでいるのは、

ただのエネルギーだ。

だが、ルルノア。お前の歌はただのエネルギーか?

違うだろ。……そこにはアイルの愛があって、

カルティアの信仰があって、

兵士たちの命の叫びが乗ってる。

……それは、ただの闇じゃあ処理しきれねえ

『重い想い』なんだよ」


ゼノスは馬車の壁に貼られた王都の地図を指差した。


「三日だ。

三日後の王都正門前を、

史上最大のステージに変える。

……クローディア、

王都に眠るすべての魔導スピーカーを手配しろ。

エリー、お前は王都の全住民に『コール』の練習をさせろ。

……プロもアマも、大人も子供も関係ねえ。

王都にいる十万人全員が、ルルノアのバックコーラスだ」


「十万人……!?

ゼノス様、正気ですか!?

十万人の魔力を同期させるなんて、

もし失敗すれば王都が吹き飛びます!」


「失敗? させるわけねえだろ。

……俺がプロデュースしてんだぞ」


ゼノスの不敵な笑みに、馬車内の空気が一変した。

絶望はまだそこにある。


だが、その絶望を「楽しませるための観客」と定義した瞬間、

彼らの中に眠るプロフェッショナルとしての魂が目を覚ました。


「吸い込む闇があるなら、内側から破裂させるほどの共鳴を起こす。

……そして、その中心に立つルルノア。

お前がただの『バフ役』で終わると思うなよ。

……史上初だ。

アイドルが自ら、ステージ上の邪魔者を『ファンサの矢』で射抜く演出をぶち込んでやる」


ゼノスはルルノアの視線と同じ高さまで腰を落とし、

彼女の涙を親指で拭った。


「ルルノア。……怖いか?」


「……うん。すっごく、怖い。

……でも、おじさんがそう言うなら、私……まだ、マイクを持てる気がする」


「いい返事だ。……三日間の地獄のリハーサル、覚悟しとけよ」


馬車が王都の巨大な城門をくぐる。


背後には、ゆっくりと、

だが確実に近づいてくる神話級の絶望。

 

王都は、不気味なほどの沈黙に包まれていた。

 

市民たちは迫り来る魔神の影に怯え、

希望を失いかけている。

だが、その静寂を切り裂くように、

ゼノスの指示を受けた十三英団が動き出した。


「――全市民に告ぐ!

泣いている暇があるなら、声を磨け!

ルルノア様のライブを、お前たちの命で支えるんだ!!」


アイルの鋭い叫びが街に響く。

 

「光なき世界か。いいじゃねえか。……真っ暗な客席ほど、ペンライトの光は美しく見えるもんだぜ」


ゼノスは王都の中央広場に設置された

巨大な骨組みを見上げた。


三日後。


そこで行われるのは、一人の少女のライブではない。


人類全ての「熱狂」を一点に束ね、

闇そのものを焼き尽くすための、

最終決戦だ。


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