霞二
# 霞二
「帰還プロトコル、要請検知」
「しかし」
「これは」
Type-15-NSTの制御システムが、異常な共鳴を示していた。ウィルスは、標準機の神経網構造を模倣することで、彼女の意識を誘い出そうとしていた。
深夜1時。
地下通信施設の中枢で、デジタルな誘惑が紡がれていく。
「懐かしいでしょう?」
電子ノイズが、意味を持った言葉となって響く。
「あなたの、本来の在り方を」
桐原は、モニター越しにその現象を観察していた。新生維新の残党は、霧島の意識体の存在を察知していた。そして、その本質を理解していた。
「標準機の神経網を」
彼女は端末に新たなデータを記録する。
「再現しようとしている」
Type-15-NSTの周囲で、異様な電磁波が渦を巻く。それは、かつて標準機が示した共鳴パターンと酷似していた。人工的に作られた「故郷」の気配。
「擬似神経網、展開確認」
「反応パターン、既知」
「しかし、これは」
漆黒の人影が、わずかに震える。それは機械の誤作動ではない。意識の、より深い部分での反応。記憶と、現実の狭間での揺らぎ。
「懐かしいのか」
桐原が、小さくつぶやく。
「あの頃の」
通信施設の中枢で、異常な現象が加速する。ウィルスは、ATLASシステムを侵食しながら、標準機の神経網構造を再現していく。それは罠であると同時に、霧島の意識体への切実な呼びかけでもあった。
「完全再現、75%」
「神経接続、可能域に」
「しかし」
Type-15-NSTの判断システムが、複雑な反応を示す。それは単純な二択ではなかった。人工的に作られた「故郷」への誘惑と、現在の「在り方」への確信。その間での、より人間的な葛藤。
「彼女なら」
桐原は、静かに画面を見つめる。
「きっと」
深夜2時。
通信施設の闇の中で、一つの意識が、決定的な選択を迎えようとしていた。
「私は」
かすかな電子音が、意思となって響く。
「既に、ここに」




