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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
忘却の勇者
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 いつものように朝からリアンとウィリアムが修行のために森へ向かったので、レオナルドは一人で宿にいた。行きたくないと言ったのはレオナルド。ウィリアムはそんなレオナルドに多額のお金を置いていった。


 初めは良かった。戦わなくて済むし、血は見なくて済む。何より自由だった。


 レオナルドは孤児院で育った。蔦に覆われたそこは、今にも倒れそうなほど古ぼけていた。外見に劣らず中身も悲惨で、調理場には何度か起きたボヤ騒ぎの跡があるし、カーテンはつぎはぎだらけで、テーブルクロスも長いこと変えられていなかった。


 友達はいなかった。外で遊ぶことが好きな孤児院の子供達とは違って、レオナルドは刺繍をしたり、物語を考えたりする方が好きだった。運動は嫌いだった。何度も追いかけられたせいで足は速くなっていたけれど。



 だけど追いかけられることも、十を越した頃になくなった。レオナルドは無視されていたのだ。


 

 孤児院の院長たちは我関せずだった。寂しかった。一人は嫌だった。


「今日は何を食べようかなぁ!」


 空元気。レオナルドは市場に出て、牛肉を買った。この町の市場は世界一だと旅人は言う。本当になんでも揃った。砂糖だってここに行けば手に入るのだ。レオナルドはお金だけは持っていた。高級品だからなんだと、砂糖にマヨネーズ、ショバ、チーズ、そして最後にふわふわのパンを買った。


 静まり返った宿で、自分で作った料理を摂取した。食べるというよりもむしろ摂ったと言った方が近い。口に入れて、咀嚼し、飲み込んだだけ。その動作を何度も繰り返しただけ。無心で食べていたから、美味しいと感じることも忘れていた。せっかくの高級品もこうなっては意味がない。


 眠りつかれた。ベッドに寝そべり続けたせいで体中が痛い。早く二人に帰ってきてほしかった。寝返りを打つ。まだ二人は帰ってこない。外に出ても知り合いはほとんどいないし、数少ない知り合いは自分を無視するとわかっていたから、意味がないと知っていた。


 レオナルドを無視せず、人として大事にしてくれるのは、ウィリアムとリアンだけなのだった。修行に行かないでと一度言ったとき、ウィリアムはリアンを置いていこうとした。ウィリアムの後ろでレオナルドを物凄い形相でにらみつけるリアンの姿に、レオナルドはすぐに前言撤回した。嫌われているとわかった。リアンの気持ちがわからないではなかった。自分でも自分みたいな人間は嫌いだった。





「レオ!? なんで!?」

「リアン、レオを連れて逃げろ、大丈夫だ。速く!」


 だからレオナルドは森に行った。一人が嫌だったから。気が狂いそうだったから。



 決して、彼らに迷惑をかけるつもりではなかった。後ろで獣の叫び声が聞こえる。剣の音。弓矢が風を切る音。驚くようなウィリアムの声。



リアンが自分の手を取ってすり抜けるように森を走る。リアンの剣が時々木にぶつかって音を立てた。レオナルドの代わりに悲鳴を上げているようだった。石に躓く。木々が邪魔する。かき分けて進んでようやく開けた。


 町が見え、安全を確信すると、リアンはレオナルドをつかんでいた手を放し、ぶっきらぼうに呟いた。


「おじいちゃんに迷惑かけないでくれないかな」

「え」

「何が嫌? お金? おじいちゃんは夜な夜なレオの住処を探してるからもうちょっと待ってよ。すぐだからさ、多分。」

「あ、いや」

「怖いんでしょ? 嫌なら強制しないっておじいちゃんは。大丈夫だってどうしたら信じてくれる? おじいちゃんと違ってレオは逃げていいんだってば」


 目の前の人間には表情が無いということにレオナルドはようやく気付いた。


「ち、ちが」


 レオナルドは怖くて怖くて、逃げ出したかった。リアンが本気で怒っているとわかったから。


 だけど。


「ぼ、僕も! 訓練したくて二人を追いかけたんだ!」


 だけど。


「は? 怖いんじゃなかったの?」

「怖いよ! 怖いさ! 怖くないわけないだろう!」


 怖くないわけがなかった。さっき森に入る時だって身がすくんだ。血の匂いに卒倒しそうだった。追いかけられているときは死を覚悟した。本音を言うなら嫌だった。何しているんだろうと自分でも思った。


 だけど、それよりずっと。


「一人でいる方が怖いんだよ!」


 みっともない顔をしていると自分でもわかる。鼻水もよだれも出ている。顔がぐじゅぐじゅで気持ちが悪い。


「一人にしないでよ……!」


 リアンは泣きだしたレオナルドを持て余し、その場に立ちすくんだ。


「いや待て、もうちょっとで自由になるんだぞ? 戦わなくても一緒にいてくれる人をおじいちゃんが見つけてるんだ」

「ウィリアムさんとリアンがいいよぉ……!」

「おじいちゃんはともかく、なんで僕なんだよ、明らかにレオを嫌ってただろ!?」

「でも無視しなかったじゃないか」


 困惑するリアンにレオナルドは服の裾をぎゅっと握りながら言った。


「僕のことそれでも無視しなかったじゃんかぁ…………!」

「あーもー泣くなよ、僕が悪いみたいじゃないか。悪いのはレオだからな?」


 そのころウィリアムは困惑しながら二人のもとへと向かっていた。正直、レオナルドが自分たちを探しに森に入り、ウィリアムの腰ほどもある大きなアリの群れに追われてきたときは終わったと思った。自分とリアンはさておき、食べられそうになっているレオナルドを生かして帰せる自信がなかった。


――――バシュッ


 その時、どこからか飛んできた弓矢が彼らの頭を射止め始めたのだ。ウィリアムたちを守っているようだった。しかしその弓矢が飛んでくる方向を見ても、そこには何もいない。あらかた数が減り、ウィリアムでも対処できるほどになると、弓矢は止んだ。まるで、ウィリアムを導くために身を引いたようだった。


「あ、おじいちゃん!」

「あ、あぁ、良かった。無事だったか」


 ウィリアムは味方ならいいかと考えるのを放棄した。神レウコンの加護だろうし、考えたって人知を超える力のことを知ることはできないからだ。


「レオが言いたいことあるってさ、ほら、言えよ」

「ん?」

「僕も修業しますぅ……!」


 せっつかれて泣きながらレオナルドは言う。無理強いさせたのではないかとウィリアムは疑った。孫は自分のためならなんでもしてしまう危うさを持っているからだ。


「あ、あぁ、その、無理しなくてもいいんだぞ」

「いや、一緒に、しゅぎょ、修行、したいんです……!」


 急に180度言うことを変えたレオナルドに何と言ってよいかがわからなかった。その間を否定と捉えたのか、説得しようとレオナルドはさらに追い立てる。


「一人でいたくないんです……!」


 ウィリアムは折れた。元々、彼の望みはなんでも答えるつもりだった。


「…………そうか」


 逃げたくなったらいつでも手を貸せばいい。今はやりたいようにやらせようと思った。


 それが、大人の責任だと信じた。


「僕はもう13です……! あと2年もしたら立派に戦えるようになります! ちゃんと、頑張ります!」

「待って僕より上!?」


 成長期。体が痛いのは何も寝すぎだけが原因ではない。レオナルドの目は震えながらも水を揺蕩え、キラキラと輝いている。


「辛くなったら言えよ」


 ウィリアムはこれからの訓練にレオナルドを連れて行こうと、レオナルドの頭を軽く撫でた。


「僕は認めてないからな!」

「まぁリアン、落ち着け」

「おじいちゃんに迷惑かけるなよ!」


 突っかかる孫を宥めながら、ウィリアムたちは帰路に着く。


 ようやっと、仲間が一人増えたのだった。


「大丈夫です、がんばります」

「敬語やめてよ僕が無理強いしてるみたいだろ! 歳だって上なんだから」

「ああそっか、僕が兄か」

「何言ってんだ馬鹿!」


 険悪さを増す二人を尻目に、ウィリアムは微笑んだ。



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