第35章:国王への進言、首都総員「親衛隊」化計画
王城の中央、威厳に満ちた玉座の間。
天井まで届く重厚な扉が開かれ、
石床を叩く靴音が響く。
遠征軍の出発を数日後に控え、
城内は重苦しい緊張感と、
焦燥に近い熱に包まれていた。
各地から届く「境界の巨獣」の侵食報告は日を追うごとに
凄惨さを増し、膨れ上がる軍費への懸念と、
国民の間に広がる死への不安が、
淀んだ空気となって玉座を包んでいる。
「……そもそも、今回の防衛線はあまりに広域に過ぎる。
兵力の分散は避けられず、各個撃破されるのが関の山だ」
「左様。予算をどこに重点配分するか、
それを決めねば……」
居並ぶ文官たちは、
その責任の押し付け合いと目先の数字の
計算に終始していた。
その停滞した空気を切り裂くように、一人の男が歩み出る。
「――陛下。巨獣討伐遠征の前に、
首都中央広場で『出陣式』を執り行いたい」
軍装の襟を緩め、
傲慢なほどに胸を張って着こなしたゼノスだった。
「出陣式だと? ゼノスよ、
既にスケジュールは決定している。
民を扇動してこれ以上の混乱を招くつもりか。
今は一秒でも早く兵を境界へ送るべき時だぞ」
肥満気味の家臣が、
不快感を隠さずに声を荒らげる。
だが、ゼノスは薄笑いを浮かべ、
挑発的に一歩前へ出た。
「ただの式典じゃねえ。
……ルルノアのワンマンライブだ」
玉座の間が、静まり返った。
直後、それは爆発的な嘲笑と怒号へと変わる。
「ふざけるな!
国難の最中に、歌などと!」
「戦を祭りか何かと勘違いしているのか!」
「ぷろでゅーさーとやらごときが、王国を腐らせるつもりか!」
罵声を浴びながらも、
ゼノスの表情は微動だにしない。
彼は懐から魔導投影機を取り出すと、
そのスイッチを乱暴に叩いた。
「遊びじゃねえ。
……これは『事前バフ』だ」
ゼノスの鋭い声が、広間の怒号を圧倒した。
空間に浮かび上がったのは、関門の戦いにおける緻密な解析データだ。ルルノアの声の波形と、
それを受けた兵士たちの魔力出力の変化が
グラフとなって示される。
「……データは嘘をつかねえ。
ルルノアの歌の出力は、
聴き手の『信仰心』、
……つまりアイドルとしての
彼女に対する熱狂度に正比例する。
関門での戦いで証明された通りだ。
兵士たちが彼女を単なる『歌う女の子』だと思っているうちは、
バフの恩恵は限定的だ。
だが、彼女を『命を懸けて守るべき唯一の希望』だと
認識した瞬間、その魔力は臨界を突破する」
ゼノスは玉座に座る国王を真っ直ぐに見据えた。
「陛下。遠征に出る前に首都の全兵士を
彼女の『親衛隊』に変えろ。
彼女の声を一秒でも長く聴いていたい、
彼女に悲しい顔をさせたくないという、
本能に根ざした執念を刻み込むんだ。
死への恐怖を、ファンとしての熱狂で上書きしろ。
そうすれば、戦場でのバフの効果は――
現時点の試算で三倍、最高で十倍以上に跳ね上がる。
……これは効率の問題だ。勝つために、全兵士を狂わせろ」
ゼノスの提案は狂気じみていたが、
提示された数字は冷酷なまでに事実を物語っていた。
国王は、ゼノスの瞳の奥にある「魔王」の冷徹な計算……
その裏に隠された、ルルノアを最強に仕立て上げようとする異様なまでの執着を見透かしたように、
深く溜息をついた。
「……『親衛隊』か。騎士の誇りを、
熱狂に捧げよと言うのだな。
よかろう。ゼノス、全てをお前に一任する。
王国中の兵に、その『熱狂』とやらを見せてみよ。
だがわかっておるな。もし失敗すれば、士気は下がり、此度の戦の敗北は免れない。
貴殿の首をもって国民への詫びとするが、構わぬな?」
「クク……。御意。最高のアンコールを聞かせてやりますよ」
不敵な笑みを残し、ゼノスは翻って広間を後にした。
そのまま向かったのは、クローディアの研究所だ。
「……正気? 首都全域を魔導拡声器で包囲して、
数万人の視覚と聴覚を同時にジャックするなんて。
私の演算回路を焼き切るつもりかしら」
クローディアは不機嫌そうに眼鏡を指で押し上げ、
ゼノスが突きつけた
「ライブ構成案兼、魔力回路設計図」を睨みつけた。
「不可能か? 十三英団のQクイーン、『至宝』様ともあろうお方が」
「不可能ではないけれど、『非効率』極まりないわ。
軍事ではなく、一人の少女の歌のために、
王都の予備魔力貯蔵庫の三割を解放することになる。
……でも、面白いわね。
音響工学を質量兵器に転用するようなこの発想、
私一人の頭では決して出てこなかった」
クローディアの口角が、わずかに吊り上がる。
彼女もまた、ゼノスの毒気に当てられた「狂人」の一人だった。
「クク……期待してるぜ。機材の手配は任せた。
……さて、アステリア、カルティア。お前らには重要な任務がある」
研究所の隅で控えていた二人を、
ゼノスが鋭い目で見据える。
「任務……ですか? 警備の配置転換でしょうか」
生真面目なアステリアの問いに、ゼノスは首を振った。
「いいや。……観客(兵士)の
最前列で『お手本』を見せてやれ。
具体的には、『コール』のタイミングと、
この発光式魔導棒の振り方だ」
ゼノスが放り投げたのは、
七色に輝く奇妙な棒だった。
カルティアがそれを器用に受け取り、不思議そうに眺める。
「……これを振ることで、戦技が向上するのですか?」
「精神が向上するんだよ。
いいか、最強の騎士であるお前たちが、
人目も憚らず全力でルルノアを応援し、
絶叫するんだ。その姿を見た末端の兵士どもはどう思う?
『あの冷徹なアステリア様や、
高潔なカルティア様がここまで狂うのか。
なら、俺たちもやっていいんだ!』という、
同調圧力を利用した爆発的な解放感を生む。
……恥じらいは捨てろ。これは王国を救うための『儀式』だ」
「な……っ!? 衆道の前でそのような、
破廉恥な真似を……!」
アステリアの顔が羞恥で林檎のように赤くなる。
「断れば、ルルノアのバフが弱まって兵が死ぬ。それだけだ」
「……卑怯ですよ、ゼノス様」
カルティアが苦笑いしながら、
ペンライトを強く握りしめた。
彼女の瞳には、
既に「やるからには完璧にこなす」という、職人じみた決意が宿っていた。
騎士の誇りと、アイドルの熱狂。
一見して相容れない二つの要素が、
ゼノスの指揮棒によって一つの
巨大な戦略へと編み上げられていく。
「……さあ、リハーサルは終わりだ。
……王国を丸ごと一つの巨大なアリーナに変えてやる。
ゼオ、お前の効率的な計算じゃあ、
この『熱狂』は一生予測できねえぜ」
夜の王都に、巨大なステージの設営音が響き始めた。
それは、滅びゆく国が放つ、
最後の、そして最大の反撃の音だった。




