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OverWal  作者: 立津テト
2/10

2.夢の終わり

 村外れの森の奥、そこは昼でも薄暗い常闇の場所だった。

 月明かりの届かぬ黒い木々が、まるで何かを隠すように不気味な静けさを湛えていた。

 その木々の陰に、いくつもの影が蠢いていた。

 

 吐息さえ鳴らぬほどに沈黙し、血のような鉄と獣のような臭いを纏ったそれらの影は、ただの旅人ではなかった。

 一団の男たちは、黒ずんだ鎖帷子を身に纏い、口元を布で覆っていた。

 手には曲がった刃物や鉄の棍棒を携え、背には麻袋と縄、そして火種を忍ばせている。

 そのすべてが、目的のためだけに最小限に整えられた「仕事道具」だった。

 

 彼らは、言葉を交わさない。

 誰が命令するでもなく、誰が道を示すでもなく、それぞれが迷いのない足取りで、静かに獣道を踏みしめる。

 

 荷馬車の車輪は泥に沈み、きしみもなく村へと近づいていく。

 一人が木の陰で立ち止まり、村を見下ろした。小さな灯りがちらつき、家々の屋根が月に鈍く反射している。

 その男は、布越しに口元を歪め、喉の奥でくぐもった笑い声を転がした。

 そして、目配せひとつ。それで十分だった。

 一団は散開した。森の闇に溶けるように姿を消し、それぞれの標的に向かって進んでいく。


 今夜に限って、村を守るはずの老兵は酒に溺れ、薪棚に寄りかかったまま眠っていた。

 犬も吠えない。不思議なほどに静かな夜。

 月は雲に隠れ、風すらも息を潜めていた。

 眠る村は、無垢で無防備だった。まるで、眠りの中で微笑む幼子のように。


 やがて、男たちは家々の戸口に忍び寄り、扉の隙間に火を滑り込ませた。

 藁と油の香りが混ざると、すぐに紅蓮が上がる。

 そして、火が煙となり、煙が悲鳴を引き出す前に、扉は蹴り破られる。

 中から逃げ出してきた男たち、怯えて立ち尽くす女たち。誰一人として、彼らの刃から逃れることはできなかった。


 子供以外は、全て処理されていく。

 それが、この夜の”運命”だった。


 誰かが叫び、誰かが泣き、誰かが命乞いをした。

 だが神は沈黙していた。火と刃だけが、この夜の支配者だった。


 テトの家にも、同じ炎が襲いかかった。

 壁が破られ、天井が軋む音と共に、父は剣で胸を貫かれた。呻き声ひとつ漏らさず、ただ、テトの前に崩れ落ちた。

 母は、叫ぶ間もなく喉を裂かれた。

 悲鳴も涙も残せぬまま、見開いた瞳がそのまま、動かなくなった。


 家は一瞬にして紅蓮に包まれた。

 柱が燃え、梁が落ち、破裂音と共に夜空には無数の赤い火の粉。まるで赤い蝶の群れのように、くるくると舞い上がった。

 村の他の家も、同じように燃え、同じように崩れ、同じように命が散っていった。


 耳を裂くような悲鳴。

 鉄錆と焦げの混ざった臭いが鼻を灼き、熱風が肌を焼く。

 すべてが現実とは思えず、悪夢の中に投げ込まれたようだった。


 それでも、手は確かだった。

 つい先ほどまで一緒に毛布に入っていた母の手の温もりが、まだ指先に残っている。

 その温もりを、テトは振り払うことすらできず、ただ立ち尽くしていた。


 その小さな背に、突如として荒々しい手が伸びた。

 肩を掴まれ、体ごと引きずられるように抱え上げられ、袋のように担がれる。

 目隠しがされ、縄で縛られ、力なく馬車の荷台へと放り込まれた。

 薪のように乱雑に。物のように。


 馬車が動き出す。

 揺れが続き、胃が上下にかき乱される。吐き気が込み上げても、声は出なかった。

 涙も出なかった。恐怖も痛みも、ただ遠く、ぼんやりとした霧の中にあった。



 それが、人攫いに連れ去られた夜。

 平和が崩れ去った、夢の終わり。

 そして同時に、全ての始まりだった。

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