第25章:聖騎士の円舞、三日月の方程式
右翼拠点が、凍てつくような「静寂」に包まれる。
ソリラリスが放つ虚無の歌は、
アステリアの覚醒したばかりの情熱を、
冷酷な氷の中に閉じ込めようとしていた。
「……あたたかいものは、いらない。
……みんな、静かに……眠ればいい」
ソリラリスの指先から放たれる絶対零度の魔力が、
アステリアの鎧を白く染めていく。
絶体絶命。誰もが右翼の崩壊を覚悟した、
その瞬間だった。
「――その冷気。私の愛した歌の熱を冷ますには、少々足りないのではないか?」
関門の中央。
ルルノアを背に守っていたはずの銀の閃光が、
最短距離で戦場を横断した。
『銀の盾』カルティア。
彼女は、右翼の危機を察知した瞬間に、
迷わずその最前線へと跳んでいた。
「カルティア……様……」
凍え、意識を失いかけていたアステリアの前に、
銀色の背中が立ち塞がる。
「アステリア、よく耐えた。あとは、私に任せなさい」
カルティアが銀の盾を地面に叩きつけると、
ルルノアの歌声が、
さらに一段高いオクターブへと跳ね上がった。
ゼノスの指示が中央ステージから、魔石を伝わりカルティアに響く。
もはやプロデューサーの範囲を越えてディレクターである。
「ルルノア! セットリスト、
変更だ! 『三日月の方程式』
……二番からいけ!!」
ゼノスの咆哮。
ルルノアの歌が、激しいビートから、
切なくも力強いバラードへと変貌する。
欠けた月が、それでも夜を照らすように。
不完全な私たちが、明日を掴み取るために。
「……この曲の二番は、カルティアさん。二人でいたときに完成したんだよ」
ルルノアの想いが、
歌声に乗ってカルティアに「同期」する。
カルティアの銀色の髪が、
まるで月の光を纏ったように輝き始め、
周囲の凍りついた空気を一瞬で蒸発させた。
「ソリラリス。貴女の歌は美しい。
だが、私たちの歌には……『明日』がある」
カルティアが踏み出した。
それは、重装備の騎士とは思えないほどの、
流麗で、かつ重厚な踏み込み。
ソリラリスが発動した魔術の氷の礫を、
カルティアは盾で防ぐことすらせず、
すべて剣の一振りで粉砕していく。
「……なんで。……さむくないの?
……虚しく、ないの?」
ソリラリスの声に、
初めて揺らぎが混ざる。
「虚しいはずがない。
……私には、この歌を、
この光を世界に届けるという『使命』がある!」
カルティアの剣が、
ルルノアの歌うメロディに合わせて、
空中に黄金の「三日月」の軌跡を描く。
『三日月の方程式
・満ち欠ける銀翼』。
一撃。
ベヒーモスの幼体の足を断ち、
その巨体を大地に跪かせる。
二撃。
周囲に群がっていた剥製兵たちを、
衝撃波だけで一掃する。
そして三撃。
ソリラリスが展開していた
「絶望の防壁」を、
カルティアの剣が紙細工のように切り裂いた。
「きゃああああっ!?」
ソリラリスが空中揺籃から叩き落とされ、
藍色の霧の奥へと後退する。
聖騎士の圧倒的な出力の前に、
魔王軍の「効率」が、真っ向から否定された瞬間だった。
カルティアは、倒れ込んだアステリアの手を優しく取った。
「立て、アステリア。『ファン』を辞めるには、
まだ早すぎるぞ」
「安心しろ、私は『同担歓迎』だ。」
「……?」
「……はい、カルティア様!」
カルティアはゼノスから教えてもらった異世界独自の文化における言葉を布教する。
二人の騎士が並び立ち、
右翼の兵士たちは再び、狂乱に近い歓声を上げた。
だが、その歓声の最中、
ゼノスは関門の遥か彼方を見つめていた。
「……チッ。ソリラリスを下げさせて、
本命を引き摺り出したか。……いや、違うな」
ゼノスの視線の先。
霧の中から、
拍手をしながらゆっくりと歩いてくる影があった。
ギルバートだ。
だが、その表情には先ほどまでの余裕はない。
代わりに、剥き出しの「殺意」と、
ドス黒い魔力が渦巻いていた。
「……素晴らしい。
これが『ライブ』というやつか。
いいだろう。
私の『本気』を……見せてやろう!」
ギルバートが杖を自身の心臓に突き立てる。
すると、周辺のすべての「剥製」たちが溶け合い、
一つの巨大な、おぞましい肉の塊へと集束し始めた。
そして。
中央ステージで歌い続けるルルノアの喉に、
かつてない違和感が走り、激しく咳き込んだ。
「カハッ……っ、ゲホッ……!!」
白い衣装に、鮮血が飛び散る。
歌が、止まる。
「ルルノア!!」
ゼノスの叫び。
戦場に、再び絶望の帳が降りようとしていた。




