第31章:暁のMC
昇ったばかりの朝日が、
鉄錆の関門を黄金色に染め上げていた。
瓦礫の山となったステージの跡地で、
ルルノアはゼノスの手によってゆっくりと、
しかし確かな足取りで土嚢の上に立った。
最後に発動した、自身をも含むバフにより、
ルルノアの肉体は回復している。
だが衣装はボロボロ。
戦いが、『ライブ』の完結が、
いかに激しく、ギリギリであったかを物語っている。
ただその瞳には、
死線を越えたアイドルだけが持つ
「星の輝き」があった。
2000人の兵士たちが、
固唾を呑んで彼女を見上げる。
「……えっと……皆さん」
ルルノアが、震える手でマイクを握る。
スピーカー代わりの魔導具は半壊し、
時折ノイズが混ざる。
けれど、その不完全な響きが、
かえって彼らの心に真っ直ぐ届いた。
「私……ずっと『お荷物』だって言われてきました。
逃げてばかりで、自分に何ができるのか分からなくて……」
ルルノアは、最前線にいるロキ、
少し離れたところで手当を受けているマーサを見つめた。
「でも、今日分かりました。
……皆さんが私の歌を待っててくれるなら、
私は何度でもステージに立ちます。
……私をアイドルにしてくれて、
本当に……本当にありがとうございます!」
ルルノアが深く、深く頭を下げた。
沈黙。
そして――地響きのような歓声が、関門を揺らした。
それは軍隊の勝鬨ではなく、
一人の少女に心を撃ち抜かれた者たちの、
剥き出しの賛辞だった。
「……いい顔になったじゃねえか、ルルノア」
ゼノスは、折れた煙草を指で弄びながら、
背後の影で微笑んだ。
今回の収益は、計り知れない。
金貨の山ではなく、
2000人の「熱狂的な信者」という、
何よりも重い資産だ。
「……まさか、ここまで来れるとはな。」
「……さて、ルルノア。悪いがあまり休んでるヒマはない。次は『サイン会』だ。」
「さ、さいんって……?まさか、2000人分……?」
一方、その光景を遠く、
魔界の深淵から「冷徹な眼」が見つめていた。
魔王城、最深部。
幾何学的な魔力回廊に囲まれた玉座で、
魔王ゼオは、空中投影された
「関門のライブ」の残滓を眺めていた。
「……理解不能だな」
ゼオの声は、極寒の氷のように冷たかった。
彼は指先で複雑な演算を展開し、
ルルノアの歌唱による「効率」の変動を弾き出している。
「一人の少女の喉の振動が、
数千の兵士の生存率を300%以上引き上げる。
……計算式が成立しない。
これは『バグ』だ。
ゼノスめ……ゴミ拾いのついでに、
随分と面白いノイズを見つけてきたものだ」
ゼオの瞳には、怒りも驚きもない。
ただ、計画を狂わせる「エラー」を
修正しなければならないという、
強迫的なまでの使命感だけがあった。
その傍らで、うなだれるように膝をついている少女がいた。
ソリラリスだ。
「……ソリラリス。ギルバートを失い、
関門を落とせなかった。貴様も……なにか『ダメージ』を
負っているように見える。」
「そしえおそらく、それは『合理的』ではない感情なのでははないか?」
「…………」
ソリラリスは答えない。
彼女の脳裏には、
ルルノアの笑顔と、
あの温かな黄金の光が焼き付いて離れない。
彼女の「虚無」の檻に、
小さな、しかし消えないヒビが入っていた。
そして。
鉄錆の関門から王都へと続く街道を、
数騎の馬が駆けていた。
その先頭を行くのは、
王国最強の称号を持つ『十三英団』。
その中でも、ひときわ小柄な人影があった。
ショートカットの髪を風になびかせ、
一見すると利発そうなその少年、
――十三英団の『絵札』の一人『A』のアイルは、
手にした報告書を乱雑に畳んだ。
「……『アイドルの歌で、魔王軍を完封した』? ……ふーん、面白そうじゃん。僕の退屈を紛らわせてくれるのかな、そのルルノアって女の子」
アイルが不敵に笑う。
彼女の腰に差された細身の剣が、
まるで持ち主の興奮に呼応するように、
微かな共鳴音を上げた。
「……行こうか。王都が、僕らを待ってる」




