第45章:無限大の共鳴、神速のディーヴァ
今回の作戦は。
ルルノア『本人』がまずは東に向かい、即時決着。
次に南に向かい、カルティアと合流。
西にはゼノスとクローディアが、
ルルノアの音源という賭けにも似た方法で
「ルルノア不在にて」攻略。
その後、ルルノアが「北」に合流。
それが、本来ありえない、『ほぼ同時多発ライブ』の中身であった。
それは。
ルルノアのバフによる高速移動や遠距離通信、
そして、エース、アイルの。
『最もバフが掛かる王国最大戦力』の
単騎戦力が要となっている、
作戦ともいえない作戦。
それが。
いま。
北の氷原でエース・アイルが地に伏した。
その絶望的な状況は魔導通信を通じて本陣へと伝わり、
兵士たちの間に戦慄が走る。
だが、その混乱を切り裂いたのは、
止まることのない「歌声」の通信だった。
「――♪ 立ち上がって……君の鼓動は、まだ終わってない……!!」
ルルノアの歌は乱れない。
かつて関門で震えていた少女はもういない。
仲間の危機、魔王の嘲笑、その全てを飲み込んで、
彼女の歌はより高く、より鋭く研ぎ澄まされていく。
「……ライブ中のトラブルごときでマイクを置くほど、
うちの娘はヤワじゃねえんだよ」
「もう大丈夫なのですか、ゼノス様」
西のヨルムンガンド討伐後、
魔力の使いすぎで倒れたゼノスは、
クローディアの元で治療を受けていた。
ゼノスは通信機のボリュームを最大まで跳ね上げ、
ステージ上のルルノアに鋭い視線を送った。
「ルルノア! 喉はまだ持つか!?
ここからが本番までだぞ!」
「当たり前です、おじさん!
私を誰だと思ってるんですか!」
ルルノアが歌の合間に不敵に笑う。
数時間に及ぶ全力歌唱。
本来なら喉が枯れ、
体力が尽き果てていてもおかしくない。
「おじさんが最初に教えてくれた
『地獄の基礎トレーニング』、
一日も欠かしたことはありませんから!
ライブを最後までやり切る体力は、
もう身についてるんです!」
「)……へっ、当然だ。
……なら、いいぜ。
クローディア!
例の『超広域ホログラフィック・リンク』を起動しろ!
北の氷原を、丸ごとルルノアのステージに変えるぞ!」
「了解よ! 全魔力回路、北へ固定!
ルルノア様の姿を、アイルの瞳に焼き付けなさい!」
瞬間、北の氷原。
ケルベロスの影に沈み、
意識を失いかけていたアイルの目の前に、
「奇跡」が現れた。
空から降り注ぐ黄金の光が、
ルルノアの姿を巨大な映像として
再現したのだ。
ただの映像ではない。
ルルノアの「心」、
その「歌」、
そして全力の「ダンス」。
その全てがバフとなり、
アイルの傷ついた肉体を包み込む。
「……ぁ……ルル、ノア……?」
関門の時をも超える、究極の黄金共鳴。
自らの回復力が上限を超え、
傷口が瞬時に塞がり、
魔力回路が爆発的に再起動する。
アイルの中に流れ込むのは、
有限の魔力ではない。
ルルノアという「アイドル」を愛し、
守りたいと願う心が引き出す――無限大のバフ。
「……愛がガソリンなら、
ルルノアの笑顔は無限の供給源だ。
……おい、アイル。いつまで寝てやがる。
お前の『本気』、見せてみろよ」
アイルが、ゆっくりと立ち上がった。
その体から溢れ出す魔力が、
彼女を縛っていた「偽り」を焼き切っていく。
「……あはは。そうだね。
……もう、隠す必要なんてないんだ」
アイルが空に向かって、大きく喉を開いた。
――キィィィィィィィィン!!
氷原に響き渡ったのは、
少年のような澄んだ声ではない。
天をも突き抜ける、
美しくも苛烈なソプラノの高音。
アイルの真の性別――彼女は、少女だった。
そして、その魂の叫びがルルノアの歌声と重なり、
完璧な「和音」を作り出す。
「ルルノアのバフをコーラスで受け止める……。
反響がさらに魔力を高めやがる。
……今のアイルは、世界で一番強い『ファン』だ」
「ガ、アァァァァァァァァ!!」
六つの首を持つケルベロスが、
その異常な魔力に恐怖し、一斉に飛びかかった。
だが、アイルはもう消えていた。
ドォォォォォォォォォォン!!
衝撃音が響いた時には、
ケルベロスの六つの首は全て宙を舞っていた。
アイルは、ただ「通り過ぎた」だけだ。
「……ルルノアの歌を汚すゴミは、一欠片も残さないよ」
アイルが『月虹』を鞘に納める。
その動作一つで、巨獣の巨躯は分子レベルで崩壊し、
光の粒子となって北の空へと消えていった。
最強の始祖級。魔王ゼオの「合理的な供給」。
その全てを、一人の少女の「愛」が踏み潰した瞬間だった。
「……決まったな。……四柱、全て撃破だ」
ゼノスが勝利の安堵を覚え、
深く息を吐き出した、
その時。
ピリ……ピリピリッ……!!
通信機に、異様なノイズが走った。
それだけではない。
手元のモニターに映し出された
東、南、西の境界地図が、不気味に赤く点滅し始める。
「……何よ、これ。
……倒したはずの巨獣の魔力反応が、
消えていない!?
それどころか……一点に集まっている!?」
クローディアの悲鳴に近い声。
倒されたベヒーモス、ズー、ユルムンガンド、
そして今のケルベロスの光が、
境界の中心へと向けて収束していく。
『――素晴らしい『ライブ』だったぞ、
ゼノス。……「熱狂」がこれほどのエネルギーを生むとは、私の計算を上回る実証データだ』
空から降ってくる、魔王ゼオの冷徹な笑い声。
『四柱を倒せば終わるとでも思ったか?
違う。四柱は、
この瞬間のために「煮詰められた」器に過ぎない。
今こそ、真のメインステージを始めようではないか』
王都の地下から、聞いたこともないような
不協和音が響き渡る。
勝利の歓喜に沸いていた兵士たちが、
一瞬にして凍りついた。
「チッ、野郎……。俺たちのライブを、
自分の『儀式』の一部に取り込みやがったか……!!」
ゼノスが空を見上げる。
そこには、四つの絶望を凝縮した、
より禍々しい「何か」が産声を上げようとしていた。
アンコールは、まだ終わっていなかった。
そして、それは人類にとって、最も残酷な幕開けとなる。




