魔族外交官のカフェイン危機
異世界と現代日本を繋ぐ不思議な扉を持つ喫茶店。常連客の一人である魔族の女性外交官は、ブラックコーヒーを愛飲し、カフェインで日々の外交業務を乗り切っています。しかし今日、この店で予想外の事態が発生しました。コーヒー豆が切れてしまったのです。外交官のテンションが急降下する中、エリナが一つの提案をします――
――今日も平和な一日だ。
私はカウンターの奥で、いつものようにポットを温めながら店内を見回す。午後の日差しが窓から差し込み、砂糖壺がキラキラと光っている。焼き菓子の甘い香りが店内に漂い、ジャズのBGMが静かに流れている。
――まあ、この店はいつもこんな感じだ。常連客たちも午後になると集まってきて、それぞれの好みの飲み物を注文する。近衛兵の青年はいつもケーキを真剣な顔で食べているし、商人ギルドのおじさんは紅茶を飲みながら世間話に花を咲かせる。魔族の外交官はブラックコーヒーを飲んで、カフェインでテンションを上げている。
――今日は午後二時過ぎ。そろそろ常連客たちが来る時間だ。
カウンターの向こう側には、エリナとリュミエが並んで座っていた。エリナはハーブティーを魔法で淹れながら、リュミエにハーブの調合について説明している。リュミエは真剣な表情で聞き入っていた。
「リュミエちゃん、このミントは清涼感を出すのに効果的で、レモングラスは香りを引き立てるのよ」
「はい、分かりました」
リュミエが小さく頷く。彼女のハーブティーへの情熱は、日に日に高まっている。
――いい傾向だな。リュミエもエリナも、この店で成長している。
私は満足げに頷き、コーヒー豆の在庫を確認しようとストックボックスを開けた。
――あれ?
中が空だった。
――まずい。コーヒー豆が切れている。
私は慌てて他の場所を探した。しかし、どの引き出しにも、どの棚にも、コーヒー豆は残っていない。
――これは大変だ。次の仕入れまで、まだ三日もある。でも、魔族の外交官が今日も来るはずだ。
魔族の外交官、セレナ・ダーククロウは、この店の常連客の中でも特にブラックコーヒーに依存している。毎日午後三時頃に来店し、ブラックコーヒーを二杯、三杯と飲んで、カフェインでテンションを上げてから外交業務に戻る。彼女がコーヒーを飲めない日は、外交場での交渉がうまくいかないと本人が言っていた。
――どうしよう。
私は頭を抱えた。
その時、扉のベルが鳴った。
チリリン。
――お客さんか。でも、この時間帯は早いな。
振り返ると、そこには魔族の外交官、セレナが立っていた。いつものように黒いローブを着て、疲れた表情を浮かべている。その目には、コーヒーを渇望するような光が宿っていた。
「いらっしゃいませ」
私が声をかけると、セレナは疲れ切った様子でカウンター席に座った。
「マスター、いつものブラックコーヒーを三杯。すぐに」
――まずい。すぐに言われた。
「あの、セレナさん」
「何?」
セレナの目が鋭く光った。その目つきは、まるで飢えた獣のようだった。
「実は、コーヒー豆が切れてしまいまして……」
「何ですって!?」
セレナが立ち上がった。その瞬間、店内の空気が凍りついた。
「コーヒーが、ない?」
「はい、申し訳ございません。次の仕入れまで、まだ三日……」
「三日も!?」
セレナの声が店内に響いた。その声には、絶望と怒りが混ざり合っていた。
「マスター、私は今日、重要なお使いがあるんです。魔族と人間の領土交渉の、最終調整会議があります。それなのに、コーヒーがないだと?」
「申し訳ございません……」
私は頭を下げた。
「カフェインが切れたら、私はどうなるか分かりますか?テンションが急降下して、交渉で適切な判断ができなくなります。今日の会議は、魔族の未来を左右するかもしれない重要なお使いです。それなのに、コーヒーがない?」
セレナの顔色が青ざめ始めた。カフェイン切れの症状が、すでに現れ始めているようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
リュミエが心配そうに声をかけた。
「大丈夫なわけがないですよ。コーヒーがないんですから」
セレナは椅子に座り込み、テーブルに肘を突いて額を押さえた。
「これは大変です。どうしましょう……」
エリナが心配そうに呟いた。
――どうしよう。どうすればいい?
私は必死に考えた。しかし、コーヒー豆がない以上、コーヒーは作れない。
「マスター」
突然、エリナが立ち上がった。
「私、ハーブで代わりになるものを作れるかもしれません」
「ハーブで?」
「はい。私が覚えたハーブの魔法で、カフェインに似た効果を持つブレンドを作れるかもしれません。試してみますか?」
――ハーブでカフェインの代わり?本当にできるのか?
しかし、他に方法はない。
「お願いできるか?」
「はい!」
エリナは意気込んで、リュックサックからハーブを取り出した。
「マスター、お湯を沸かしていただけますか?」
「ああ、分かった」
私は急いでポットにお湯を入れた。エリナはハーブを選びながら、小さな魔法の詠唱を始めた。
「まずは、エネルギーの流れを活性化するハーブ……エルダーフラワーと、集中力を高めるローズマリー、それから気分を明るくするレモンバーム……」
エリナの手が素早く動いた。ハーブを選び、細かく刻み、魔法で調合する。
「これに、少しだけ魔法の力を込めて……」
エリナの手から、ほのかな緑色の光が放たれた。ハーブが光に包まれ、香りが立ち昇る。
「どうですか、マスター?この香り、コーヒーとは違いますが、清々しくて力が湧いてきそうな気がしませんか?」
――確かに、清々しい香りだ。
「セレナさん、試してみていただけますか?」
エリナが作ったハーブティーをカップに注いだ。その色は、コーヒーとは全く違う。明るい琥珀色で、ハーブの香りが立ち込めている。
「これは、コーヒーじゃないですよ」
セレナが疑いの目で見つめた。
「はい、コーヒーではありません。でも、カフェインの代わりになる効果があるハーブブレンドです。試してみませんか?」
セレナはためらいながらも、カップを手に取った。
「……仕方ない。試してみましょう」
セレナは一口飲んだ。
その瞬間、セレナの表情が変わった。
「……これは」
「どうですか?」
エリナが不安そうに尋ねた。
「……これは、美味しい」
セレナはもう一口、ゆっくりと飲んだ。
「香りも良いし、味も……コーヒーとは違うけれど、確かに力が湧いてくるような気がします」
「本当ですか!」
エリナの目が輝いた。
「本当です。これは、何という飲み物ですか?」
「えーっと、特別なハーブブレンドです。エルダーフラワーとローズマリー、レモンバームを組み合わせて、魔法で調合しました」
「魔法で調合?」
「はい。ハーブの力を最大限に引き出すため、少しだけ自然魔法を使いました」
「素晴らしい」
セレナは満足そうに微笑んだ。
「これは、コーヒーとは違う新しい発見です。エリナちゃん、あなたは本当に才能があるわね」
「ありがとうございます!」
エリナの頬が赤く染まった。
「これ、また作ってもらえますか?」
「はい、喜んで!」
エリナは嬉しそうに、もう一杯作った。
――良かった。なんとか解決できた。
私は安堵のため息をついた。
セレナは二杯目のハーブティーを飲みながら、エリナに話しかけた。
「エリナちゃん、あなたが作るハーブティーは本当に素晴らしいわ。魔法を使っているから、普通のハーブティーとは違う特別な味がする」
「ありがとうございます。でも、まだまだ勉強不足です」
「謙虚なところも素敵ね。でも、あなたの才能は確かよ。この店で働いているの?」
「いえ、お客様として来ているんです。でも、時々マスターやリュミエちゃんのお手伝いをしています」
「そうなの。それなら、このハーブティー、店のメニューに加えてもらえるといいのにね」
「メニューに?」
エリナの目が輝いた。
「マスター、どうですか?」
「ああ、いいアイデアだな。エリナブレンドとして、メニューに加えようか」
「本当ですか!」
エリナは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「でも、名前はどうしますか?」
「えーっと……」
エリナが少し考えた。
「セレナさん、名前を考えていただけませんか?」
「私が?そうね……」
セレナも少し考えた。
「エネルギーブレンド、というのはどうかしら。力が湧いてくるという意味を込めて」
「エネルギーブレンド……素敵ですね!」
エリナは満足そうに頷いた。
「それじゃあ、エネルギーブレンドとして、メニューに加えましょうか」
私が提案すると、エリナは嬉しそうに頷いた。
「はい、お願いします!」
セレナは三杯目のハーブティーを飲みながら、満足そうな表情を浮かべていた。
「マスター、今日は本当に助かりました。これで、会議も乗り切れそうです」
「良かったです。でも、次の仕入れでコーヒー豆も補充しておきますね」
「ありがとう。でも、このハーブティーも気に入ったから、次回からは両方飲みたいわ」
「かしこまりました」
私は微笑んだ。
セレナは料金を支払い、店を出て行った。
「マスター、良かったです。エリナちゃんのおかげで、セレナさんを助けることができました」
リュミエが安堵の表情で言った。
「ああ、本当に助かった。エリナ、ありがとう」
「いえ、私も嬉しかったです。お役に立てて良かったです」
エリナは満足そうに微笑んだ。
――今日は、予想外の事態だったが、エリナのおかげで良い結果になったな。
私は心の中で呟いた。
――エリナのハーブの魔法が、本当に役に立った。これからも、彼女の才能を活用できる場面があるかもしれない。
***
その日の夜、閉店後。
私はカウンターで一人、コーヒーを飲んでいた。エリナとリュミエは既に帰っていた。
――今日は、大変だったな。
コーヒー豆が切れたこと、セレナのカフェイン危機、エリナのハーブブレンド。いろいろなことがあったが、結果的に良い一日になった。
――エリナのエネルギーブレンドか。確かに、良い名前だ。
私はメニューを見ながら、新しい項目を追加する準備をした。
「エネルギーブレンド(エリナ特製)……いいな」
窓の外を見ると、夜の街が静かに広がっている。扉の向こう側は、今夜はどこに繋がっているのだろう。
――この店には、色々な客が来る。
エルフ、人間、魔族、吟遊詩人、スライム、ドワーフ……そして、今日は魔族の外交官を助けることができた。
――でも、今日の教訓は、在庫管理の重要性だな。コーヒー豆が切れるなんて、二度とあってはならない。
私は反省しつつも、今日の出来事を振り返った。
――エリナが本当に成長したな。最初に来た時は、コーヒーもケーキも知らなかったのに、今では魔法でハーブティーを調合し、お客様を助けることができるようになった。
――リュミエも、ハーブティーに興味を持つようになった。エリナから学んでいる。
――この店で、みんなが成長している。それは、本当に嬉しいことだ。
私はコーヒーを一口飲み、満足げに微笑んだ。
――明日も、新しい客がやってくるだろう。
それがどんな客であれ、どんな困難があっても、俺は変わらず接客を続ける。
――それが、この店の役割だから。
翌日の昼過ぎ。
店内は穏やかな空気に包まれていた。常連の商人ギルドのおじさん――グレンが紅茶を飲みながら、新聞を読んでいる。
リュミエはカウンターで、エリナからハーブの調合を教わっていた。エリナは昨夜考えたエネルギーブレンドの作り方を、丁寧に説明している。
「マスター、新しいメニュー、お客様に紹介しましょうか?」
エリナが嬉しそうに言った。
「ああ、いいアイデアだな。メニューに追加しておこう」
私は新しいメニュー表を作った。
「エネルギーブレンド(エリナ特製)……これでいいか?」
「はい、完璧です!」
エリナの目が輝いた。
その時、扉のベルが鳴った。
チリリン。
――お客さんか。
扉から入ってきたのは、魔族の外交官、セレナだった。
「いらっしゃいませ」
「マスター、おはよう」
セレナは昨日とは打って変わって、明るい表情で入店した。
「昨日は、本当に助かりました。エネルギーブレンドのおかげで、会議も大成功でした」
「良かったです。それじゃあ、今日は何を飲みますか?」
「そうね……今日は、両方いただけるかしら?ブラックコーヒーと、エネルギーブレンド」
「かしこまりました」
――やっぱり、両方飲みたいのか。
私はコーヒーを淹れ、エリナにハーブティーを作ってもらった。
「セレナさん、こちらがエネルギーブレンドです」
エリナが丁寧にカップを置いた。
「ありがとう、エリナちゃん。あなたが作るハーブティーは、本当に特別な味がするわ」
「ありがとうございます」
エリナは嬉しそうに微笑んだ。
セレナは両方の飲み物を飲みながら、満足そうな表情を浮かべていた。
「マスター、これからも、エネルギーブレンドをお願いしますね」
「はい、いつでもどうぞ」
私は微笑んだ。
――良かった。エリナの才能が、お客様に喜ばれている。
店内には、再び穏やかな時間が戻ってきた。セレナは飲み物を楽しみながら、店を後にした。
「エリナちゃん、すごいわね。お客様に喜んでもらえて、本当に良かった」
リュミエがエリナを称賛した。
「ありがとう、リュミエちゃん。でも、まだまだ勉強不足よ」
「謙虚ね」
リュミエは微笑んだ。
――この店で、みんなが成長している。
私は満足げに頷き、次の客を待った。
***
数日後、コーヒー豆の仕入れが届いた。
「マスター、コーヒー豆が届きましたよ」
リュミエが届いた箱を運んできた。
「ありがとう。これで、在庫も安心だな」
私は箱を開け、コーヒー豆を確認した。
――良かった。これで、もう二度と切れることはない。
私はコーヒー豆を保管場所に移し、在庫管理表を更新した。
――在庫管理は、本当に大切だな。二度と、あのような事態は起こさない。
その日の午後、セレナが再び来店した。
「マスター、コーヒー豆は届きましたか?」
「はい、今日届きました。これで、安心して飲めますよ」
「良かった。でも、エネルギーブレンドも忘れずに作ってくださいね」
「はい、分かりました」
私はコーヒーを淹れ、エリナにハーブティーを作ってもらった。
セレナは両方の飲み物を飲みながら、満足そうな表情を浮かべていた。
「マスター、この店は本当に素敵な場所ね。コーヒーも美味しいし、エリナちゃんのハーブティーも特別。そして、いつも温かく迎えてくれる」
「ありがとうございます」
私は微笑んだ。
「これからも、この店に来ますからね」
「はい、お待ちしております」
セレナは料金を支払い、店を出て行った。
――今日も、平和な一日だった。
私は心の中で呟いた。
――エリナのエネルギーブレンドが、店の新しいメニューになった。これからも、お客様に喜んでもらえるだろう。
店内には、穏やかな時間が流れていた。エリナとリュミエは、ハーブの調合について話し合っていた。
――この店で、みんなが成長している。それは、本当に嬉しいことだ。
私はポットを温めながら、次の客を待った。
今日もまた、この店で小さな物語が生まれている。
――今日も平和な一日だ。
魔族の外交官セレナのカフェイン危機は、予想外の事態でした。しかし、エリナのハーブの魔法が、この困難を解決する鍵となりました。エリナが作った「エネルギーブレンド」は、コーヒーの代わりとなるだけでなく、新たなメニューとして店に加わることになりました。
この出来事を通じて、エリナの成長がより一層感じられるようになりました。最初に来店した時は、コーヒーもケーキも知らなかった少女が、今では魔法でハーブティーを調合し、お客様を助けることができるようになったのです。
そして、在庫管理の重要性も再確認できました。二度とあのような事態を起こさないため、より一層の注意を払う必要があるでしょう。
異世界と現代を繋ぐこの喫茶店では、今日もまた新しい物語が生まれています。エリナのエネルギーブレンドは、これからも多くのお客様に愛されることでしょう。
次回予告:亡国の姫が店を訪れる。放浪中の姫が立ち寄り、苺のショートケーキに涙。束の間の安らぎを得て、旅立ちの決意を固める――




