第14話:おじさんの執念、ファンとしての祈り
第14章:おじさんの執念、ファンとしての祈り
広場の喧騒から遠く離れた、救護テント。
そこには、死人さながらの血色のまま横たわる男――ゼノスがいた。
肺は焼けるように熱い。
心臓は不規則なリズムを刻む。
意識は深い泥の底に沈んでいた。
だが、その魂の耳にだけは届いていた。
微かに、けれど鮮烈な「叫び」が。
「……ああ……。聴こえるぞ、……ルルノア」
ゼノスは薄く目を開けた。
演出家としてではない。
一人の観客として、彼女たちの声を捉えた。
伴奏はない。
演出の光もない。
魔法による増幅さえない。
あるのはただ、喉を枯らさんばかりの歌声。
それを守る、騎士の剣戟の音だけ。
(……バカ野郎どもが)
(あんな剥き出しで、喉も心も削りながら歌いやがって……)
(だが、いい。それでこそ、俺の惚れた歌い手だ)
ゼノスは震える手で、胸元を掴んだ。
「魔力の繊細なコントロール」。
それは普通の人間であれば制限される領域までも使用することができる、と同義である。
おじさんの肉体の寿命を吸い取り、
細く、熱く脈打っていた。
これを使えば、肉体や魔力回路は間違いなく大きな損傷を受ける。
ただの「くたびれたおじさん」にすら戻れず、
大気中の魔素と同化し、ゆるやかに消滅する可能性もある。
だが、そんな損得勘定などどうでもいい。
プロデューサーとして、最初からそんなものは持ち合わせていない。
「……ゼオ。お前が『無駄』だと断じたガラクタの熱が……」
「今、お前の描いた完璧なフィルムを破ろうとしてるんだ……!」
「ここが『勝負時』ってやつだ」
ゼノスは這い出した。
救護員が止めるのも聞かず、壁を伝う。
自らの命を、魔力へと強引に変換しながら。
辿り着いたのは、ステージを見渡せる時計塔の影。
広場では、ルルノアがすべてを肯定するように。
クライマックスへと向かっていた。
ーー♪(『三日月の方程式』)
炎が 未来を焼き尽くしても
涙が 喉を塞ごうとしても
あの日もらった あの火を偽物に
僕だけは したくないんだ
「誰かのため」に 歌うんじゃない
「僕が僕であるため」に 叫ぶんだ
欠けていたのは 弱さじゃなくて
もっと光るための スタートラインだったんだ!
「……っ、いけッ!」
ゼノスは、残された全魔力を指先に集めた。
空中に一文字を描く。
それは魔王の呪文ではない。
かつて彼が異世界で知り、もっとも美しいと感じた現象。
――『収束光』。
刹那、夜空の厚い雲が、巨大な手の平で裂かれた。
天から降る「星降祭」の星屑。
それをゼノスの魔力が磁石のように引き寄せた。
ルルノアアとカルティアの真上に。
銀河を凝縮したような、圧倒的な光の柱が降り注ぐ。
「あ……っ!」
歌いながら、ルルノアが空を仰ぐ。
魔法の光を超えた、
自分たちを信じてやまない「誰か」の祈り。
その輝き。
「おじさん……おじさんなのね!?」
「私たちを、見ててくれるのね!」
カルティアも、その光の中に「執念」を感じ取った。
(あの体でこんな力、ゼノス殿は...!)
演出家が、命を削って最高のステージを用意した。
ならば、その舞台を汚すことなど、一音たりとも許されない。
「ルルノア! 歌いなさい!」
「彼の運命を、この街の絶望を、全部ひっくり返す言葉を!」
ルルノアは溢れ出す涙を光に変えた。
かつてない旋律を、世界に叩きつける。
ーー♪
三日月の欠けた その隙間に
溢れ出すほどの 命を詰めて
世界を 僕を ひっくり返す
きまりごとなんて ステップで踏み越えて!
止まったままの 世界を声がブチ抜く
君の明日が 僕の全部だ
このダメだらけの 方程式を解いて
0(ゼロ)に1を足して――無限を叫べ!
ゼノスは時計塔の影で、口から血を流しながら笑った。
満足げに。
目の前で、自分が愛した「最高」が完成しようとしている。
(……ああ。いいステージだ)
(ゼオ、金や権力じゃあ、これは買えねえよ)
(これが、俺の見たかった景色だ……)
おじさんの指先から、出し切った最後の魔力が、
ふわりと光の粒になって浮遊した。
光の奔流が、ラストノートと完全に同期した。
広場が、真っ白に染め上がる。
ソリラリスの絶望は、今、熱狂という名の光に飲み込まれた。




