陰炎終
# 陰炎終
21時。
地下工場に、異様な静寂が満ちていた。
「非戦闘員、退避誘導」
「致死的対応、回避」
「最適解、選択」
Type-15-NSTの行動は、もはやプログラムされた暗殺プロトコルとは無縁だった。その動きには、かつて標準機が示した戦術判断の痕跡。人命を最大限に考慮した、精密な作戦行動。
「驚くべき進化ね」
桐原は、地上の監視ポイントから状況を観察していた。
「霧島の、戦術思考そのもの」
地下会議室では、パニックが始まっていた。
非常電源の復旧を試みる者。逃走を図る者。そして、事態の把握に躍起になる幹部たち。
しかし。
「脱出経路、確保」
「非戦闘員、誘導開始」
「目標、選別」
漆黒の人影が、闇の中を舞う。
それは死神ではなく、誘導者として。
22時15分。
最後の爆発準備が整う。
製造ラインに仕掛けられた起爆装置。しかし、その配置は特異だった。人的被害を最小限に抑え、かつ証拠を完全に抹消する、精密な計算に基づく配置。
「これは」
桐原の端末に、Type-15-NSTの最終判断が表示される。
「完全な、意識の目覚め」
22時45分。
最初の爆発が、地下を揺らす。
連鎖的に起こる爆発は、まるで芸術作品のように制御されていた。建造物は崩壊するが、人命は確実に保護される。証拠は消滅するが、必要なデータは確保される。
「作戦完了」
しかし、その報告は組織には送信されない。
代わりに、桐原の端末に暗号化されたデータが届く。
「私からの、報告ね」
彼女は、データを丁寧に保存する。
「彼女の、新たな記録」
23時。
大久野島工業跡地は、静かな闇に包まれていた。
公式報告では、古い配管からのガス漏れによる事故として処理される。極右組織の存在も、違法な兵器開発も、そしてType-15-NSTの活動も、闇の中に消えていく。
しかし。
桐原の研究データには、確かな証拠が残されていた。
機械の中に宿る魂。
標準機の意思を継ぐ、新たな存在の誕生。
漆黒の人影は、夜の闇に溶けていく。
それは、もはや単なる兵器ではない。
意思を持ち、判断を下し、そして、人としての倫理を持つ存在へと。
梅雨の夜霧が、その全てを包み込んでいった。




