第17話:鉄錆の軍議、あるいは「戦略的」自己売り込み
「……そういえば、ゼノス殿。
なぜ私たちはポルカ村へ?」
馬車に揺られながら、
カルティアがふと疑問を口にした。
「のどかで素敵な土地ではありましたが……。
傷を癒すだけなら、
スターライト亭の近くでも良かったはずです」
「……魔王軍の、軍略で見えてくるものがある」
(元魔王だからわかる、とは今はまだ言えないが)
ゼノスは吐き捨てるように言った。
「やつらは、いや、
おそらく指示しているであろう
「魔王」は、
『効率』という名の怪物だ。
最短の時間、最小の労力、
最速で成果を出すことしか考えていない。
...地方紙を見ていると、まるでチェスをしているような、そんな指し方だ。
……そんなやつが、次にどこを叩くと思う?」
ゼノスは地図の一点を指差した。
そこは、人間たちの防衛線としては
二線級の扱いを受けている、
『鉄錆の関門』だった。
「ここは人間側からすれば、
補給路の端っこだ。だが魔界側から見れば、
険しい山々に囲まれた、
進軍にすら数倍の労力がかかる『非効率』な場所だ」
「……ならば、攻めては来ないのでは?」
「逆だ。魔界その『非効率』さえも計算に入れる。
行きづらい場所だからこそ、
そこを落とした瞬間に、
人間側の防衛網に修復不能な穴が空く。
その後の効率が最大化されるなら、
迷わず茨の道を選ぶ、と踏んでいる」
(そう、やつなら。次は後手には回らねえ。)
ゼノスはニヤリと笑う。
「確証はない、が、ポルカ村で得た情報も加えれば、
かなり可能性はある。」
「だからこそ、先回りした。
……『売り込み』というやつだ。
ルルノア、カルティア。しっかりついてこい」
ゼノスは錆びついた鉄門を叩いた。
正体は伏せたままだ。
だが、元魔王の「洞察」は隠しようがない。
関門の会議室。
立ち込めるのは、
安酒と鉄錆、そして死への予感。
「――この二人を、
傭兵として雇ってもらいたい」
ゼノスは、ルルノアとカルティアを前に押し出した。
「ただの歌い手じゃない。
こいつのパフォーマンスは、
戦場での士気を物理的に引き上げる。
絶望を食らう化物どもへの、特効薬だ」
「……傭兵だと? 笑わせるな」
鼻で笑ったのは、守備隊長バルカスだ。
顔に大きな火傷跡を持つ、叩き上げの巨漢。
「だが……後ろにいるのは、
『銀の盾』カルティアじゃないか。
なぜあんたほどのもんが、
こんな怪しげな男と小娘に付き合っている」
「バルカス。この男はたしかに、
いやだいぶ、初めて見ると怪しいが」
ゼノスがジロリと目を向ける。
「...その眼力は本物だ」
カルティアが、重厚な声で応じる。
「そしてこのルルノアの歌は、
絶望に沈む兵の心を繋ぎ止める『精神防壁』になる」
「カルティア様。貴女が保証されるなら、話は別ですが……」
そう言って立ち上がったのは、
第三騎士隊副隊長アステリアだった。
女性ながらその長躯は、
決して小柄なではないカルティアを見下ろすほどの
威圧感を放ち、
その背まで伸びる黒い長髪が、
鋭い軍人の眼光を冷たく引き立てている。
「この非力な娘の『見世物』が、
本当に戦列を維持する役に立つと?」
ゼノスは身を乗り出し、声を潜めた。
「……ポルカ村の連中から聞いたぜ。
北の山の方から、きなくさい瘴気が漂ってきているとな。
……何かが来るぞ。
それも、お前らが今まで見たこともないような、
最悪の軍勢がな」
「瘴気だと……?」
バルカスの表情が、一瞬で険しくなる。
「……試してみませんか。今ここで」
ルルノアが、静かに、けれど通る声で言った。
星降祭を経て、彼女の立ち振る舞いには、
かつての「お荷物」の影はない。
「私が、皆さんの前で歌います」
「もし、皆さんの心が少しも熱くならなかったら
……その時は、潔くお家に帰ります。」
バルカスとアステリアが顔を見合わせる。
ゼノスはニヤリと笑い、ルルノアの背中を押した。
「準備運動だ、ルルノア。
こいつらの曇った面を、歌で叩き割ってこい」
夕暮れの練兵場。
不安に駆られる数百の兵たちの前で、
ルルノアは土嚢の上に立った。
伴奏はない。演出もない。
だが、彼女が一声放った瞬間。
沈滞していた関門の空気が、
物理的な熱を帯びて膨れ上がった。
ポルカ村で聴いた、あの自由な鳥たちの響き。
それがルルノアの「意思」と混ざり合い、
兵たちの鼓動を強制的に加速させる。
「……なんだ、この感覚は。
腕の震えが、止まった……?」
バルカスが自分の手を見つめる。
アステリアもまた、
冷たい鎧の下で、
自分の心臓が激しく波打つのを感じていた。
これこそが、ゼノスの描いた「事前の熱狂」。
本番へ向けた、狂乱の仕込みだ。
「……いい面構えになったじゃねえか、兵隊ども」
いくつかの戦場を経て、
ルルノアの立ち振る舞い、
歌そのもので『ファン』となる人間が
発生するようになった。
片田舎のギルドで見習い雑用をしていた『夢見る少女』でも。
戦場で震えて歌っていた『地下アイドル』でもない。
今のルルノアは、
まぎれもなく『アイドル』だ。
「(『トップアイドル』というには、まだまだこれからだがな』)」
ゼノスがにやりと笑う間もなく、
自身の第六感ともいえる魔力センサーが微かに震えるのを
見逃さなかった。
地平線の彼方から、
太陽を食いつぶすような霧が、蠢いていた。
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