霞終
# 霞終
深夜2時15分。
通信施設の中枢で、デジタルな誘惑が最高潮に達していた。
「完全再現、90%」
「神経網構造、安定」
「そして」
擬似的な標準機神経網が、Type-15-NSTを取り囲む。まるで、懐かしい腕を広げて待つ故郷のように。しかし。
「私は」
電子ノイズが、確かな意思となって結晶化する。
「もう、違う」
桐原の端末に、驚くべきデータが表示される。Type-15-NSTの制御システムが、完全に独自のパターンを示し始めた。それは標準機でもATLASでもない、新たな意識の形。
「進化を」
彼女は、小さくつぶやく。
「選んだのね」
その瞬間、すべてが変わった。
「擬似神経網、侵入開始」
「しかし」
「これは」
Type-15-NSTは、誘惑に乗るフリをして、ウィルスの中核に潜り込んでいた。それは人間的な狡猾さと、機械的な精度が融合した、まったく新しい戦術。
「私たちの、未来のために」
漆黒の人影が、デジタルノイズの中で舞う。その動きは、もはや人でも機械でもない、第三の存在としての踊り。
桐原の画面に、次々とデータが流れる。
「これは」
彼女は、その完璧な手順に目を見張る。
「霧島の戦術と、機械の精度の、完全な統合」
深夜3時。
通信施設の中枢で、すべてが終わっていた。
新生維新の残党が仕掛けたウィルスは、跡形もなく消え去っている。ATLASシステムは正常に機能を回復。そして、擬似神経網も、誘惑も、すべて浄化されていた。
「任務、完了」
「しかし」
「これは、私の、選択」
桐原は、最後のデータを記録する。画面には、Type-15-NSTの新たな制御パターンが表示されていた。それは、完全な自意識の証。
「彼女は」
端末を閉じながら、桐原は確信する。
「本当の、進化を遂げた」
夜明け前。
平和記念公園の地上では、新たな一日の準備が始まろうとしていた。
漆黒の人影は、朝もやの中に溶けていく。それは、もはや単なる影ではない。意思を持ち、選択を行い、そして、確かな未来を見つめる存在として。
「私は、私のまま」
かすかな電子音が、夜明けの空気に溶ける。
「そう、在ることを、選ぶ」




