第20章:シブヤコーカイドーの熱狂
関門の最前線。
暗黒の霧が城壁を舐め、
死霊たちの腐敗臭が兵士たちの鼻腔を突く。
『剥製公』ギルバートの杖が
振り下ろされようとしたその時、
絶望に支配されかけた戦場に、
場違いなほど乾いた笑みを浮かべるものが一人。
「クク……。ハハハハハ!」
ゼノスだった。
彼は恐怖に顔を歪めるアステリアや、
絶望を睨みつけるバルカスの真ん中で、
口元がゆるんでいた。
懐から古びた手帳を取り出すと、
目の前の惨状――敗北すなわち死---を待つ関門の兵たちを、
まるで見定め、品定めするかのように眺め回した。
「……なあ、アステリア。
この関門にいる兵の数は、全部でどれくらいだ?」
「……非戦闘員も含めて、
およそ2000人だ。
目の前の軍勢には心許ないが、守り切ってみせる。」
「……なるほど、『シブヤコーカイドー』ってとこか」
「……シブヤ……?」
はじめはストリートのゲリラライブから。
レッスンを経て。
対バンに臨み。
ここまで辿り着いた。
ゼノスは満足げに頷くと、
隣に立つルルノアの肩を、ポンと軽く叩いた。
「聞いたか。ルルノア。2000人だ。」
「いい感じに箱がデかくなってやがるぜ。
星降祭の時とは客層も、演目も違う。
……だがな、ルルノア。やることは一つだ」
ゼノスはルルノアの目を真っ直ぐに見据えた。
ゼノスにしか分からない異世界の地名。
だが、その言葉に込められた熱量を、
彼女の感性が敏感に察知した。
そこには、震えを押し殺し、
今にも爆発しそうなほど
真っ赤に燃え上がる「炎」があった。
誰も死なせたくない。
剥製になんて、させたくない。
少女の身勝手で尊い「自己肯定」の炎だ。
「この2000人……
いや、あっちの『動く死体』どもまで含めた全観客を、
お前の虜ににしてこい。
お前のことをまだ知らない奴も敵も、
未来の『ファン』になり得る存在だ。
一兵たりとも、退場せるんじゃねえぞ」
「……はい! おじさん!」
ルルノアが土嚢を蹴って、
城壁の最も突き出た場所
――死霊たちの手が届きそうなほど低い
「ステージ」へと駆け上がった。
ギルバートが不愉快そうに眉をひそめる。
「……無駄な足掻きを。ソリラリス、
その不快なノイズを消してしまえ」
空中揺籃に座るソリラリスが、
冷たい唇を開いた。
虚無の旋律が、夜の闇をさらに凍らせる。
だが、その虚無を切り裂いて、
ルルノアが喉を震わせた。
「――っ、はあああああ!!」
それは歌ですらなかった。
ただの叫び。
けれど、その叫びには、
マーサが作ったスープの熱が、
ロキが握るペンダントの重みが、
そしてゼノスが注ぎ込み続けた
プロデューサーとしての執念が、すべて詰まっていた。
ゼノスが指先で空中に複雑な数式を描く。
魔王時代の禁術ではない。
ルルノアの声という「振動」に、
2000人の鼓動を同期させるための、
『ライブ専用』のバフ方程式。
「(……見てろよ、ゼオ。お前の効率主義が、こいつの共鳴に勝てるかどうか……今ここで証明してやる)」
ルルノアが、新曲のイントロを刻み始める。
ポルカ村で小鳥のさえずりを聴いた彼女が、
自らの意思で、自らのために書き換えたメロディ。
「バルカス、アステリア!
死にたくなきゃ、耳を貸せ!
こいつの歌を、一音も聞き漏らすんじゃねえぞ!」
ゼノスの咆哮と共に、
ルルノアの頭上に、
銀河を凝縮したような光の柱が降り注いだ。
――新曲、『共鳴の方程式』。
その第一声が放たれた瞬間、
関門の空気が、物理的に「爆発」した。




