第12話:絶対零度のディーヴァ
星降祭の熱気が、死に絶える。
物理的な「冷気」が、広場を侵食した。
ステージに立つソリラリス。
彼女の瞳には、熱狂する群衆も、
煌びやかな飾りも映らない。
ただ、どこまでも深い「虚無」だけがあった。
(……ああ、うるさい)
ソリラリスは内心で、吐き気がするほど冷ややかに呟く。
希望を語り、明日を夢見る。
その行為そのものが、
彼女には滑稽な自傷行為に見えていた。
(どうせ、壊れるのに)
(どうせ、裏切られるのに)
かつての彼女も、
光を求めたことがあったのかもしれない。
だが今のソリラリスにとって、
歌は「表現」ではなく「処刑」だった。
「――♪(『円環デリート』)」
彼女が唇を割り、最初の一音を放つ。
魔導スキル『絶対服従』が発動した。
それは、魂の温度を奪う旋律。
聴く者の精神を、
強制的に自らの虚無へと引きずり込む。
数千人の観客が、マリオネットのように動きを止めた。
彼らの瞳から、輝きが急速に失われていく。
(救ってあげているのよ、ゼノス様)
ソリラリスは、舞台袖の闇に視線を投げた。
そこには、かつての主の気配がある。
(立ち上がれば、転ぶ。夢を見れば、破れる)
(そんな残酷な世界で、もがくことに何の意味があるの?)
彼女の歌声は、優しく、残酷に、
観客の思考を止めていく。
「諦め」という名の麻酔。
「絶望」という名の、心地よい眠り。
ソリラリスの指先から、
深い藍色の魔力が霧となって広がる。
人々は自らの明日を、苦しみを、希望を捨てた。
彼女の提示する「美しい無」に、恍惚と浸り始めた。
「……見て。これが、私の完成させた世界よ」
ソリラリスは、薄氷のような微笑を湛える。
「人々が求めているのは、勇気じゃない」
「今この瞬間の、痛みのない終わりよ」
広場を包むのは「静寂の熱狂」。
星の欠片さえ、彼女の絶望に当てられて光を失った。
舞台袖のルルノアは、
その圧倒的な「無」に呑まれかけていた。
あまりの威圧感に、膝の震えが止まらない。
「……すごい。あんなの、勝てるわけないよ……」
弱々しい声が、暗がりに落ちる。
ソリラリスの放つ藍色が、
物理的な圧力となって肩を押し潰す。
「みんな、死んだみたいな目をしてる……」
「おじさんもいない……私たちに、何ができるの……?」
ルルノアの指から、力が抜ける。
マイクが、床に滑り落ちそうになった。
その瞬間。
「――ルルノア。前を向きなさい」
重厚な鉄の音が響く。
銀の籠手が、
彼女の肩を強く、
熱く掴んだ。
カルティアだった。
その双眸には、凍てつく空気を焼き切るような、
黄金の炎が宿っている。
「カルティア……さん?」
「あいつが何を歌おうと、知ったことではない」
「心は、心だ!」
「私たちが胸を焦がしているこの熱さだけは、
運命にすら支配させない!」
カルティアは、ルルノアの顔を強引に向かせた。
吐息が触れ合うほど、近く。
「ルルノア、聴きなさい」
「君のたった一音が、私の止まっていた人生を動かした」
「そんな君に導かれた私は、
『ファン』は、今、誰よりも無敵だ!」
「カルティアさん……」
「私が無敵なら、私を創り出した君は、もっと無敵だ」
「ゆえに、私たちは、二人で一人の『最強』なのよ!」
カルティアは剣を抜き、
その柄をルルノアに握らせた。
震えていた指先に、折れない意志が流れ込む。
「さあ、行きましょう」
「あいつの『静寂』を、私たちの『絶叫』で叩き壊す」
「私だけを見ていなさい」
「私が、君の運命の盾になる!」
ルルノアの瞳に、再び光が灯った。
涙を拭い、強く頷き返す。
演出家はいなくても。
舞台の上には、最高に熱烈な「ファン第1号」がいた。
二人は、絶対零度のステージへ踏み出した。
ソリラリスの完成された絶望を、
一筋の光で切り裂くために。




