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第16話:茜色の休息、ポルカ村の朝


星降祭の狂乱。


ソリラリスが放った絶対零度の「虚無」。


それらすべてを、過去の出来事にするように。


国境の山間に佇む『ポルカ村』には、

穏やかで退屈な時間が流れていた。


歴史にも載らず、貴族の関心も引かない。


ただ麦を育て、羊を追い、陽が落ちれば眠る。


祈りのような静寂に満ちた場所だ。


「……うう、腰が、腰が砕ける……。

ルルノア、そこ、もう少し右だ……」


村の小さな宿屋の縁側。

ゼノスは情けない声を上げていた。


おじさんの体の魔力回路を無理やり駆動させた代償。

命を魔力に変換した反動は、

一晩や二晩で癒えるものではない。


今の彼は、全盛期の威厳など微塵もない。

ただの「くたびれたおじさん」だった。


「もう、おじさんは無茶ばっかり!

自覚してください。

若い時とは体が違うんですよ?」


「生きててよかったって!

私泣いちゃったんですからね?」


「これからもおじさんには元気でいてもらわないと!」


ルルノアが呆れ顔で、

薬草の匂いが漂う湿布を貼る。


ピタリ、という冷たい感触。


「ひぎゃんっ!」


変な悲鳴を上げ、ゼノスは縁側に沈み込んだ。


「……ふぅ。……しかし、静かだな」


「(呪詛も悲鳴もない世界というのは、魔界にはなかった)」


ゼノスは、読み飽きた地方紙を顔に乗せ、目を閉じた。


庭先では、カルティアが薪割りを手伝っている。


銀の甲冑を脱ぎ、村娘から借りた麻のチュニック姿。

鋼の籠手も外し、剥き出しの拳で斧を振るう。


「――せいッ!」


パァン、と乾いた快音。

丸太が真っ二つに割れる。

騎士の筋肉の躍動。肌に滴る汗。


元王国の守護者というより、

凛々しい開拓者のようだった。


「カルティアさん、馴染んでますね。

おじいさんたちが拍手してますよ」


ルルノアの言葉に、カルティアは斧を止めた。


「……身体を動かすのは、騎士の基本だ」


「それに、この村の静けさは……

私の剣を、少しだけ優しくしてくれる」


「誰かの冬を温めるために刃を振るうのも、悪くない」


カルティアはふと、空を見上げた。


村の広場を横切る、一本の魔力伝達線。

そこには、小さな青い鳥たちが一列に止まっていた。


チチチ、ピピイ。


誰に命じられたわけでもなく、

思い思いの旋律を奏でている。


「ねえ、おじさん。あの鳥たちは、

どうして歌っているんでしょう」


地方紙の下から、ゼノスが低く応えた。


「……知るか。生物学的には求愛か、

縄張りの主張だろうよ」


「生存圏を確保するための、効率的な『信号』だ」


ゼノスは地方紙を少しずらし、片目で空を仰いだ。


「だが、あいつらは自分の歌がどれほど美しいか、

なんて考えちゃいない」


「ただ、空を飛ぶために息を吸って、

そのついでに声が出ているだけだ」


「……羨ましいほどに、無責任で純粋な『表現』だよ」


ルルノアはその言葉を、喉の奥で反芻した。


これまでの彼女にとって、

歌うことは「手段」だった。


お荷物な自分を変えるため。


おじさんの期待に応えるため。


そして、拍手をもらうため。


それは切実で、尊い努力だ。


けれど、この小鳥たちには

プロデューサーも方程式も存在しない。


ただ、生きているから、声が出る。


(……生きている、そのついでに声が出る)


(歌うことが、息をすることと

同じくらい当たり前だったら……)


ルルノアは自分の喉をそっと撫でた。


星降祭で掴んだ「熱狂」は、確かに彼女を強くした。

けれど、この静かな村で聴いたさえずりは。


彼女の心の奥底に、また別の、静かな「種」を蒔いた。


「……おじさん。私、いつか、

あの鳥たちみたいに

歌えるようになりたいです」


「……バカ言え。鳥になってどうする。

お前はアイドルだろ」



ゼノスは鼻で笑い、再び地方紙を被った。


だが、その下で、彼は微かに口角を上げていた。


計算し尽くされた演出、完璧な音響。


それらがすべて失われた時、

最後に残るのは「生命の響き」だけだ。


ルルノアがその領域に気づいたのなら。


この休息は、どんな特訓よりもきっと意味がある。


「さて。休息も、そろそろ終わりだ」


ゼノスが重い腰を上げた。


平穏な空気が、遠くから漂う

「戦火の臭い」に侵食され始めている。


「ルルノア、カルティア。準備しろ」


「次は、戦場ライブステージが俺たちを呼んでいる」


青い鳥たちが、一斉に空へ飛び立っていった。


ルルノアはその背中を追うように立ち上がる。

自らの内に芽生えた、新しい「音」を抱きしめて。


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