第26章:剥製の悪夢、絶望の音切れ
中央ステージ。
という名の。
『鉄錆の関門』。その中央砦。正門の屋上から。
ルルノアが鮮血を吐き出し、歌が、止まった。
『ライブ』が。
止まった。
その瞬間、関門全体を包み込んでいた
「共鳴の方程式」の温かい光が、
急速に色褪せていく。
バフが切れかかった兵士たちの耳には、
再びギルバートの嗤い声と、
ソリラリスの虚無の歌が響き始めた。
「ルルノア!!」
ゼノスが叫び、ステージへ駆け寄る。
だが、その一歩が遅かった。
ズウゥゥン……!
ギルバートの周囲に散らばっていた剥製兵たちが、
泥のように溶け合い、蠢き始めた。
無数の手足が絡み合い、
骨が軋む音を立てて、巨大な肉塊へと変貌していく。
それは、複数のベヒーモス幼体の死骸をも取り込んだ、
異形の巨躯だった。
「ククク……。お前の『魂の歌』も、
物理的な質量には勝てまい」
ギルバートが融合体の心臓部に乗り込み、
その禍々しい魔力を増幅させる。
『剥製合体:絶望のコレクター』。
それは、ギルバートが「効率」を追求する
ゼオのために生み出した、究極の兵器だった。
「……ゼノス殿、その場を動くな!」
背後から、カルティアの叫びが届く。
右翼を固め終えたカルティアが
中央へ急行しようとするが、
ギルバートの合体体から伸びた触手のような腕が、
通路を完全に塞いでいた。
「……チッ! 遠隔バフの要を
直接叩きにきやがったか!」
ゼノスはルルノアの元へ駆け寄ると、
彼女の体を抱きかかえ、ステージの奥へと転がった。
直後。ギルバートの剛腕が、
ルルノアが立っていた正門の屋上ステージを粉々に砕く。
「カハッ……ッ、ゼノス、おじさん……」
「馬鹿野郎! もう歌うな! 喉が、お前の命がもたねえ!」
ルルノアの喉は、血で潰れていた。
ギルバートの攻撃の余波、
そしてソリラリスの絶望の伝播が、
彼女の体にかかる負担を常時増幅させていたのだ。
無理な連続歌唱と、
想定以上のバフ出力。
彼女の「声」という生命線が、
今にも断たれようとしていた。
バフが途切れた戦線は、瞬く間に崩壊し始める。
左翼では、
バルカスがベヒーモス撃破後、
満身創痍で残りの軍勢を食い止めていたが、
歌声という「熱」を失った体は、
限界を迎えようとしていた。
右翼のアステリアも、
ソリラリスの絶望の歌に再び心を蝕まれ、動きが鈍くなる。
「ルルノア! 何とか歌を……! 歌を続けてくれ!」
ロキの絶叫が届く。
彼の周囲では、
剥製兵たちが容赦なく仲間を切り裂いていく。
マーサが守る炊き出しの場所にも、
変わり果てたギルバード公の咆哮が迫っていた。
「くっ……! まだだ……! まだ終わらせない!」
ゼノスは、ルルノアをかばいながら、
懐から細長い「音響増幅装置」を取り出した。
それは、ゼノスの魔王時代に開発された、
強力な魔力を直接音波に変換する、
ルルノアの歌とは真逆にはなるが、魔力の補助により『歌が攻撃になる装置」だ。
彼は装置のダイヤルを最大まで回すと、
ルルノアの喉元に押し当てた。
彼女の絞り出すような、
掠れた歌声が、装置の魔力回路を流れ、
一瞬だけ増幅される。
「奥の手、虎の子だが……これで、なんとか時間稼ぎはできる。
だが、これはただの『ノイズ』だ。
お前の歌には、到底及ばねえ……!」
ゼノスの魔力が、音響増幅装置に吸い込まれていく。
その魔力と引き換えに、
ギルバートから放たれる衝撃波を、
送致の「ノイズ」が辛うじて相殺した。
だが、あくまでそれは一時的なしのぎ。
ゼノスの顔色は見る間に青ざめていく。
「くそっ……! このままでは、
ルルノアの喉が完全に潰れる! そして俺も……!」
絶望は、中央ステージにまで迫っていた。
ギルバートの禍々しい体が、
ルルノアたちに巨大な影を落とす。
戦場に響くのは、もはや歌ではない。
兵士たちの悲鳴と、
死霊たちの嘲笑、
そしてゼノスの苦痛に歪む声だけだった。
ギルバートの。
巨大な右腕は。
容赦なくルルノアとゼノスを。




