第4話:開演(オンステージ)――地獄を夢で塗り替えろ
第1話:0(ゼロ)に還った魔王
第4章:開演――地獄を夢で塗り替えろ
「……お前を、
世界で一番の幸せ者にしてやる。
それが俺の復讐だ」
ゴミ捨て場でゼノスが
そう告げた、その直後だった。
深夜の静寂を、
心臓を直接掴むような
不快な重低音が切り裂いた。
――ヴォォォォォォォン!
街の各所に設置された、
警報魔法の鐘が鳴り響く。
「魔物だ!
南門の防護結界が突破された!」
「『黒犬』の群れだ!
全員、武器を取れ!」
月明かりの下、
平和だった『スターライト』の街が
瞬く間に炎に包まれていく。
暗闇から湧き出したのは、
漆黒の毛並みに赤い瞳を持つ、
魔界の尖兵たち。
ルルノアは悲鳴を上げ、
ゼノスの背中にしがみついた。
「魔物……!?
なんでこんなところに!
騎士団の結界魔法があるはずなのに!」
「……ふん。ゼオの連中め、
さっそく『掃除』を始めやがったか」
ゼノスは眉を潜めた。
この襲撃は偶然ではない。
魔王ゼオは不確定要素を嫌う。
かつての魔王の転生先であるこの街を、
まるごと無に帰そうという腹づもりだろう。
二人がギルドの広場へと
駆け戻ると、そこは地獄絵図だった。
『黒犬』だけではない。『闇虎』、『暴竜』…。
下手な小規模ダンジョンならボスを張るようなモンスターが、
その猛威を振るっていた。
「総員、円陣を組め!
魔導士は後方から
支援魔法を絶やすな!」
銀髪を血と煤で汚しながら、
カルティアが最前線で剣を振るっていた。
だが、押し寄せる
絶望的な魔物の数に、
防衛線は今にも崩れようとしている。
背後では、昼間に
ルルノアを馬鹿にしていた
若手冒険者たちが。
恐怖で魔法の詠唱すら
満足にできず、腰を抜かしていた。
「嘘だろ……。
あんなの、勝てるわけねえ……。
俺、まだ死にたくねえよ……!」
戦場を支配していたのは、
圧倒的な暴力と、
心を蝕む「死への恐怖」だった。
その時、ゼノスが
ルルノアの肩を強く押し出した。
「……ルルノア。前を見ろ」
「お、おじさん……無理だよ、
私、あんなの……!
私にできるのは、書類の整理と……
バカにされることだけなんだよ!」
ルルノアの足はガタガタと震え、
声は涙でかすれている。
だが、ゼノスは
逃げ道を塞ぐように
彼女の耳元で囁いた。
「怖くて当たり前だ。
……だがな、ルルノア。
あそこにいる奴らを見ろ」
ゼノスは、死を覚悟して
唇を噛むカルティアや。
恐怖で魔法を暴発させている
若者たちを指さした。
「あいつらは今、
恐怖に飲み込まれて、
支援魔法を受け取るための
『隙間』すら閉じちまってる」
「……それをこじ開けて照らせるのは、
術式じゃねえ、
お前の魂の叫び(こえ)だけだ」
ゼノスは、残された
乏しい魔力を全て指先に集めた。
かつて数万の軍勢を操った
魔王の精密操作技術。
彼は透明なマナの糸を紡ぎ出し、
それをルルノアの背骨、関節、
そして喉の筋肉へと。
見えない補助具のように
接続していった。
「ひゃっ……!?
何、これ、体が勝手に……」
「自分を信じるな、ルルノア。
……俺を信しろ。
俺がお前の姿勢を、呼吸を、
その発声を……」
「この世界で誰よりも
『最強にかわいい』状態を
『レッスン』してやる」
ゼノスの糸が、
ルルノアの震える膝を
ピンと伸ばした。
彼女の顎を上げさせ、
肺を限界まで膨らませるように
肋骨を押し広げる。
「カルティアを見ろ。
彼女は、お前が歌ったら、
間違いなく希望にその身を
輝かせるだろう……」
「いや、あそこにいる全員が、
お前のファンになりたくて、
絶望のどん底で震えてるんだ」
「……あいつらを、
お前の歌で救い上げる。
それが最初のライブだ」
ゼノスの瞳に宿る、
狂気にも似た絶対的な信頼。
ルルノアは、
震える唇を噛み締めた。
あのおじさんの瞳を見てしまった。
自分の声を、あんなに熱い目で
見つけてくれた人を、
嘘つきにしたくない。
「……私、歌う」
ルルノアは一歩、
地獄の炎が照らす
広場の中央へと踏み出した。
瓦礫の山をステージにし、
返り血を浴びた兵士たちを
観客にして。
「よし。
……全セクション、
点火」
ゼノスが指先を弾くと、
ルルノアの体内で眠っていた魔力が。
ゼノスの糸に導かれて
循環し始めた。
「開演だ、ルルノア。
……その汚え絶望を、
最高の『夢』で塗り替えてやれ!!」
ルルノアは大きく息を吸い込んだ。
ゼノスの糸が彼女の声を増幅し、
街中の炎の爆ぜる音さえも
リズムに変えていく。
「...あの日」
ルルノアは顔を上げた。
ーー♪
あの日君が 見つけたのは
ガラクタに 混じった僕の火花
震える熱が 響いた瞬間に
僕をしばる 昨日が消えてった
ーー♪
第一声が響いた瞬間、
広場を包んでいた
冷たい「恐怖」が霧散した。
緻密な術式で編まれた
魔法ではない。
ただ、あまりにも真っ直ぐで、
一生懸命な彼女の声が。
戦場にいた全ての者の心臓を
物理的に叩いたのだ。
カルティアが、
驚愕と共に振り返る。
剣を握る腕の震えが、
ルルノアの歌声が届いた瞬間、
不思議なほどに止まっていく。
(ああ……ルルノア……。
貴女、は……)
カルティアの心に、熱い火が灯る。
それと同時に、
ルルノアの固有スキルが発動した。
カルティアを包む
魔力のオーラが黄金色に輝き、
全身に身体強化バフが駆け巡る。
ゼノスはにやりと笑う。
「(...やはりな。
「ファン」が「ライブ」に高揚する。
それがやつのスキルの正しい条件)」
「(...いや、しかし、これは...)」
「……いける。
……ルルノアが歌ってくれているなら、
私は……負けない!」
最前線の騎士が、
再び剣を握り直した。
魔法が当たり前にある世界で、
技術を超えた
「歌」という名の熱狂が。
最強の反撃を開始した。




