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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
忘却の勇者
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32

 それは一匹ではなかった。家家の間から見える空は、一面その鷲で埋まっている。和やかで麗らかな夜に似合わない銃声が街に響いていた。


「軍だ」


 レオナルドが息を吐く。

 空から異形の鷲が落ちてくる。ベチャ、という音と共に、その中の一体がレオナルドの足元に落ちた。


「うぁ、うわぁああああああ」


 リアンがレオナルドの体を思い切り引き寄せる。先程までレオナルドが立っていたところにも鷲の死骸が落ちてきた。さらにもう一匹。リアンは盾で死骸を弾く。


「中の入ろう。出る幕じゃない」


 震えるレオナルドの肩を支えて、リアンは部屋の中へと戻る。ウィリアムの帰りが遅くなっている原因がアレにあることは明確だった。


 ベッドの上で銃声を怖がってレオナルドは耳を押さえて小さく丸まっている。リアンは祖父が心配で部屋の中をうろうろと動き回っていた。


(おじいちゃん)


 握り締めすぎて、掌に爪の跡がつく。


(帰ってきて。無事に帰って)


 恐ろしいのは、あの鷲の群れが勇者が倒さなければならない獣王ではないということだった。獣王はあの大きさではない。セニオ大陸でウィリアムが倒した獣王も、それと似た姿をした牛の大群に囲まれていたとウィリアムが言っていた。今回も同様だろう。


(おじいちゃん……!)


 悪寒がした。





「すまない、勇者よ」


 その頃ウィリアムは大神官と国王の前で膝をついていた。


「3年と約束したのに」


 大神官は心苦しそうに頭を振った。


「邪神メランが力を取り戻しつつある。勇者に力を与えた反動で弱っていた体も、もう復活しつつあるそうじゃ。対してレウコン様は弱っておる」


 神の願いを神以外の生命体が叶えた時、神はそれに代償を払って能力を授けなければならないこと。

 そのお礼を受けた生命体は代償を払いながらも能力を行使できること。

 代償を払わない能力を神以外の生命体が使う場合は、神がその代償を払うこと。

 神と神は互いに手出しができないこと。

 

 因果律で定まった四つのことが、事態を複雑にしていた。


 ウィリアムは腕輪を見た。レウコン様が授けたという代償を伴わないという転移能力のせいで、レウコン様が弱っていることは明らか。


「獣王を討ってくれ。このままでは数が増えすぎて対応ができなくなるのも時間の問題じゃ。騎鳥を貸す。頼んだぞ」

「はっ」


 ウィリアムは腕輪を擦った。転移。騎鳥と共に一瞬で宿前に帰った。鳥を止め、急いで宿の中に入る。


「おじいちゃん!」

「ああ」


 リアンはその目を見て悟る。


「行くんだね」

「そう――――――」

「僕は無理だ!!」


 ウィリアムが返事をするよりも早く、レオナルドが叫んだ。


「あ、あんなのだって思ってなかった!」


 震えて毛布に包まりながら、リアンとウィリアムの顔も見ずに叫ぶ。


「勝てっこない! 死んでしまうよ!!」

「お、お前――――」

「リアン」


 祖父の制止にリアンが口をつぐむ。剥いだ毛布が床に落ちた。胸ぐらを掴んだ手を緩める。


「む、無理だもん! あ、あんなんだって知らなかった! あれより大きいんだろう! 強いんだろう! 無理だ!!」

「もういいよ、一生そうやって怖がってろ」

「リアン」


 ごちゃごちゃと言い訳を続けるレオナルドに心底呆れて、リアンはため息を吐いた。最近見直しつつあった評価も地の底まで落ちた。


 ウィリアムは責めもしなかった。


「レオ、リアン。じいちゃんはちょっと行ってくるな」

「僕も行く!」

「リアンも行く、か…………わかった。レオ、お留守番してられるか?」


 カタカタと震えて歯を鳴らしながらレオナルドは辛うじて頷いた



「そうか。じゃあ行くな」


 ウィリアムとリアンは弓と剣、そして盾を持った。レオナルドはその様子をただみていた。二人が宿から出て、鳥の背に跨り、空を飛んでいく様子を窓から見ていた。


「いや、はっ、無理でしょ」


 髪を掻きむしりながら見ていた。


「あの人たちが可笑しいだけだ。普通無理だ」


 そう言いながら泣いていた。リアンが見たら、泣き虫は嫌いだとまた言われてしまいそうな様子だった。


 階下を見る。宿の玄関には、もう一匹騎鳥が待機していた。


「あ」


 気づきたくなかった。


「あ、あ、あ、あぁああああああああ」


 ベッドに蹲ってレオナルドはくぐもった声を発した。ベッドはすべての音を吸収してはくれなかった。


(期待を裏切ったんだ)


 どく、どく、どく、と心臓が震える。


(僕が期待を裏切った)


 騎鳥がその証だった。ウィリアムはレオナルドが一緒に旅に出てくれると信じていて、信じていたのに、結果がこれだった。


 レオナルドは自分の弱さを自覚していた。

 リアンが奴らに敵うほど強いとは思えなかった。

 ウィリアムの真の実力が、あの鳥を凌駕するとは信じられなかった。


(使うんだ、能力)


 だからわかった。


(記憶を失いに向かったんだ)


 ウィリアムが記憶を代償に未来を視ることを選んだのだと分かった。そうでなければ勝てない。彼は覚悟を決めているのだとわかった。


 レオナルドは一度も能力を使ったことがない。使うつもりはあった。嘘ではない。ただ、現実に使わなければいけない事態がやってきて尻込みした。痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だ。立ち向かうなんて無理だと思った。


 あの日、封印を解いた日、


『封印を解いたのがそなたのようなやつで我は嬉しい』


 神メランは暴風の中でそう言った。


『誰かの傷を自分が引き受ける能力を授けても良いだろう。どうせそなたは使えまい』


 神は大層ご機嫌だった。


『見えている範囲の人の傷を受け取れる。人の身にすぎる能力だ。そなたは不死ではない。もらった傷はそなたの体に刻まれるであろう。伝えたこと、感謝するがいい』


 乾いた笑いを上げながら、半壊した孤児院の中で一人頭を抱えている姿を、神官たちに保護された。孤児院の仲間は傷を負う者もいたが、ほとんどが無傷だった。傷を負ったものも後には残らないという。封印が全て解かれた訳ではないからだろう、と神官は言った。

 

 レオナルドはそのときと同じように、今も蹲って震えていた。怖かった。死にたくなかった。だけどそれと同じくらい、ウィリアムとリアンに見捨てられることが怖くて、期待に応えられない自分が嫌だった。


「や、やらなきゃ」


 レオナルドが立ちあがろうとしたその時、銃声が鳴った。


「やっぱり無理だ」


 この繰り返し。

 真夜中だというのに、住民はほとんど起き出し、軍によって避難されている。


 悲鳴と銃声、怒声、羽音、破壊音。


「あ、僕、ぼく、ぼくは…………!」


 レオナルドの居る宿にも、軍人が避難勧告をしにやってきた。竦む足を奮い立たせて立ち上がり、軍人の後ろに進む。玄関まで進むと、あの騎鳥がまだそこにいた。


「ここから右に少し進んだ先に、避難壕があります。避難を。大丈夫。勇者が今戦っています」


 勇者。

 そんなの、二人でしかない。

 ウィリアムとリアン以外に、いるはずがない。


「ゆ、勇者は、今……!」

「ウィリアム様とレオナルド様は今、空で獣王と対戦しております。ご無事です。心配しないで、早く逃げてください」


 リアンが勇者レオナルドとして戦っているのだと分かった。もう、ダメだった。耐えられなかった。ここでじっとしている痛みから、二人に責任を押し付ける痛みから、レオナルドは逃げることを決意した。


 現実の痛みよりもずっと、ずっと。


 その方が辛いと確信したから。




「しょ、少年!?」


 軍人の制止も聞かず、レオナルドは騎鳥にまたがり、空を飛んだ。足が震えた。怖くて泣いていた。みっともなく鼻水を垂らして、空を飛んだ。


 上空は寒く、凍てつくようだった。


「うぁぁああああああああ」


 雲を抜けた先に、獣王はいた。衛星の光に照らされ、淡く光る体は銀色に輝き、吐いた息は氷となって下界へ降り注ぐ。


 ウィリアムとリアンもそこにいた。騎鳥の上に立ち、小さな体躯で大きな怪物に立ち向かっている。満身創痍。リアンは肩から血を出し、ウィリアムは左手を凍らされ、うまく動けなくなっていた。


 しかし獣王もまた、その三つの頭のうち一つを討ち取られている。


「ぼ、ぼくは! 僕は!」


 レオナルドはここに来てなお、自分が力になれそうにないことを悟った。二人が目で追えない。レオナルドにできることは一つ。これしかない。






「ウィリアムさん、リアン」







 ――――――――能力発動。





 ウィリアムとリアンの体を緑色の光が包む。その光は矢となって、レオナルドの両肩を抉った。





「――――――遅れてごめん、なさ」


 レオナルドはウィリアムとリアンの傷を引き受け、騎鳥の上で沈んだ。騎鳥は地上に降り立ち、レオナルドは保護された。ウィリアムとリアンは、その体でもって、レオナルドが何をしたのかを理解した。

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