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第3話:夜空の独り言、最初のファン



その日の夜。


辺境の街『スターライト』の

喧騒から外れた、

ギルドの裏手にあるゴミ捨て場。


使い古された木箱が山積みにされ、

錆びついた武器が転がるその場所は、

雲間から漏れる月明かりだけが

唯一の飾りだった。


「……はぁ。やっぱり、

私ってダメなのかな」


ルルノアは一人、

湿った木箱の上に座り込み、

小さな膝を抱えていた。


昼間の失敗が、

泥のように頭に

こびりついて離れない。


頑張れば頑張るほど空回りして、

周囲に迷惑をかけてばかり。


ギルドのみんなの優しさは、

「期待していないからこその憐れみ」

であることに、彼女は気づいていた。

それが、たまらなく悲しかった。


「あのおじさん、

なんだったんだろう……」


『これおい、ルルノアと言ったな。

……おまえ、世界を

ひっくり返してみる気はないか?』


『せ、せかい!?

い、いえ!めっそうもない!

私なんて目玉焼きも

ひっくり返せないので!』


自分でもよくわからない返事で

その場を逃げ出してしまった。

思い返しても

自分のダメさに嫌気がさしてしまう。


彼女は懐から、

汚れた一枚の紙を取り出した。

亡き母が残した、

古い楽譜の断片だ。


「……でも、

お母さんは言ってたもん。

『ルルノアの歌には、

魔法があるんだよ』って……」


それは、効率を競う魔導士たちが

使う「術式」ではない。

世界で一番優しい、

自分を勇気づけるためだけの呪文。


ルルノアは、震える唇をそっと開き、

夜風に溶け込ませるように

歌い出した。


---♪


綺麗な 円なんて 書けなくて


欠け落ちたままの 三日月を


自分とおんなじって 笑ってた





影の中に潜んでいたゼノスは、

その第一声で、

全身を雷に打たれたような

衝撃に貫かれた。


(……なんだ。……システム上の

バフ反応マナが、

微塵も感じられねえ)


ゼノスは冷静に状況を分析した。


彼女の固有スキルは、

彼女の歌のファンになった者にしか

本来の効果を及ぼさない。


今の自分は、

まだ彼女を観察しているだけの

他人に過ぎない。


だから、魔法としての

支援効果バフ

一切「発動」していないはずなのだ。

(小数点以下のステータスのゆらぎはあるとはいえ)


にもかかわらず、

ルルノアの歌声が響いた瞬間。


ゴミ捨て場の不快な臭いや

刺すような冷気が、

ゼノスの意識から完全に消え去った。


彼女が発する「音」は、

かつてのゼノスが紡ぎ出した

どんな精緻な術式よりも深く。


鋭く、彼の荒んだ魂の最深部を

直接叩いていた。

(魔法じゃねえ……。

ただの『声』が、

空気を震わせて、

俺の心臓を直接揺らしてやがるのか……!?)


魔法という

便利な変換効率に頼らずとも、

ただの物理現象としての「歌」が、

これほどまでに人を救い上げる。


それは、ゼオたちが

「無駄」だと切り捨てたものの

究極の形だった。


ーー♪

「正解」が並んだ 星空に


僕の場所なんて どこにもなくて


上手く歩けず よるつまずいて


あしたのフリして 逃げていた





――ああ。これだ。これなんだ。


ゼノスは暗闇の中で、独り震えた。


ファンでもない自分を

これほどまでに揺さぶる力が、

この歌声にはある。


ならば。


もし彼女を正しく演出し、

世界中の人間を

「彼女のファン」に変えることができたら?


その瞬間に発動する

広域バフの出力は、

一体どれほどの規模になる?


(……それはもはや、

個人の支援スキルじゃねえ。

……世界そのものを書き換える、

最強の魔導兵器だ)


かつての魔王は、

自分がなぜ頂点に立ちながら

虚しさを感じていたのかを、

今この瞬間、理解した。


数値や効率では測れない

「感動」という名の物理エネルギー。


それこそが、彼が本当に

追い求めたかった魔法の真髄だった。


「……いい歌だ。……ルルノア」


不意に暗闇から響いた低い声に、

ルルノアは「ひえっ!」と

肩を跳ねさせた。


「お、おじさん!?

なんでこんなところに!?

怖いですよ!」


「……おじさんではない。

ゼノスだ、と教えたはずだ」


ゼノスはゆっくりと、

影から這い出すように歩み寄った。


足腰は相変わらず重く、

膝は不快な音を立てている。


だが、その瞳に宿る光は、

かつての魔王としての威厳さえも

飲み込むような、

狂気的なまでの情熱を取り戻していた。


「……ルルノア、今の歌。

もう一度、俺の前で歌え。

今度は独り言じゃなく、俺に届けろ」


「む、無理ですよ!

こんなの、ただの

恥ずかしい独り言で……!」


「独り言なもんか。

それは『希望』だ」


ゼノスは一歩詰め寄り、

ルルノアを見据えた。


「お前は気づいていない。

……お前の歌には、

スキルとしての機能が働く前から、

この俺の……

冷え切った魂を救い上げる

『響き』があった」


ゼノスは、

信頼に裏切られた憎しみや、

無力感で濁りきっていた心が。


彼女の物理的な声に触れた瞬間、

嘘のように

澄み渡っていくのを感じていた。


彼は今、

冷徹なプロデューサーである前に、

この世で最も熱狂的な、

彼女の「最初のファン」になっていた。


「ルルノア。お前、『アイドル』になれ」


「あい……どる?」


「そうだ。

お前が歌うだけで、

世界中が恋に落ちる」


「その時、お前の持ってる

あの出来損ないのスキルは、

神の奇跡すら超える

最強の魔法へ進化する」


ゼノスは、戸惑うルルノアの目を

真っ直ぐに見つめた。


「お荷物だと笑った奴らを見返してやれ。

……この俺が、お前の

プロデューサーとして……」


「いや、お前の人生の

最初の目撃者として、

お前を最高に輝かせてやる」


「魔法という概念そのものを、

歌でぶち壊してやろうじゃねえか」


ルルノアは呆然とした。


これまで「役に立たない」

「効率が悪い」と言われ続け、

誰からも必要とされていなかった自分。


そんな自分を、こんなにも強く、

真っ直ぐに、魂から求めてくれる人がいる。


その言葉が、彼女の胸の奥で、

小さな、けれど決して消えることのない

「火」を灯した。


「……私。……なれるのかな。

……おじさんと一緒なら」


「おじさんと言うな。

……まあ、いい。

……お前を、世界で

一番の幸せ者にしてやる」


「それが俺の復讐だ」


夜空の下、ボロボロのゴミ捨て場で。

魔力を失った魔王と、

魔法を信じきれなかった少女の、

運命の契約が結ばれた。


これが、後に世界を

熱狂の渦に巻き込む『月光の歌姫』。

その誕生の瞬間であった。


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