第32章:王都招集、黄金の檻と若きエース
鉄錆の関門での死闘から数日。
ルルノアたちを乗せた馬車は、
王国の心臓部――聖都グラン・バロールへと到着していた。
「わぁ……すごい。おじさん、
見て! 建物が全部、お菓子みたいにキラキラしてる!」
馬車の窓から身を乗り出し、
ルルノアが目を輝かせる。
白亜の壁、幾重にも重なる尖塔、
そして街中を流れる清らかな水路。
関門の鉄と錆の匂いとは無縁の、
あまりに清浄で、
あまりに強固な「平和」がそこにはあった。
「……かつてはここが戦地だったこともあった。
少なくとも数百年前は。でもいまはそれも
この石畳の下の昔話ってことか。」
ゼノスは複雑そうに顔をしかめ、
古びた帽子を深く被り直した。
元魔王の彼にとって、
この神聖な魔力に満ちた王都は、
少しだけ居心地が悪い。
「……おじさん?だいじょうぶ?」
「ルルノア。きっとゼノス殿はあの無限に終わらないサイン会で貴方を泣かせたことを反省しているのです……。そうですよね?ゼノス殿?」
カルティアはきっと目を開いてゼノスを睨みつける。
「サインしながらみんなが『アンコール』してくれて自分にバフをかけなかったら終わらなかったよ……。」
「黄金色のサイン会……なかなかに圧巻でしたね。」
「みなさん、着きましたよ。」
一行がアステリアに案内されたのは、
王城の最深部――「円卓の間」。
そこには、
王国最強の騎士団『十三英団』、
そのメンバーの一部が居並び、
玉座にはこの国の主が鎮座していた。
『十三英団』。
この国であらゆる分野での『最強』の十三人。
それぞれが異名を持つ。
先知。
宰相。
軍旗。
深淵。
異端。
不動。
無双。
至宝。
古強。
英雄。
千刃
神速。
そして王に至る力。
到達者。
軍を持つ者もいるが、個で動くものもいる。
彼らがそれぞれ王国の『最強の剣』であるために、
各々の役割を果たしているのだ。
トランプになぞらえた十三の騎士は、A、J、Q、Kが中でも突出していると言われている。
「……面を上げよ。
貴公らが、最果ての関門を守り抜いた
『救世の歌姫』と、その興行主か」
王の言葉には、重厚な威厳と、
同時に測り知れない重圧が混じっていた。
彼こそが最強。十三英団の『キング』を経て、
実力で王に至った者である。
ルルノアは借りてきた猫のようにガチガチに震え、
カルティアやアステリアも騎士の礼を捧げたまま動かない。
その静寂を破ったのは、
玉座のすぐ傍らに、
行儀悪く手すりに腰掛けていた小柄な人影だった。
「ねえねえ、おじさん。
君が、あのかた〜いアステリアさんですら
『ファン』にしたっていうプロデューサー?」
綺麗に切り揃えた髪を乱暴に掻き上げ、
不敵な笑みを浮かべる少年。
一見すれば子供のようだが、
全身から溢れ出す「暴力的なまでの魔力」が、
ただ者ではないことを物語っている。
「アイル。王の御前ですよ。」
アステリアが嗜めるが、
――『A』のアイルは、
どこ吹く風でゼノスの前まで跳んで降りた。
「いいじゃん別に。
陛下も『面白いやつを連れてこい』って言ったんだし。
……それより、こっちの女の子。君がルルノア?」
「は、はい……っ。ルルノアです!」
「へぇ……。
僕の『剣の拍動』についてこれるかな?
期待外れだったら、
僕が君の代わりにステージを斬り裂いちゃうかもよ?」
アイルが指先でルルノアの鼻先をピンとはじく。
挑発的。
だが、その瞳の奥には、
退屈な日常を壊してくれる
「何か」への純粋な渇望があった。
「……エース。少し下がっていなさい。」
王の低い声が響く。
アイルは「ちぇー」と口を尖らせて下がったが、
その視線はルルノアから離れない。
「……案ずることはない。歌姫よ。
そなたの歌が、我が国の関門の『盾』を救った事実は、
わしの耳にも届いておる。
まずは感謝を伝えたいのだ。
ありがとう。」
王はその身に纏った重圧とは裏腹に、
その頭を下げた。
これが、この国の王として、騎士からも
民からも愛される象徴たる所以なのだろう。
「……ただ、少しばかり興味があってな。
そなたをそこまで『化けさせた』興行主に」
王の視線が、ゼノスに向けられる。
黄金の瞳が、
ゼノスの正体を暴くかのように深く、
鋭く刺さる。
「(……クク。さすがは王国のトップだ。
……俺の正体にも気づいてやがるか?)」
「ゼノスよ。
知っての通り、現在、我が国は『境界の巨獣』の浸食に手を焼いている。
十三英団を投じ、防衛、押し返すことは叶うが、
失われた土地の浄化、奪還までは手が回らぬ。
つまり領土を取り戻せなんだ…そこでだ」
王はゼノスの肩に親しげに手を置いた。
その手は温かいが、鉄のような確固たる意思が宿っている。
「お前たちが関門で見せたあの奇跡……。
あれを、この王国の全土で見せてはくれぬか?
お前たちの力が、この国には必要なのだ。
……なあに、これは命令ではなく、一人のファン(観客)としての、切なる『リクエスト』だと思ってくれ」
王は茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。
「場所は私が用意しよう。観客は、我が国が誇る精鋭たちだ。……どうだ、ゼノス。次の『らいぶ』とやらを、境界の最前線で開催してみる気はないか?」
「……さすらば、防衛に専している我々も、魔界への攻勢、人間界の土地の奪還に転じることを考えられよう。
その時のために、お主たちの力の有用性を王国全土に
示す必要があるであろう?」
ゼノスは、王の食えない申し出に、
思わず口角を上げた。
「(……ハッ、上手いこと言いやがる。
こちらの目的もお見通しか……いいぜ)」
「承知しました、陛下。
ただし……うちのルルノアのステージ、
チケット代は高くつきますよ」
「ははは! 期待していよう。
……アイル、ルルノアを助けてはくれんか。
彼女の歌を、特等席で見守る権利をあげよう」
「やった! 決まりだね、
ルルノア! 僕も君と一緒に、
最高のステージを作ってあげるよ!」
アイルがルルノアの背中をバシッと叩く。
かくして、王国最大の軍事作戦
――巨獣討伐という名の「最前線ツアー」が、
動き出すことになった。




