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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
忘却の勇者
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 ウィリアムは神殿の前に立ち尽くし、その見事さに見惚れていた。神殿の入り口にはウィリアムの身長ほどもある世界樹が浮き彫りされている。空に浮かぶ世界樹に対して地上で人々が祈りをささげている構図だった。人々の顔は彫られていない。


 ウィリアムは空を見上げた。南西の空に、小さく世界樹が浮かんでいるのが見えた。禍々しい黒い煙のようなものと、青い光の靄のようなものが世界樹を取り巻いている。ウィリアムが封印を解いたあの日から、世界樹の様子は変わらずそのままだった。


星を切って門をくぐる。人々が祈りを捧げていた。神官が順路を案内するように手を差し出したが首を振る。手首にはめていた腕輪を見せた。神官は頷き、別の神官を呼んでウィリアムを案内させた。


「勇者様ですね」

「はい。シラーユ大陸の勇者に会いに、セニオ大陸から来ました」

「その、実は……」

 

 言い淀みはレオナルドのことだろうと、ウィリアムは「存じております」と続けた。


「レオナルドにはすでに会いました。彼のことはこれから私が引き受けます」

「そうですか。やる気になったのですね」


 返事はしなかった。そう思わせておくと都合がいい。ウィリアムは自分と旅に出たことにして、安全な場所へとレオナルドを逃がすつもりだった。


「この大陸の情報を得たくて来ました。時間がなく、セニオ大陸では詳しいことを聞けないままだったのです」

「そうですか。まぁ、ここはレウコン教の総本山でもありますから、ちょうどよかったのかもしれません。ここが一番、太古の勇者の記録も残っていますから」


 立ち話もなんだからと勧められた椅子に腰かける。神官は資料として石板を持ってきた。図書館守として暮らしたウィリアムにとっては、なじみ深いものだった。


「全大陸が今、人類存続のために獣の群れと戦っております。しかし、獣を空から呼ぶ獣王だけは、勇者が倒す必要があるのです」


 石板には古の勇者が戦ったとされる獣王が記されていた。


 青い炎を角に宿す、蜘蛛の足を持った牛。

 その息で周囲を凍らせる、三つの顔を持つ鷲。

 地を揺らすほどの巨体を持つ、羽の生えたナマズ。

 頭部以外視認できない透明な体をもち、毒素を吐く蛇。


 勇者は彼らを倒し、世界樹に向かい、レウコンから直々に受け取った剣で邪神メランを屠ろうとしたものの、弱体化させることしかできなかったようだった。そこを、レウコンが封印したのだ。


「獣王を倒せば目に見えて勇者は強くなります。邪神に挑むには、強さがいる。そして邪神に挑めるのは能力を得た勇者だけなのですよ」

 

 ウィリアムはどうして自分やレオナルドのようなものが封印を解いたのか、わかった気がした。邪神が能力を与えることに躊躇がなかった理由もそこにあると思った。


 ウィリアムは老人で、レオナルドはまだ子供だ。人類最強とは程遠い。だからメランは自分たちのような人間に解かせたのだろう、と思った。そうでなければ封印を解くものは国が厳選するに決まっているからだ。そうさせないために策を練ったに違いない。


「あなたの能力はなんですか?」

「記憶を犠牲に、未来を見る能力です」

「犠牲にできる記憶はまだ残っていますか」


 神官は不安そうに尋ねた。ウィリアムは返事ができなかった。


 そんなものは最初からない。犠牲にしていい記憶なんて一つもない。忘れたくない記憶以外、この手にない。


「質問を変えます。どれだけの記憶を使いました?」

「妻の記憶全てです」

「年数にするとどれくらいにあたるのでしょうか」

「………30年ほどでしょうか。まだ、娘と娘の婿、孫のことは覚えているので、きっかり30年とは言えませんが」


 神官は言葉を失った。それは、ウィリアムを憐れんででは決してない。たった一回の戦いでそれだけの記憶を失ったということは、神と戦う前にすべての記憶を失う可能性があるということを意味する。


「……そうですか」


 希望があるとすれば、獣王を倒すたびに勇者は強くなるということだ。それでどれだけ記憶を保てるかが鍵になる。


「シラーユ大陸が獣王は、その息で周囲を凍らせる鷲です。奴は今、山脈にて眠りについています。そこにはいけない。街に降りてくる日が、あなたならわかるはずです。それまで、あなたは修行しなさい。レウコン様は3年だと言いました。3年までなら、抑えていられると」

「ですが、その間に犠牲者が――――」

「それは我々と国の役目です」


 神官は一刀両断した。


「私たちレウコン教徒も大陸を収める国々も、この時のために備えてきました。勇者が少しでも力を蓄えられるようにするのが我々の役目。あなた達がすべきは目先の人を救うことではなく、世界の未来を救うことです」


 放心したままのウィリアムに、神官は続ける。


「最終的に邪神を討つときに使うのは剣です。剣の訓練をつみなさい」


 お金に困ったらすぐ言うようにと神官は言った。ウィリアムは追い出されるように神殿を出た。神殿の外では、銃声が聞こえた。


 もとよりウィリアムは銃を使う気はなかった。ウィリアムの知っている銃は、暴発が酷く、連射ができず、前線では使えなかったからだ。


 子供が撃った弾が、鳥を狩った。ウィリアムはぼうっとそれを見ていた。


(ゆうしゃ)


 鳥は地に落ち、子供は喜び勇んで鳥を拾いに向かう。


 子供は逞しく生きていた。目を輝かせて、生きるために命を狩り、生きるために銃を撃った。銃はもう暴発確率が下がっている。


(やらなければならない)


 ウィリアムは宿へと急ぐ。二人の子供が待っていた。守るべき子供が宿にいるのだ。ウィリアムは帰らなければならない。逃げることはできない。


(未来を守らなくては)


 宿に着くと、リアンは素振りをしていて、レオナルドはベッドに伏せっていた。


「おかえり」


 ウィリアムに気づいたリアンが声をかける。その声は晴れやかで、ウィリアムとは対照的にその瞳は輝いていた。日に日に弱くなるウィリアムとは違って、これからがある若人の目立った。


「ああ、ただいま」


 今日聞いたことを報告し終わると、レオナルドが起きだした。


「修行をするんですか?」

「ああ、しばらくは」

「僕はどうなるんです?」

「今すぐに信頼できる人を探すことができないから、しばらくは一緒にいてもらうことになる。だけど大丈夫だ。修行をする必要はないよ。ちゃんと安全なところを見つけて、レオは逃すから」


 レオナルドはシーツを抱きしめて頷いた。


「わかりました」

「そうか」

「僕は戦わないで済むならなんでもいいです」

「そうか」


 ウィリアムは微笑んで頷いた。リアンはそんな祖父の顔を見ていられず顔を伏せる。


「大丈夫だ、必ず見つけるよ」

 

 リアンは怖かった。祖父が大丈夫だという時は、必ず全てが大丈夫になった。祖父以外の全てが。


『大丈夫だ』


 2歳の時に亡くなった父の記憶も、自分を産んだ時に亡くなったという母の記憶もない。彼らの代わりに、祖父はいつもそう言った。


『じいちゃんがリアンを守るからな』


 祖父はその約束を守り続けてくれている。今度は勇者にも、大丈夫だと言った。


 祖父の両肩には今、世界が乗っている。リアンにはそれがわかる。それを受け取れる能力が自分にはないことだって、わかる。


『逃がしてください。無理なんです。頑張れません。僕は嫌です。勇者も英雄も嫌いです。なりたいとは思いません。名誉で腹は膨れない。神様はもっと嫌いです』


 レオナルドは言った。リアンは頭が沸騰しそうだった。


(こいつは、おじいちゃんが勇者になりたいと思っていたとでも思ってるのかな)


 自分が勇者だったなら、どれほど良かっただろうと思う。今日の話を聞く限り、リアンは世界樹に行くことができない。


(そんなわけがないのに!)


 リアンは怒っていた。再度シーツに包まったレオナルドを睨みつける。


(こいつ嫌いだ)


 手にできたマメを見る。少し血が滲んでいた。


(大嫌いだ)


 これからの修行の日々に休んでばかりのレオナルドがいるかと思うと嫌気がさした。ウィリアムの手前、そんなこと言わなかったけれど。


 リアンはウィリアムを見上げた。ウィリアムは剣と弓の状態の確認をしている。相変わらずの無表情だった。

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