第10章:黄金のレゾナンス、覚醒の刃
魔物の醜悪な咆哮が空気を震わせ、
数条の触手がカルティアを八つ裂きにせんと迫る。
だが、今の彼女にはそれらが「敵の攻撃」には見えていなかった。
ルルノアが紡ぐメロディの裏で鳴り響く、
不規則なドラムのビート――。
ーー♪
磨き上げられた 鉄の鎧
「正しさ」を 盾にして隠してた
震える指と 孤独な瞳
君もおんなじ 夜の中だった
重すぎる剣を 握りしめて
守ることだけに 縛られて
「自分」をどこかに 置き忘れた
君の背中を ずっと見ていた
ルルノアの声が、森の静寂を
切り裂いて高らかに響き渡る。
その瞬間、カルティアの視界から「恐怖」が消失した。
(呼吸が、合う……。
いや、私の魂が彼女の声に塗り替えられていく!)
カルティアは、迫りくる触手の合間を
縫うようにして一歩を踏み出した。
それは騎士団で教わった最短距離の踏み込みではない。
ルルノアの歌の「溜め」に合わせ、
重力を無視するような軽やかさで宙を舞う、
華麗なステップ。
「……信じられん。あんな動き、
騎士団の教則本には一行も載っていないぞ」
木陰で見守るギルドマスターが、驚愕に目を見開く。
カルティアの銀剣は、
今やルルノアの歌声と完全に共鳴し、
激しい黄金の輝きを放っていた。
それは彼女自身の魔力ではない。
ルルノアの固有スキルが、
最も近くにいる「最古参の理解者」に
十全に注ぎ込まれた結果だ。
一年前から積み重ねた想いが、
限界を超えた通常の20倍以上の熱狂エネルギーへと変換されているのだ。
「無様に散れ、不粋な怪物め!
彼女のステージを汚すことは、この私が許さない!」
カルティアの剣が閃いた。
一撃、二撃。
魔物の触手が、歌のリズムに合わせて
正確に断ち切られていく。
切り落とされた触手が地面に落ちる音さえも、
ゼノスの「糸」による音響増幅によって、
ライブ会場の重厚な打楽器の響きへと変えられていた。
「いいぞ、カルティア!
その一振りが、観客の心臓をぶち抜く最高の一音だ!」
ゼノスは激痛の走る腰を忘れ、
狂ったように笑いながら指先を踊らせた。
彼の操る魔力糸が、
カルティアの太刀筋を光の残像として空中に固定していく。
森の暗がりに、黄金の軌跡が幾重にも描き出された。
それはさながら魔法で編み上げられた、
幻想的なバックモニターのようだった。
「……はぁぁぁあッ!!」
歌が最高潮のラストノートへ向かう。
ルルノアが天を指差し、
声を限界まで張り上げたその瞬間、
カルティアは魔物の眉間へと肉薄した。
「これが――私たちの、答え(方程式)です!」
黄金の光を纏った一閃が、魔物の巨体を一刀両断にする。
肉が裂ける不快な音は、
ルルノアが歌い終えた瞬間の残響にかき消され、
魔物は血の一滴も流すことなく、光の粒子となって霧散した。
静寂が戻る。
朝陽が差し込む森の中で、
膝をついて肩を上下させるルルノアと、
剣を鞘に納め、恍惚とした表情で立ち尽くすカルティア。
「……ふぅ。……完璧だ。
二つ目の方程式、『戦闘のエンターテインメント化』……証明完了だな」
ゼノスは杖にしていた流木を捨て、
一歩、また一歩と二人に近づいた。
「ルルノア、よく歌いきった。
お前の声が、あの堅物を変えたんだ」
「はぁ、はぁ……っ、……おじ、さん……。
私、怖かった……けど、カルティアさんの背中が見えたから……」
「……ゼノス殿」
カルティアが、震える声で呼びかけた。
その頬は紅潮し、瞳にはこれまでになかった
熱い光が宿っている。
彼女は自分の手を見つめ、
信じられないといった様子で呟いた。
「私は今……生まれて初めて、
剣を振るうことが、心から『美しい』と感じました」
「規律のためでも、任務のためでもなく……
ただ、受付嬢だった彼女を輝かせるためのパーツになれることが、
こんなにも……胸を打つものだとは」
ゼノスはニヤリと笑い、彼女の肩を叩いた。
「歓迎するぜ、カルティア。
お前は今、ただの騎士を卒業して、
世界で一番厄介で、世界で一番強靭な……」
「『推しに人生を賭けるトップオタ』にクラスチェンジしたんだ」
「……とっぷ、おた? よく分かりませんが……誇らしい響きですね」
カルティアは照れ隠しに顔を背けたが、
その口元は微かに緩んでいた。
かくして、一人の少女と、
さ一人の騎士の魂は完全に溶け合った。
ゼノスの脳内では、もはや単なる「戦闘支援」ではない。
二人組ユニットによる本格的なデビューライブの構想が、
爆発的な勢いで組み上がっていくのだった。




