第2話:運命のセンター(?)との出会い
辺境の街『スターライト』。
そこは、夜空の星を閉じ込めたような
輝石が街灯を照らし、
冒険者たちが魔法の剣や杖を携えて闊歩する、
典型的な剣と魔法の街だった。
街の中心に位置する冒険者ギルド
『スターライト亭』からは、
今日も魔法による洗浄の音や、
火魔法で豪快に肉を焼く香ばしい匂いが漂っている。
「あわわわ! カルティアさん、申し訳ありませんっ!」
カウンターの中で、栗色の髪を大きく揺らして
深々と頭を下げているのは、
新人受付嬢のルルノアだ。
彼女の前には、銀色の髪を凛と結い上げ、
白銀の鎧を纏った女騎士、カルティアが立っていた。
「……ルルノア。
この依頼書、目的地が隣の国になっています。
私が頼んだのは裏山の薬草採取です。
……魔法による座標指定が100キロもズレていますよ」
「ひゃあぁ!
すぐに、すぐに書き直します!
す、すみませんっ!」
ルルノアは慌てて書類の山に突っ込み、
その弾みでペン立てを床にぶちまけた。
周囲の冒険者たちが、
冷ややかな、あるいは半笑いの視線を送る。
「またかよ、ルルノアちゃんは」
「可愛いんだけど、魔法の扱いは三流以下だなぁ」
この世界において、
魔法とは「効率」そのものだ。
正確に、最短で、最大の結果を出すこと。
それが魔導文明の鉄則である。
だが、被害者であるはずのカルティアだけは違った。
一見すると、このギルドでもエリートな騎士職である
カルティアが、ルルノアを叱っているようだ。
だが、彼女は呆れたような無表情を貫きながらも、
その鎧の下で、心臓が爆音を奏でていた。
(……っ、……尊い……っ!!)
ルルノアが床に這いつくばってペンを拾い、
その拍子にチラリと覗きそうになるスカートの裾を、
顔を真っ赤にして慌てて押さえる。
その一連の「全く効率的ではない、無防備な挙動」に、
カルティアの理性は限界を迎えていた。
カルティアは、この街で唯一と言ってもいい
ルルノアの「(カルティア本人いわく)よき理解者」だった。
彼女がわざわざミスの多いルルノアの窓口に並ぶのは、
叱られた時に涙目になりながらも
「次は頑張ります!」と拳を握る、
その健気な姿を一番近くで見るためであった。
一方、ギルドの隅。
一杯の安酒を二時間かけて飲み干そうとしている、
くたびれた中年男性――ゼノスは、
その鋭い眼光をカウンターに向けていた。
「(……あの娘。魔法の発露が、
完全に『外』へ向いてやがる)」
ゼノスの視線は、
もはや魔王としての威圧感こそないが、
魔法の「流れ」を見抜く
精密さは失われていなかった。
ルルノアが謝り、微笑み、慌てるたびに、
彼女の周囲のマナが
奇妙な揺らぎを見せている。
それは、攻撃でも防御でもない。
周囲の者の精神に直接働きかけ、
無意識の多幸感を与える
――特殊な、
けれど「戦闘には全く役に立たない」
固有スキル。
「おい、マスター」
ゼノスは、通りかかったギルドマスターの裾を、
カサカサに乾いた手で掴んだ。
「あ? なんだ、おまえさん。酒ならもう終わりだぞ。
金がないなら、とっとと魔法の薪割りでも手伝って
小遣いでも稼いでこい」
「……あの娘だ。
あの、栗色の髪の娘について聞きたい」
ゼノスは、ペンを拾い終えて額の汗を拭っている
ルルノアを指さした。
「ルルノアか?
なんだ、おまえさん、仲間にでもするつもりか?
見ての通り、冒険者としては落第点だよ。
固有スキルだか何だか知らねえが、
味方のステータスアップするらしいんだがよ、
弱っちいか、効果が出ないこともあるときたもんだ。
戦場で命張ってる味方の後ろで、
逆に守らなきゃいかんなんて、
危なっかしくてかなわんわな」
ギルドマスターはガハハと笑い、続けた。
「あいつは『歌でみんなを夢いっぱいにしたい』
なんて言ってるがな。
スキルも魔法も剣もからっきしだ。
でもまあがんばり屋だからな。
あいつにできるのは、このギルドの看板娘として、
おれたちおっさんどもの癒やしになるくらいのもんさ」
ゼノスは、今度はルルノアではなく、
その平謝りの相手であるカルティアに、
その「流れ」の目を向けた。
「(……なるほど)」
「(おそらく、あの娘の魔法は……)」
ゼノスはその魔術を見極める眼で、審美する。
「(マナのゆらぎが、周りの人間によって違う。
あの娘にある程度特別な感情を持っている銀色の女騎士に
若干だが、強く反応している)」
ゼノスは結論を出す。
「(限定的な共鳴シンパシーバフだ。
ふん……この効率至上主義の街じゃ、
ゴミ扱いされるのも無理はない、か)」
見ず知らずの他人にバフをかけられない支援術士など、
戦場では致命的な欠陥品だ。
「(……しかも、あの足取り、
声を発したときのマナのゆらぎ、
発動条件は……まさか……)」
ゼノスは、おじさん特有の仕草で喉を鳴らした。
「……夢、か。……ふん、いい響きだ。
効率という檻の中で死んでるこの街じゃ、
一番の贅沢だな」
ゼノスは、「よっこいしょ」という掛け声と共に、
重い腰を上げた。
膝の関節が悲鳴を上げ、腰に鈍痛が走る。
魔力による肉体強化ができない人間の身体は、
これほどまでに不自由だ。
だが、かつての魔王としてのコントロール技術
――マナの「波」を指先一つで操作する
繊細な技テクニックだけは、
このおじさんの肉体の中にも、
確かに眠っている。
「……マスター。ゼロに1を足すと、
何になるか知っているか」
「あん? 1だろ。……おまえさん、
魔法の使いすぎで頭がボケたか?」
「……違うな。……『無限』だよ」
ゼノスは、カウンターで半泣きになりながら
書類を整理しているルルノアに向かって、
ゆっくりと、だが確かな足取りで歩き出した。
「まだ確証はない、が……」
ゼノスの元魔王としての見立て。
彼女の一見無駄な足取り。あれはステップだ。
天性の声が持つナチュラルな音階。
それが合わさるごとにマナのゆらぎは大きくなり、
気づいてはいないが周りの人間の魔力が上下している。
恐らくトリガーは『歌って踊ること』。
正しくは『歌って踊る姿を好きになってもらうこと』。
つまりは【ファンになってもらうこと】なのだろう。
ただ、戦場において歌と踊りは圧倒的にミスマッチである。
ファンだのなんだのは言っていられないことも
充分に理解できる。
だが、もし、その「ファン」という条件を、
恣意的に作り出すことができたら?
世界中を彼女のファンに塗り替えることができたら?
……その方法があるとしたら?
「(……面白い。
ゼオ、お前なら計算違いだと切り捨てるだろうが
……俺には、これ以上ねえ宝の山に見えるぜ)」
「(ルルノア。お前がその声を『術式』としてではなく、
偶像崇拝、『アイドル』として放つとき……
魔法の定義そのものが変わる)」
それは、魔法という名の
軍事技術に支配された世界を、
歌と熱狂で塗り替える、
史上最高にして最も熱い「復讐」の、
確かな第一歩だった。
「おい、ルルノアと言ったな。
……おまえ、世界をひっくり返してみる気はないか?」
おじさんの低い声が、
魔法の喧騒に包まれたギルドの中で、
ルルノアの耳にだけはっきりと届いた。




