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第46章:魔神の胎動



東のベヒーモスが砕け、

北のケルベロスが光の塵となり、

南のズーが浄化され、

西のユルムンガンドが解析され消滅した。


王国の先、魔界との境界の東西南北を

封じていた「巨獣」は、

ルルノアの歌声と十三英団の奮戦、

そしてゼノスの狂気的な演出によって、

今や勝利の凱歌に包まれていた。



「……やった。やったんだよね、おじさん!」


特設ステージの上で、

ルルノアが息を切らしながら笑顔を向ける。


数時間に及ぶ全力のライブ。

彼女の喉は限界に近く、

衣装は汗と魔力の残滓で光っていたが、

その瞳はかつてないほどの達成感に輝いていた。


兵士たちは互いに抱き合い、

剣を掲げ、少女の名を叫ぶ。


だが――ゼノスだけは、

北の空を見上げて眉をひそめていた。

「静かすぎる。……四柱の巨獣を倒したんだ。魔力の霧が晴れて、空が戻るはずだろうが。……何だ、この嫌な『空気の重さ』は」

 

その直後だった。


勝利の歓声が、断末魔のような悲鳴へと変わった。


「見てください……

あれを! 消えたはずの魔力が、集まって……!?」


クローディアが叫ぶ。

モニターに映し出された地図。

東西南北の境界から、


倒したはずの巨獣たちの膨大な魔力が、

霧散することなく「一点」へと収束していく。


王都から数十キロ地点。

かつて何もなかった不毛の荒野の中央。


四つの光が激突した瞬間、

地響きさえも消えるほどの「音のない爆発」が起きた。


そこから這い出してきたのは、

神話にも、ゼノスの膨大な知識にも存在しない、異形の怪物だった。


それは、生命体と呼ぶにはあまりに巨大で、

あまりに醜悪だった。


山ほどもある巨大なデーモンの「上半身」だけが、

地表に剥き出しになっている。


下半身は次元の裂け目に埋まっているのか、

それとも最初から存在しないのか。


漆黒の肉体は、

光を反射することなく吸い込み、

周囲の空間を歪ませている。


ズォ……ォォ……オォォォォォォン……!!

 

魔神アバドンが、

その巨岩のような両腕を大地に突き立てた。


轟音と共に、

数キロ先まで地震が走る。


奴は、そのあまりの巨躯を、

這いずるようにして、ゆっくりと動き始めた。

 

その進む先には、

王国軍の本陣。

そして、その遙か先には――王都。


「冗談だろ。……あんなデカブツ、俺も知らねえぞ。

人間たちの軍であんなもんどうやって倒せってんだ!

エルンスト、クローディア! 解析しろ! 奴の正体は何だ!」


「……わかりません、ゼノス様!

文献にも、魔王軍の記録にも

……あんな存在は記されていない!

まるで、四柱の死を燃料にして産み出された『終末の装置』です!」


クローディアの手が震える。


偵察に出た兵士一団が、

魔神の進路上に立ちはだかった。

彼らはルルノアのバフをまだ身に纏っており、

黄金の魔力を放ちながら必殺の魔法を放つ。


だが、次の瞬間、兵士たちの顔から血の気が引いた。


放たれた黄金の光が、

アバドンの体に触れた瞬間に「消えた」のだ。


打ち消されたのではない。吸い込まれた。

アバドンの漆黒の皮膚は、あらゆる魔力を、

あらゆる光を、底なしの胃袋のように飲み込んでいく。


「な……魔法が、吸い取られた……!? ぁ、ああぁぁぁっ!!」


魔神の周囲に展開されていた

「闇」が触手のように伸び、

兵士たちから魔力そのものを強引に引きずり出した。

黄金のバフは霧散し、

兵士たちはミイラのように干からびて地に伏す。


「……バフが、効かない?」


アイルが呆然と呟く。

どれほどルルノアが歌い、

どれほどゼノスが演出しても、

その「光」が全て飲み込まれるのであれば、

戦いそのものが成立しない。


「クソ、ゼオの野郎、とんでもねえ『観客』を用意しやがった。熱狂すればするほど、

放たれたエネルギーが奴の餌になるってわけか。

ライブのシステムそのものを逆手に取りやがったな」


魔神アバドンの侵攻速度は、決して速くない。

が、止まらない。


山が這いずるようなその絶望的な行進は、

一歩ごとに地形を変え、王国軍を後退させていく。


「……ゼノス様、計算が出ました」


エルンストが、冷や汗を流しながらホログラムを示す。


「奴の速度と王都までの距離を逆算すると

……およそ三日。

三日後に、

奴は王都の正門に到達します。

……我々に残された時間は、それだけです」


三日。


王都を守る結界も、数万の軍勢も、

あの「全てを飲み込む闇」の前では、

時間を稼ぐための薪にしかならないだろう。


軍内に絶望が広がる。

ルルノアもまた、

震える手でマイクを握りしめたまま、

立ち尽くしていた。


「おじさん……私、まだ歌えるよ。

でも、私の歌があの怪物の力になっちゃうなら……私……」

 

歌うことが、味方を殺すことになる。


それは、アイドルとしての死を意味していた。


だが。

沈黙の中、ゼノスが重々しく口を開いた。

 

彼はアバドンが残した深いわだちを見つめて、

不敵に笑った。


(俺が、魔王時代の力があれば、なんて夢を見るのは、無しだよな。今の俺が。)

「……いいぜ。最高のアンコールだ」


「え……?」


「ルルノア、顔を上げろ。

……あんなデカブツがわざわざ王都まで這ってきてくれるんだ。

……招待状インビテーション

送らねえわけにはいかねえだろう」


ゼノスは、

震える兵士たちを振り返ることもなく、

ただ前だけを見て言った。


「奴は光を飲み込むんだろ?

どんなに強化しても、

吸い込まれて無駄なんだろ?

……なら、簡単だ。

……奴が飲み込みきれねえほどの、

史上最大の光を流し込んでやる。」


「ゼノス様、まさか……」


「客が『最悪の悪魔』なら、

そいつにふさわしい『最後のライブ』を開いてやるのが

プロデューサーの役目だ。

……王都の門の前を、

世界で一番贅沢なステージに変えてやる」


ゼノスの瞳に、狂気と情熱が宿る。


絶望の淵に立たされてなお、

この男は「演出」を諦めていなかった。


「……三日だ。

三日以内に、

ルルノア、お前を『神』の領域まで引き上げる。

……あのアバドンの闇を、

お前の光で内側からハジき飛ばしてやるよ」


ゼノスがルルノアの肩を抱き、

魔神アバドンに向けて指を指した。


「おい、アバドン。俺の最高傑作を、

特等席で聴かせてやる。

楽しみにしてろよ、

お前が飲み込めるのは、

今日までのルルノアだ。

三日後のこいつは、お前の胃袋じゃ収まりきらねえぞ」


夕陽が、這いずる巨獣の背中を不気味に赤く染める。


人類と魔王。


そして、アイドルと絶望。


三日間の猶予リハーサルをかけた、

史上最大の「最終公演」が、今幕を開けようとしていた。


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