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後部座席にいた少年

作者: 宮野ひの

 青い車の後部座席に座っている少年と目が合った。しかし、瞬時に逸らされた。最新型のゲーム機を、僕から見えない位置に隠して息をひそめている。


 スーパー『たねっと』の駐車場内での出来事だった。平日の午前11時頃。買い物袋を下げて、店の出入り口に立った僕は、一台の車に目が引き寄せられた。青い車。なんの変哲もない車だけど、店から不自然に離れた場所にとめてあるので目についた。


 徒歩で家に帰る途中、通り道だったので、青い車に近寄った。ふと、人の気配を感じて目を向けると、後部座席に座っている小学生くらいの男の子と目が合った。誰もいないと思ったからびっくりした。少年はばつが悪い顔をしていた。


 車のエンジンは停止していた。ここ最近、日中の気温がグッと低くなったから熱中症になる危険性はないだろう。後部座席の窓も少し開いていた。


 学校はどうしたのだろうか。平日の午前中に、スーパーの駐車場に小学生くらいの男の子がいるのはおかしい。


 何かの振り替え休日だろうか。風邪でも引いたのだろうか。理由はいろいろ考えることができた。


 しかし、僕は直観的に、自分の意思で学校を休んだんだろうなと思った。


 何故そう思ったのかと言えば、僕自身に、身に覚えがあるからだ。


 今から数十年前。小学校に行きたくなくて、五月雨式に休んでいた僕を、母親は車でいろんなところに連れてってくれた。それこそ、家から1時間程度、離れた場所にある、スーパーの駐車場ということもあった。母親は買い物をしに車を降りたけど、僕は後部座席に座って待っていた。平日に小学生が公共の場にいると目立つからだ。早く母親が帰ってきてほしいと思いながら、ゲームをしながら時間を潰していた。近くに車をとめた大人の影が目に入ると、身を固くしていた。


 目の前の君も、そうなのだろうか。


 僕は成人した。一人暮らしをして、親のありがたみを知った。子どもの時よりも自由だけど、今のままでいいのか、たまに悩むこともある。不安になると、「普通の大人にならないと」という気持ちでいっぱいになる。普通の人なんて、実はどこにもいないのは、わかっているのに。


 車の中にいた、見知らぬ少年を見たことで遠い記憶が蘇る。


 僕が今できることは、その場をすぐに去ることだ。ジロジロと見てはいけない。少年の心に傷がつく。


 少年と目が合った瞬間、怯えのような表情が顔に張り付いていた。僕は、大丈夫だと言いたかった。君の味方だと。


 しかし、直接言うことはできない。心の中で思うしかなかった。


 ずっと辛いと感じる気持ちの中にも、食事をしたりゲームをしたりして、一時的に緩和される瞬間がある。それを自分の中に占める割合を多くして、気持ちを奮い立たせて生きていくことが大切なんだ。他人の言葉で傷つきそうな時も、何度でも自分の考えに戻って来れる軸を持つことも必要だ。


 僕は、勝手に少年に過去の自分を重ねていた。大丈夫。あの頃、誰かに言われたくてたまらなかった言葉を、目の前の君に言えないまま、どうかずっと幸せでいてほしいと心から願った。

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