第15話:共鳴vs 虚無
天から降り注ぐ銀河のスポットライト。
その光の奔流の中で、
ルルノアの声はもはや一人の少女の叫びを超え、
広場全体の空気を震わせ、
凍てついた運命を融解させる「現象」へと昇華していた。
カルティアの銀剣が、
ルルノアの歌声が描く
目に見えない五線譜をなぞるように、
黄金の軌跡を描いて夜空を薙いだ。
その刃が空気を切り裂いた瞬間、
ソリラリスが広場に張り巡らせていた
「絶望の藍色」が、
巨大なガラス細工が粉砕されるような
音を立てて砕け散った。
『絶対服従』の
呪縛に囚われていた観客たちの瞳に、
一人、また一人と、
星降祭の温かな灯火が宿っていく。
「……ありえない。こんな、こと」
舞台袖で見つめていたソリラリスの唇が、
屈辱ではなく戦慄に震えた。
彼女が信奉するゼオの論理では、
感情は計算可能な変数に過ぎない。
「私の歌は、完成...。
この街の結末は、
私の...『無』で...
美しく閉じるはずだった……!
なぜ、あんな未完成で、デタラメで、
ノイズだらけの旋律に...。
私の服従が侵食されているの……っ!」
ソリラリスはたまらずステージへと駆け出し、
光の渦の中に立つルルノアを指差した。
「答えて...!なぜ逃げ出さないの...?
なぜ笑顔を作れるるの...!
ひっくり返した運命の先には、
今より残酷な絶望が待っているかもしれないのに...!」
ルルノアは歌いながら、
ソリラリスを真っ直ぐに見つめ返した。
その瞳は、圧倒的な実力者への恐怖ではなく、
道に迷った子供を見守るような、
どこまでも澄んだ「慈しみ」に満ちていた。
「ソリラリスさん!
運命の先なんて、
見えなくていいんです!」
ルルノアの声が、
一対一の魂の対話を求めるような、
切実な響きを帯びて広場に響き渡る。
「……たとえ明日、
何が起こるか決まっていたとしても。
今、私がカルティアさんの手を握って
『温かい』って思った、
この瞬間の体温だけは……
誰にも、神様にだって書き換えられない、
私だけの真実なんです!」
「――そうだ、ソリラリス!」
カルティアが剣を鞘に納め、
その硬質な音を広場全体に響かせた。
「私たちは、ゼノス殿が選んだ駒として
ここにいるのではない!
互いにぶつかり合い、
傷つけ合い、
泥を啜って混ざり合った結果、
今ここに立っている!
この『交点』で火花を散らす私たちの熱量に、
運命の筋書きなど介在する余地はない!」
二人の声が重なり、
この夜を終わらせ、
新しい朝を引き寄せるための
最後のフレーズへと駆け上がる。
ーーー♪
君の輝きが 僕の答えだ
この二人きりの 方程式を解いて
0(ゼロ)を100に変えて――無限を叫べ!
爆発的な光が広場を真っ白に包み込み、
街の全域に星降祭の鐘の音が鳴り響いた。
ギゼラの放っていた藍色の魔力は完全に霧散し、
代わりに人々の「明日を呼ぶ歓声」が、
大地を揺らす地響きとなって夜の静寂を塗り替えた。
「……私の、負け...?」
光が収まったステージで、
ソリラリスは立ち尽くしていた。
魅了が解けたはずの観客たちが、
今は誰に強制されるでもなく、
自分の意志で、ルルノアたちに
――そして、敗北したはずのソリラリスにさえも、
惜しみない拍手と喝采を送っている。
「……おかしいわ。予定にはない拍手。
計算にはない、……この、胸の痛み」
ソリラリスは、自らの胸元をそっと押さえた。
そこには、かつてゼノスに歌を教わっていた頃に感じた、
名もなき「ときめき」の残滓が、
消去しきれなかったシステムバグのように熱く点滅していた。
「……今日は、この運命を譲ってあげる。
でも、次はもっと、
救いようのない残酷な脚本を用意してあげるわ」
ソリラリスは、強がりを口にしながらも、
どこか憑き物が落ちたような顔で
闇の中に消えていった。
彼女の心に植え付けられたのは、
敗北の悔しさではない。
(……もし、最初から別の脚本があったなら。
私も、あんな風に、誰かのために笑えたのかしら)
それは、冷徹な魔王の側近には許されないはずの、
小さくも尊い「希望の芽生え」だった。
祭りの喧騒が遠のいた、深夜のギルド裏庭。
全身包帯だらけで、
車椅子に深く腰掛けたゼノスが、
静まり返った星空を見上げていた。
「……おじさん! 本当に、
もうこのまま死んじゃったかと思いましたよぅ!」
ルルノアが泣きながら飛びつき、
カルティアがそれを「はしたない」と嗜めつつも、
自らもそっとゼノスの震える肩を支える。
「……ふん。……死ぬわけねえだろう。
俺はまだ、お前たちの『世界ツアー』のチケットを、
一枚も手に入れてねえんだからな」
ゼノスは、おじさん特有の、どこか寂しげで、
それでいて満足げな枯れた笑い声を上げた。
かつての魔王は、もういない。
ここにいるのは、
二人の少女の輝きを誰よりも
特等席で見守りたいと願う、
一人の強欲な『プロデューサー』の魂だけだ。
「……さあ、明日からは新曲の特訓だぞ。
ソリラリスの絶望の脚本を焼き切ったくらいで満足するな。次は、この世界中の運命そのものを、お前たちの歌という名のノイズで書き換えてやる」
「ええええええーっ!?
おじさん、鬼! 悪魔! 魔王ー!!」
「……ククッ、なんとでも言え」
三人の笑い声が、
新しい明日へと続く夜風に溶けていった。
運命は最初から決まっているのかもしれない。
けれど、彼らが交差し、
手を取り合うその場所でだけは、
今日も新しい、誰にも予想できない太陽が昇り始めるのだ。
か?
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