第12話 いまのはなし1【寿人④】
『カオヤマ空港』から事務所のあるゼンビに向かうための列車を見つける。その電車に無事に乗りこめた俺は、窓際の席に座っていた。
(……思ってたより、随分早くここに戻って来られたな)
ポツポツと空席も目立つ列車の中。窓から見えるたいして懐かしくもない景色が、ビュンビュンと過ぎていく。その光景を、俺は気分良く眺めていた。
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『医療都市アレクリン』から飛びたった飛行船たち。それらはすべて、国内随一の規模を誇る『カオヤマ空港』に着陸する。
空港に着いた瞬間、威圧的な甲高い電子音が鳴る。警備ロボットのお出迎えだ。
「ビビッ! ジョウゴヒサトサマ! コチラ! ダイサンケンサシツヘオコシクダサイ!」
「はい、はい」
「ヒサト」のアクセントを少し可笑しく思いながらも、俺は素直にロボットの誘導に従った。
その後、俺は半日のあいだ拘束されてしまった。『医療都市アレクリン』に入るときよりも、仰々しい検査を受けさせられたのだ。
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「マモナク、キシラク〜。キシラク〜。ミギガワノ〜トビラガヒラキマス。オオリノカタハ〜、アシモトニオキオツケクダサイ」
電車内にアナウンスが響き渡る。事務所の最寄駅にたどり着くことを教えてくれる合図だ。
「よいしょ」
手を真上に突き出し、背を伸ばす。体のコリをほぐし、降りる準備をする。準備といったものの、ほとんど荷物は持っていない。というか、『アレクリン』から何かを持ち出すためには、特別な許可がいるらしい。
空港で買ったよく知らないゆるキャラのクッキーを持った俺は、すぐに降りる準備を終えた。
すっかり暗くなってしまった。事務所の前にたどり着いた俺は、ドアノブに手をかける。ドアを開けると、親父さんが難しい顔で仁王立ちをしていた。いろいろと言いたいことがあるのだろう。
「——おかえり」
それでも、親父さんが放った言葉は、その一言だけだった。
「ただいまです、親父さん」
俺も短い言葉で返事をする。
「今日は疲れたろ。明日、ゆっくり話そうや」
そう言って、親父さんは振り向いて事務所の奥へ歩いていく。
「……はい」
小さく頷いて、俺も奥へ歩いていく。
階段を上がってすぐ目の前の部屋。ドアを開き、部屋の中に入ると、見覚えのある光景だ。
あの日のまま変わらない、俺の部屋。
壁に貼られたポスターや、隙間が目立つ本棚。部屋の隅に置かれている筋トレ道具。机の上にあるのは、小さい頃の俺と母さんの写真。
軽く積もった埃を払って、椅子に座って一息つく。
感慨に浸ってみたものの、この部屋を離れていたのは、1ヶ月間だけである。そのことを思い出して、小さく吹き出してしまう。
「……さて」
荷物は置き終わった。ささっと、風呂に入って今日は寝よう。
なんとなく感じていた負い目は、親父さんの顔を見た途端、薄くなっていた。
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翌朝のこと。俺と親父さんは朝食を食べながら、ダイニングで会話を交わしていた。
「島はどうだった?」
「快適でしたよ。食べ物も美味しかったし」
親父さんの問いに、目玉焼きを乗せたトーストを頬張りながら答える。
「ふっ、お前はそればっかりだな。変わってないようで安心したぜ」
柔らかく笑う親父さんの表情。それに、俺もつられて笑う。
「……それに、いろいろと整理できたと思います。あの日の気持ちとか、考えていたこととか。今までなんとなく、夢だったから、目標だったからで、やってきた部分が理解できて、自分なりの答えをだせたような……」
「そうか……。たしかに、前よりもすっきりとした顔をしてるような気もすんな」
「そうですか? ……だとしたら、嬉しいです」
親父さんの言葉に、自然と心が弾む。
「よっしゃ!! じゃあ久しぶりに、『岩壁亭』にでも行くか!」
「すみません。親父さん。自分も久しぶりに登りたい気持ちは山々なんですけど」
「ん?」
「先約があって」
そう言って、俺は自室に放置していた携帯電話の液晶を見せる。
「そんならしょうがねえな」
親父さんは画面に映る文字を見て、納得したように笑う。
「いい人たちじゃねえか。ちゃんと、元気だってとこを見せてきな」
「はい! 行ってきます!!」
島に向かうときも同じセリフを言った。今回は、何倍も大きく元気だ。そんな「いってきます」が言えた。
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待ち合わせ場所は、事務所から快速で7駅離れた場所。
『キシクラ駅』から徒歩5分の個室居酒屋だ。
店に入り、「待ち合わせです——」と、伝え終わるよりも早く。
「大丈夫であるか!?」
突然の馬鹿でかい声に驚きつつも、俺はなんとか挨拶する。
「お久しぶりです……。保仁さん……」
「あほか! 何が何やら分からんやろ!」
「一旦、落ち着こうかー」
奥から出てきたのは、智章さんと憲剛さん。
明らかに出来上がってしまっている保仁さん。その保仁さんを無理やり、個室へと連れて行ってくれる。
「こっちだよー」
「はい。ありがとうございます」
健吾さんの案内に従って、奥の個室へと入って行く。
「まあ、座れや」
「はい……」
智章さんが指差した席に座る。
「久しぶり」
「お久しぶりです。蘭さん」
隣でおちょこに口をつけていたのは、蘭さんだった。
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ブルー役の湯沢保仁、グリーン役の村上智章、イエロー役の金森憲剛、ピンク役の鮫島蘭。全員、さまざまなメディアに引っ張りだこの4人。
豪華なメンバーが小さな個室に集まっている。そして、二通りの顔色をしていた。
べろんべろんに酔って、赤い顔をしている保仁さんと蘭さん。お酒に強い、普段通りの顔の智章さんと憲剛さん。
下戸である俺は、店員さんにウーロン茶を頼む。ソフトドリンクを待っている間、簡単に近況報告をしていた。
「急に〜!! 連絡もなしに〜!! 島に行くって〜! どうなのぉ!?」
これまで黙って日本酒をあおっていた蘭さん。そんな彼女が、俺の肩をばしばしと叩きだした。
「だる絡みやめーや。悪酔いしてへんか?」
「全〜然! 酔ってないわよぉ!」
「酔っとるやんけ!」
「酔ってるね〜」
「……っごっ! 我輩も〜〜!! 心配していたのだぞぉ〜……」
「お前も寝るなら寝るで構わんから! 壁にもたれかかれや!」
寝言のように同じ言葉を繰り返している保仁さん。彼は、智章さんの肩に顔を埋めていた。
「ははっ。ありがとうございます」
あの時のような雰囲気に、思わず笑みがこぼれる。
「……まあ、実際。驚いたわ。急に連絡来ーへんなったし。お前んとこの社長さんは『アレクリン』に行った、って言いはるしな」
「すみません……」
「まあー、余裕がない時はー誰にでもあるよねー」
「わしも責めとるわけやないで。まあ、でも、そうやな。元気になって戻ってきたならそれでええわ」
「そのことなんですけど……」
「ん?」
「帰る……っていうか、しばらくは『アレクリン』に残ろうと思ってます」
「えー?」
「……何でや? まだどっか悪いところでも——?」
智章さんが不安そうな顔になってしまった。俺は慌てて言葉を遮る。
「いえっ! そうじゃないんです。何ていうか、やり残したことができたと言いますか……」
「——女ね!」
机に突っ伏してしまっていた蘭さんが、急に声を上げる。
「びっくりしたぁー」
「急に元気になるやんけ」
「私の女の勘がビンビン言ってるわ! 間違いないわね!」
「女の勘って……。お前この前も振られてたやんけ。可愛い子見つけたー! ゆうて」
「それは関係ないでしょ!?」
「ははっ。皆さん、昔と同じで安心しました」
「誤魔化してないー?」
「そんなことないですよ」
「本当にー?」
「本当です。異性としてっていうより、今は恩人としての気持ちが大きいんです」
「そうなんだー?」
「はい」
はっきりと返事をする。憲剛さんはとぼけた顔をしているが、納得してくれたように思う。
「それで、じゃあいつアレクリンに戻るんや?」
「週末にでも戻ろうかな、と考えてます」
「えらい急やな!」
「はい。しっかり決着をつけないといけないと思ってるんで」
ここもはっきりと返事をする。心は決まっているのだ。
「かっこええやんけ。気張れや!」
「えらいのである!!!」
「またびっくりしたぁー」
「急に大声出すなや。耳キーンなるで」
「ははっ」
言い終わってスッキリしたのか、保仁さんは、今度は壁に体を預けていた。
「おっと、もうこんな時間か」
智章さんが腕時計に目をやってから、こちらを見つめる。
「まあ、なんや。いろいろあったし、これからも凹むことぐらいあるやろ」
「そうだねー」
「でも、連絡ぐらいはしてくれ。気力がどうしようもなかったら、『あ』の一文字だけでも構わん。お互い、生きてるってことが分かればええ」
「……うん、あの頃楽しかったっていうのは、間違いないしねー」
「ああ、あの頃からずっとわしらは、お前を——寿人を仲間だと思っとる」
「うん、うんー」
「いつでも頼ってくれてええんやからな」
「……はい! ありがとうございます!」
ちょっと泣きそうになってしまった。なんとかこらえて、精一杯の笑顔を作る。
「……んごっ!」
「なんやねん! あー、もー! 柄じゃないわ。こういうんの。本当は一番年上がやるもんやろ」
そう言いながら、智章さんは保仁さんの頭を叩いていた。
「ほら! 蘭も! 起きろ! 帰るぞ!」
「ちょぉっと〜! 何帰ろうとしてんのよぉう! 二次会行くわよ! 二次会」
「あほか! お前明日も仕事やろうが! それに保仁の嫁はんに頼まれてんねん! こいつ10時までに帰らせてくれってな」
智章さんはそう言って、保仁さんを背負っていた。
「僕は明日、午後からだけど〜。どこか飲み直す?」
「いえ、すみません。憲剛さん。先約があって」
「あ〜。そっかー。頑張ってねえー」
憲剛さんはおどけて笑う。
「はい」
俺は短く返事をした。
「今日は皆さんありがとうございました。懐かしかったし、嬉しかったです」
深く頭を下げながら、感謝の意を示す。
「こちらこそー」
「突然ですまんかったな。酔っ払いの相手もさせてしまって」
「誰が酔っ払いよ〜!」
「んごっ!」
「お前らや!」
「ははっ。本当にありがとうございました。皆さん。また帰ってきたら連絡します」
「おう!」
「またねー」
「んんっ! また会うのである!」
「ちゃんとぉ! ご飯食べなきゃだめよぉ!」
「おかんみたいなこと言うな」
「誰がおばちゃんよ!」
「言ってへんわ」
「それじゃあ、またな」
「はい!」
手を振って、駅の方へ去っていく皆に手を振り返す。
また会いたいな。いや、会おう。会わなくちゃ。今度は、残っている問題を解決してから。
俺は皆の姿が見えなくなるまで、その場を動けずにいた。




