第34章:秘密のソプラノ
王都の魔導演習場。
そこは通常、鋼と魔法が
ぶつかり合う凄絶な訓練の場だが、
今の光景は異様だった。
宙を舞う『神速』のアイルと、
その傍らで声を張り上げるルルノア。
そして後方で冷徹に腕を組むゼノス。
先程の『バフの連鎖』の成功で、
演習場の空気は熱を帯びていたが、
ゼノスの一言がその熱を氷点下まで引き下げた。
「――全然ダメだ。アイル、お前の剣は速いが、
ルルノアの輝きを殺してやがる」
ゼノスの声は、静かだが演習場全体に響き渡った。
アイルは空中で身を翻し、
着地と同時に不満げに口を尖らせた。
「ええっ!?
僕、これでも結構頑張って合わせてるつもりなんだけどな。
ルルノアの歌に合わせてリズムを刻むの、
結構大変なんだよ?」
アイルは愛剣『月虹』を鞘に収め、
ゼノスに歩み寄る。
隣でルルノアが
「そんなことないですよ、アイルくんの剣は速くて
格好良くて……!」とフォローを入れるが、
ゼノスはタバコの煙をゆっくりと吐き出しながら、
アイルの鼻先を指差した。
「格好良さなんざ求めてねえ。
俺が求めてるのは『倍音』だ。
アイル、お前、
『歌える』んじゃねえか?
……無理して喉を潰して低い声出してんじゃねえぞ」
「……っ!」
アイルの肩が一瞬、目に見えて跳ねた。
その瑞々しい瞳に動揺が走る。
アイルは王国最強の『A』だ。
少年騎士として、ナメられないための「武装」は
完璧だったはずだ。
低い発声、荒っぽい口調、そして騎士としての誇り。
それらが「何らかの秘密」を覆い隠す仮面となっていた。
「……図星か。
アステリアやカルティアの目までは
誤魔化せても、
魔力の周波数を読んでる俺の目は節穴じゃねえんだよ。
そのスピードでルルノアの純粋魔力に同調し続けるのは不可能だ。お前は、もっと『高く』響かなきゃならねえ」
ゼノスは不敵に笑うと、
背後で機材を調整していた
クローディアに向かって合図を送った。
「クローディア、例の『特注品』を出せ」
「……ええ。貴方様の要望通り、
装着者の魔力と声を強制的に同期させ、
最も共鳴しやすい音域へと誘導する装置よ。
効率至上主義の私としては、
個人の秘密を暴くような真似は趣味が悪いけれど」
クローディアが差し出したのは、
銀色のインカム型魔導器
『シンクロ・リミッター』。
ゼノスはそれを奪い取ると、
アイルの耳に強引に装着させた。
「な、何するんだよおじさん! 僕はそんなのなくても――」
「いいから歌ってみろ。
お前の騎士としてのプライドが喉を締め付けてるなら、
機械で無理やり抉じ開けてやる。
ルルノア、サビだ! カルティア、中音域で支えろ!
いくぞ!!」
ゼノスが指を鳴らした。
クローディアが術式を起動させると、
インカムが青白く発光し、
アイルの喉に微弱な魔力刺激が走る。
「――ぅ、……ぁ……っ、ぁあああ……!!」
アイルの喉から、
本人の意志を無視して、
否、『本人の意志を表現して』、
それまでのハスキーな少年声とは
似ても似つかない音が
零れた。
それは、鈴を転がすような、
あまりに透明で、
天にまで届きそうな美しいソプラノだった。
その瞬間、ルルノアのハイトーンとアイルの
超高音が完璧に重なり合い、
演習場全体が黄金の輝きに包まれた。
二人の声が干渉し、増幅し、
空間そのものを震わせる。
それは戦場を一瞬で浄化してしまいそうな、
聖なる光の爆発。
「なっ……!?」
最前列で見守っていたアステリアが絶句する。
カルティアも、その美しい和音に目を見開いている。
当のアイルは、
自分の出した「本当の声」に顔を真っ赤に染め、
両手で喉を押さえてその場に座り込んだ。
「……あ、今の……なし!
今のは機械の故障だって!!」
「クク……機械は嘘をつかねえよ。
……聴いたか、ルルノア。
これがお前の新しい相棒の『本当の音』だ」
ゼノスは満足げに頷いた。
性別を暴くことが目的ではない。
この「共鳴」こそが、
境界の巨獣という絶望を塗り潰すための、
計算外の「ノイズ」になるのだ。
「おじさん、すごいです……!
アイル君の声、まるで天使みたい!」
「天使なんて言うなー!
僕は、僕は格好いいエースなんだからさぁっ!!」
恥ずかしさでジタバタするアイルを横目に、
ゼノスは静かに、しかし確信に満ちた笑みを浮かべていた。




