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山岳の竜族、湯気に吠える

異世界と現代日本を繋ぐ不思議な扉を持つ喫茶店。今日も扉の向こうから、新しいお客様が現れます。今回来店するのは、山岳に住む竜族の来訪者。彼が求める「熱い飲み物」とは、一体どれほど熱いものなのでしょうか?

――今日も平和な一日だ。


私はカウンターの奥で、いつものようにポットを温めながら店内を見回す。午後の日差しが窓から差し込み、砂糖壺がキラキラと光っている。焼き菓子の甘い香りが店内に漂い、ジャズのBGMが静かに流れている。


――まあ、この店はいつもこんな感じだ。常連客たちも午後になると集まってきて、それぞれの好みの飲み物を注文する。近衛兵の青年はいつもケーキを真剣な顔で食べているし、商人ギルドのおじさんは紅茶を飲みながら世間話に花を咲かせる。魔族の外交官はブラックコーヒーを飲んで、カフェインでテンションを上げている。


――今日は午後三時過ぎ。そろそろ常連客たちが来る時間だ。


カウンターの向こう側では、エリナとリュミエが並んで座っていた。エリナは新しいハーブブレンドのレシピをノートに書き込みながら、リュミエにハーブの特徴について説明している。リュミエは真剣な表情で聞き入り、時折質問を投げかけていた。


「リュミエちゃん、このハーブは温度が重要で、お湯の温度が少し違うだけで香りが全然変わってくるのよ」


「温度、ですか」


「はい。熱すぎると苦味が出るし、ぬるすぎると香りが引き立たないんです」


――いい会話だな。リュミエもエリナから学んで、どんどん成長している。


私は満足げに頷き、ポットの温度を確認した。ちょうど良い温度に保たれている。


――いつも通りの、穏やかな午後だな。


そんな平和な時間の中、突然扉が開いた。


**


ガラガラガラ――


扉を開く音が、いつもより大きく響いた。そして現れたのは、背の高いががっしりとした体格の男性だった。


「ここが噂の喫茶店か」


声は低く、地響きのように響く。長い銀髪を後ろに結び、鋭い瞳は金色に光っている。その目には、常に警戒心を帯びたような厳しさが宿っていたが、同時に純粋な好奇心も垣間見えた。


「竜族の方ですね」


マスターが自然に挨拶を返す。異世界の扉から来る客の多様性には、もう慣れっこになっていた。


「そうだ。わしはヴォルカン・スケイルブレイズ。山岳の竜族だ」


竜族の来訪者、ヴォルカンは堂々と名乗り、店内を見回した。その視線は、まるで獲物を探す竜の目だった。


「お客様、いらっしゃいませ」


リュミエが控えめに挨拶をすると、ヴォルカンは彼女を見下ろして(かなりの身長差のため)小さく頷いた。


「若い娘がいるな。良い店だ」


ヴォルカンはカウンター席に座ると、大きな手でテーブルを軽く叩いた。その音は、山の奥で聞こえる竜の咆哮を思わせるような力強さがあった。


「何かお飲み物はいかがですか?」


マスターがメニューを差し出すと、ヴォルカンはそれを一瞥して首を振った。


「メニューなどいらん。わしが求めているのは、熱い飲み物だ」


ヴォルカンの目が輝いた。


「熱くて、湯気が立ち昇るようなものを!」


――熱い飲み物か。紅茶かコーヒーでいいだろう。


「紅茶かコーヒーはいかがでしょうか?」


「どちらでもよい。ただし、わしの体に合わせて、とにかく熱いものを頼む」


マスターは頷き、紅茶を淹れ始めた。ポットから沸騰したてのお湯を注ぎ、丁寧に紅茶を淹れる。


「お待たせしました。紅茶です」


マスターがカップを置くと、ヴォルカンはその紅茶を一瞥して、顔をしかめた。


「ぬるい」


――ぬるい?この温度は、普通に熱いはずだが。


「すみません。熱いものをお出しするよう、もう一度淹れさせていただきます」


マスターは一度カップを下げ、今度はもっと熱いお湯で紅茶を淹れた。カップは熱くて持てないほどだった。


「こちらは、より熱く淹れました」


ヴォルカンは紅茶を一口飲んだ。そして、また顔をしかめた。


「まだぬるい」


――まだぬるい?これ以上熱くするのは無理だが。


「すみませんが、これ以上熱くするのは……」


「何だと」


ヴォルカンの目が鋭く光った。その目つきは、まるで竜が獲物を見つめた時のようだった。


「わしは山岳の竜族だ。わしの住む山では、岩が溶けるほどの熱さがある。こんな生ぬるい飲み物では、わしの喉は潤わない」


――岩が溶けるほどの熱さ?それは、普通の飲み物じゃ無理だろう。


「すみませんが、人間が飲める温度には限界が……」


「人間が飲める温度?」


ヴォルカンが笑った。その笑い声は、山に響く雷鳴のようだった。


「わしは竜族だ。わしの体は、人間とは違う」


ヴォルカンは立ち上がり、カウンターの奥へ歩き始めた。


「お客様、そこは……」


「待て。わしが自分で、適温の飲み物を作ってやろう」


ヴォルカンはポットに手を伸ばした。その瞬間、ポットが光り始めた。


――あれ?


ポットが赤く光り、中のお湯が激しく沸騰し始めた。湯気が噴き出し、店内に立ち込めた。


「これだ!これこそが、わしの求める熱さだ!」


ヴォルカンは満足そうな表情を浮かべ、ポットを傾けて紅茶をカップに注いだ。しかし、その温度は尋常ではなかった。カップが熱で赤くなり、湯気が竜の咆哮のように立ち昇っている。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


エリナが慌てて立ち上がった。


「その温度では、カップが割れてしまいます!」


「割れる?この程度の熱で?」


ヴォルカンは不思議そうに首を傾げた。


「わしの住む山では、岩もこの程度の熱で溶ける。カップくらい、平気だろう」


「いえ、カップは割れますし、人間はその温度の飲み物は飲めません!」


リュミエも慌てて止めに入った。


「人間?わしは竜族だ。わしの体は、この程度の熱には耐えられる」


ヴォルカンは平然とした顔で、熱々の紅茶を一口飲んだ。その瞬間、店内に静寂が流れた。


「……おお」


ヴォルカンの目が、初めて満足感で輝いた。


「これだ。これこそが、わしの求める味だ。湯気に包まれたこの感覚……まるで、わしの故郷の山のようだ」


ヴォルカンは紅茶をゆっくりと味わいながら、深く息を吸い込んだ。


「この湯気……わしの肺を浄化してくれるような気がする」


**


店内には、ヴォルカンが作り出した湯気が立ち込めていた。ジャズのBGMも、その湯気でかすんで聞こえるほどだった。


「マスター、大丈夫ですか?」


エリナが心配そうに尋ねた。


「ああ、大丈夫だ。でも、店内が蒸し風呂みたいになってしまったな」


――このままでは、他のお客様が困るだろう。でも、ヴォルカンを止めるのは難しい。


ヴォルカンは二杯目の紅茶を飲みながら、満足そうな表情を浮かべていた。


「久しぶりに、こんなに熱い飲み物を飲めた。わしの住む山では、いつもこんな温度の温泉があるんだ」


「温泉ですか」


「そうだ。岩の間から湧き出る、熱々の温泉だ。それを飲むと、体の芯まで温まる」


ヴォルカンは紅茶を一口飲み、深く息を吐いた。その息は、まるで湯気のように見えた。


「この店の飲み物は、わしの故郷を思い出させる。久しぶりに、懐かしい気持ちになった」


「それは、良かったです」


マスターが答えると、ヴォルカンは少しだけ笑みを浮かべた。その表情は、最初に見せた厳しい顔とは全く違う、穏やかなものだった。


「わしは、長い間旅をしている。山を離れて、様々な場所を訪れてきた。しかし、どこに行っても、わしの体に合う熱さの飲み物は見つからなかった」


「それは、大変でしたね」


「大変だった。わしの体は、人間ほど熱に弱くない。だから、普通の熱さの飲み物では、わしの喉は満足しない」


ヴォルカンは紅茶を飲み干し、カップを置いた。


「しかし、今日ここで、わしが求める熱さを再現できた。これで、わしの旅は少し楽になるだろう」


その時、扉のベルが鳴った。


チリリン。


――新しいお客さんか。でも、店内が湯気で真っ白だから、入ってきにくいだろう。


扉から入ってきたのは、商人ギルドのおじさんだった。


「おお、マスター。店内がすごいことになっているな。蒸し風呂みたいだ」


「すみません。今、特別なお客様がいらっしゃって……」


商人のおじさんは店内を見回し、ヴォルカンの姿を見つけた。


「おお、竜族の方じゃないか。久しぶりだな」


「おお、商人か。覚えているぞ。昔、山の麓で会ったことがある」


ヴォルカンと商人のおじさんは、顔見知りだったようだ。


「商人、ここは良い店だ。わしが求めていた熱さの飲み物を、作ってくれる」


「それは良かった。でも、マスターは困っているんじゃないか?」


商人のおじさんがマスターを見ると、マスターは苦笑いを浮かべた。


「店内が湯気で真っ白になってしまいまして……」


「それは、すまなかった」


ヴォルカンが少し恥ずかしそうに言った。


「わしは、熱さに慣れているから、つい……」


「いえ、お客様が満足していただけるのが一番です」


マスターが答えると、ヴォルカンは少し考え込んだ。


「そうか。わしの好みは、普通の人には合わないかもしれないな」


ヴォルカンは立ち上がり、ポットから手を離した。瞬間、ポットの光が消え、お湯の沸騰が止まった。


「すまなかった。わしのわがままを聞いてくれて、ありがとう」


「いえ、お客様が満足していただけたなら、それで十分です」


マスターが答えると、ヴォルカンは満足そうに頷いた。


「商人、この店は本当に良い店だ。わしの好みに合わせて、熱い飲み物を作ってくれた」


「それは良かった。でも、次に来る時は、少し控えめにしてもらえるといいな」


商人のおじさんが笑いながら言うと、ヴォルカンも笑った。


「そうだな。わしも、もう少し周りを気にするようにする」


**


ヴォルカンは紅茶代を支払い、店を出て行こうとした。その時、振り返ってマスターに言った。


「マスター、また来ても良いか?」


「はい、いつでもどうぞ。ただし、次は少し控えめな熱さでお願いしますね」


ヴォルカンは大きく頷いた。


「分かった。次は、普通の熱さで頼む」


ヴォルカンが扉を出て行く時、その背中からはまだ少し湯気が立ち昇っていた。


扉が閉まった後、マスターは店の窓を開けて、湯気を外に逃がした。


「すごかったですね。あんなに熱くできるなんて、竜族の力は本当にすごいんですね」


エリナが感心すると、リュミエも頷いた。


「私、あの温度の飲み物、絶対に飲めません」


「普通の人間には、無理だろうな」


マスターが苦笑いを浮かべながら答えた。


「でも、お客様が満足してくれたなら、それでいい」


店内の湯気が徐々に消えていき、再び穏やかな空気が戻ってきた。商人のおじさんは自分の席に座り、いつもの紅茶を注文した。


「マスター、あの竜族のヴォルカンさん、実は山岳では有名な旅人なんだよ」


「有名な旅人ですか」


「そうだ。長い間、様々な山を巡って、各地の伝説を記録している。でも、体質のせいで、どこに行っても満足できる熱さの飲み物が見つからなくて、いつも困っているらしい」


「それは、大変ですね」


「でも、今日ここで、やっと見つけられたようだ。きっと、また来てくれるだろう」


商人のおじさんが微笑みながら言うと、マスターも微笑んだ。


――今日も、新しいお客様との出会いがあったな。ヴォルカンの純粋な感動を見ていると、こちらまで嬉しくなった。


店内には、再び穏やかな時間が戻ってきた。エリナとリュミエは、またハーブの話を始めた。近衛兵の青年が店に入り、いつものようにケーキを注文した。


「マスター、店内がすごく温かいですね。何かあったんですか?」


「ああ、ちょっと特別なお客様がいてね。でも、もう大丈夫だ」


――まあ、少し騒がしかったけれど、結果的には良い一日になったな。


**


その日の夜、閉店後。


私はカウンターで一人、コーヒーを飲んでいた。エリナは帰っていき、リュミエは作業を終えて引き上げていた。


――今日は、大変だったな。


ヴォルカンの来店、ポットの沸騰、店内の湯気。いろいろなことがあったが、結果的には良い一日になった。


――ヴォルカンが、やっと満足できる熱さの飲み物を見つけられたようだ。これからも、また来てくれるだろう。


窓の外を見ると、夜の街が静かに広がっている。扉の向こう側は、今夜はどこに繋がっているのだろう。


――この店には、色々な客が来る。


エルフ、人間、魔族、吟遊詩人、スライム、ドワーフ、そして今日は竜族が来てくれた。


――でも、どの客も、それぞれの好みを持っている。ヴォルカンのように、普通の人には理解しがたい好みの客もいる。


――でも、それがこの店の良さでもあるな。どんな好みの客が来ても、できる限り対応する。それが、この店の役割だ。


私はコーヒーを一口飲み、満足げに微笑んだ。


――明日も、新しい客がやってくるだろう。


それがどんな客であれ、どんな好みであれ、俺は変わらず接客を続ける。


――それが、この店の役割だから。


翌日の午後。


店内は穏やかな空気に包まれていた。常連の商人ギルドのおじさんが紅茶を飲みながら、新聞を読んでいる。


その時、扉のベルが鳴った。


チリリン。


――お客さんか。


扉から入ってきたのは、昨日来た竜族のヴォルカンだった。


「マスター、また来たぞ」


「いらっしゃいませ、ヴォルカンさん」


ヴォルカンはカウンター席に座ると、昨日とは違って、控えめに注文した。


「今日は、普通の熱さの紅茶を頼む。わしも、周りのことを考えてみた」


「ありがとうございます。普通の熱さで淹れさせていただきますね」


マスターが紅茶を淹れると、ヴォルカンはそれを一口飲んだ。


「……うーむ、やはりわしにはぬるいが、これでも我慢しよう」


ヴォルカンは少し物足りなそうな表情を浮かべたが、それでも満足そうに頷いた。


「でも、昨日ほど熱くなくても、この店の飲み物は美味しい。わしも、周りを気にするようになったからな」


「それは、ありがたいです」


マスターが答えると、ヴォルカンは少しだけ笑みを浮かべた。


「商人から聞いたんだが、この店には様々な客が来るらしいな」


「はい、そうです。様々な種族の方が来てくださいます」


「それは良いことだ。わしも、様々な種族と交流したい。だから、また来ることにした」


ヴォルカンは紅茶を飲みながら、店内を見回した。


「この店は、わしにとって特別な場所だ。やっと、満足できる熱さの飲み物を見つけられたからな」


「それは、嬉しいです」


「次は、もう少し熱くしてもらえるか?ただし、店内が湯気で真っ白になるほどではなくて」


「かしこまりました。ヴォルカンさん専用の、少し熱めの紅茶を用意させていただきますね」


マスターが答えると、ヴォルカンは満足そうに頷いた。


「ありがとう。わしは、長い間旅をしている。そんなわしが、もう一度戻ってきたいと思える場所を見つけられた。それは、本当に嬉しいことだ」


ヴォルカンは紅茶を飲み干し、料金を支払った。


「また来るぞ、マスター」


「はい、お待ちしております」


ヴォルカンが扉を出て行く時、その背中は昨日よりも少しだけ軽やかに見えた。


扉が閉まった後、マスターは心の中で思った。


――良かった。ヴォルカンも、この店を気に入ってくれたようだ。


――この店には、様々な好みの客が来る。でも、どの客も、それぞれの楽しみ方を見つけてくれる。


――それが、この店の役割なんだろうな。


店内には、穏やかな時間が流れていた。エリナとリュミエは、ハーブの調合について話し合っていた。


――今日も、平和な一日だ。


私はポットを温めながら、次の客を待った。


今日もまた、この店で小さな物語が生まれている。


――今日も平和な一日だ。


山岳の竜族ヴォルカンとの出会いを通じて、それぞれの客が持つ独特な好みと、それを満たすことの大切さを再確認できました。ヴォルカンの求める「熱さ」は、普通の人間には理解しがたいものでしたが、それでも可能な限り対応することで、彼の心を開くことができました。


この店では、どんな好みの客が来ても、できる限り対応する。それが、この店の役割であり、魅力でもあります。ヴォルカンのように、長い旅路の末にやっと満足できる場所を見つけられた客がいることは、この店を続けていく上での大きな励みになります。


次回は、月読の司祭とミルクの儀式。満月の夜、月神を信仰する司祭が来店し、「聖なる白き液体(=牛乳)」を求め、神事のようにカフェラテを味わう。お楽しみに。

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