昨日は昨日!今日は今日!明日は明日!
「あー頭痛え」
「それはこっちのセリフですよ、姐さん」
とあるヒーローの1日は、最悪な気分でゾンビ共を蹴り飛ばして始まる。
「くそ、邪魔だ邪魔だ……今何時だ?」
「もうすぐ8時だぞ。急がなきゃいけないんじゃないのか?」
彼女はそう告げられると、とてつもなく嫌そうな顔をしてその場から消え去った。
後に残されたのは未だに呻き声を上げるゾンビと、ソレを眺める一部の元ゾンビだけだった。
「あの、モヒカンさん、今消えましたけど……」
「そうか、お前は見るのも初めてか……アレが姐さんの異能だよ」
「まさか、瞬間移動とか……?」
「ガッハッハッハ!そうなら、まだ可愛いもんだな」
そんな、まさか自分の事を話しているなんて思いもしない彼女はヒーロー本部へと来ていた。
「おはようございます、部長」
「おはようございます。本日は昨夜に起きた事件の記録制作ですね、よろしくお願いします」
「わかりました」
彼女は普段はヒーローとして活動をしているが、辞めたい旨を伝えた際に、どうしても辞めないでくれと頼まれ、その結果、折衷案としてヒーロー活動を減らす代わりに裏方の事務作業をする事となった。
このようにして、最悪のストレス環境へと放り込まれた彼女は、立派な社畜へとなっていった。
「あなた、少し前に追加された資料は見たの?抜けているわよ」
「こことここ、誤字があるわね」
「そもそもあなた、この程度でよくこんな部署に入れたわね……もっと精進なさい」
仕事は出来るが人を基本的に見下している上司、常に更新され続ける情報は纏めても纏めてもやり直しばかり。
極めつけは休日の存在しない、過酷な労働環境。
悪党は休日だからって休んではくれないし、こういった情報の更新、悪党の記録纏めには自分もお世話になっていたからこそ、尚更、自分だけ休んだりしにくい。
「はい、分かりました」
だが、どれだけストレスを抱えても、言い返したくなっても彼女は顔色一つ変えずにニコニコと笑顔で返事をする。
例え、努力があまり実を結ばなくても、クソな労働環境でも、そこに合わせて一生懸命努力を続ける。彼女は生真面目な性分なのだ。
溜め込むタイプだからこそ、弾けた時の弾け方も────
「はぁー、急に暴風でも起きてヒーロー本部ぶっ潰されねえかな」
「お、珍しいですね、姐さんが愚痴るなんて」
「ああ、あのクソ上司……何度頭の中でボコボコにしたことか、いっそ俺も悪党として世の中をめちゃくちゃにしようかな……教えてくれよ、悪党の事」
確か、こいつは重要指名手配の一人だった気がする。
悪党のなり方とか、チュートリアルとか手続きとかってあんのかな。
そんな事を結構真面目に聞いたってのにこのクソノッポ、笑いやがって。
「ノホホホホホホ!皆さん、彼女が悪党になるって言い出しましたよ。もう何回目ですか!?ノホホホホホホ!」
「姐さんには無理だよ!バーカ!」
「あー?あー……オロロロロ」
「おいおい、大丈夫かよトゲトゲ……ほら、全部出しちまえ。水もあるからなー」
「キター!偶に愚痴って悪党になりたがる姐さん!大抵5分で忘れるのに、いっつも真剣に切り出すのがおかしくておかしくて……ワハハハハハハ!」
「「「それなー!!!!」」」
クソ共が……全員…取り敢えず転ばしてやる。
「「「あいで!?」」」
「クソ共が……俺を怒らせるからそうなるんだよ、わーはっはっは!」
そうだ、そもそも俺はなんてわざわざ酒の席で小難しい事を考えてんだ。
そういう場所じゃないだろ、ここは!
「よーし、酒が足んねぇからこーなるんだ!店主、もっと酒を持ってこい!」
「あいよ、今日は一緒に樽で飲むか。バカ共にはバカ共用にいくつか樽置いとくから好きに飲めや」
「おーし、飲むぞ、のむぞ!総員傾聴!!」
「お、なんか始まったな」
「よーし、いいぞー!もっとやれー!」
「いよっ!姐さん世界一!」
転ばせた後、踏みつけてわからせたノッポの上に立ち、俺はここにいる全員が注目してることを確認してからグラスを掲げた。
「今日というクソッタレな日から、明日というクソッタレな日へ!カンパーイ!!!!」
「「「おー!!」」」
そう言って、思いっきり傾けたグラスは歯に思いっきりぶつかって、中身の八割近くは溢れていったが、気にしないことにした。
酒を飲む時にいちいち細かい事を気にしてたら酒が不味くなるからな、仕方ない、仕方ない事だ。
……溢れた酒がどこに流れていったか。それを語るのはまた今度にしよう。そうしよう。