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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
削り氷と神話の終わり
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 夢のように美しく、子守唄のように安らかな天空から、戦争と貧困と災害で溢れた薄汚い世界へ落ちていく。母なる世界樹の温もりが次第に遠くなる。


 彼らは地で生きることを選んだのだ。死のない世界よりも、家族と生きる未来を。


「おじいちゃん」

「ウィリアムさん」

「爺さん」

「ウィル爺」


 彼らは極彩色の葉に守られながら、それぞれを探して手を伸ばした。子供達の手がウィリアムの手を掴む。彼らの涙が空へと舞う。それは陽の光を受けて宝石よりも美しい光を放っていた。


 ウィリアムは心から幸せそうに笑った。寂しそうな笑みばかりを浮かべていた彼のそんな姿を見るのは、全員が初めてだった。


 位置が入れ替わる。先に下に落ちていく彼らをまとめて抱きしめようと、ウィリアムは動いた。


「おっきくなったなぁ」


 子供達の涙が天へと浮かぶ。


「思い出したよ」


 世界樹の葉が彼らを受け止めるために絨毯のように変化する。彼らはその上にゆっくりと着地した。


「リアン、レオ、タルーラ、ゾラ」


 夜が明けた。新しい一日が生まれたのだ。それは、ウィリアムたちがやっとの思いで勝ち取った、愛おしいものと生きる明日。


「ありがとう。助かった」

 

 ウィリアムは彼らを抱きしめた。暖かかった。


「無茶しやがって…………!」


 子供達は、否、若者たちは上機嫌に笑う。


「見て」


 世界樹の葉でできた絨毯から自分たちの生きる地上を覗く。


「綺麗」


 ゾラが言うと、一同も同じものを目にしようと動いた。

 ゾラはそれが堪らなく嬉しかった。


 何度も話しかけた。何度も笑いかけた。何度も(いつも)伝わらなかった。時折泣いた。


 愛おしい人たちと会話できる奇跡を、誰よりゾラがわかっている。


「綺麗だな」

「あったりまえだろ。あたし達が生きる世界だ」

「こ、こう見ると高いね」

「今更それが怖いのか?」

「何ビビってんだよ」

「リアンとタルーラが可笑しいんだよ! 高すぎだって! ここで死んだら全部おじゃんなんだよ!?」


 ゾラは笑った。


「大丈夫よ、世界樹が守ってくれてるわ」


 ウィリアムが動けなくなったレオナルドを絨毯の中央に寄せた。


「ほら来い、大丈夫だ」


 リアンは思わず苦笑した。ウィリアムの声があまりに優しく、目の前の光景があまりに幸せすぎて。失うのではないかと怖くなって。


「爺ちゃんがついてる」


 だけど、大丈夫だとも思った。祖父がついてる。世界樹(はは)も見守っている。人間はこの地で生きていく。


「約束を果たしに行こう」


 リアンが言った。


「削り氷、食べるんだろ」


 全員がゾラを見ている。ゾラの瞳がキラキラと輝いた。


「うん!!」


 ゆっくりと絨毯は着地する。彼らは神話を終わらせ、日常へと帰ってきたのだ。






 貧困と獣害と災害と戦争がある――――――――






 それでも、美しい世界に。

 


***









 彼らが落ちたのは、ゾラの生まれ故郷、リフカ大陸。街には依然として怪物が暴れ回っていた。ウィリアムたちは腕輪をもう持っていないから、気軽に大陸間の移動をすることはできない。ゆっくりと、しかし確実に、人々を助けながら彼らは神殿へと向かった。


「勇者方よ、良くぞここまで。どうぞ楽に」


 王に謁見したのは、彼らが地上へと戻ってから1ヶ月後のことだった。人払いをお願いしたのは、細部について話すため。全てが終わったといえど、亡くなった人は元に戻らない。ウィリアムたちは恨まれてもいた。もちろん、その数はかなり減っていたけれど。


「邪神は倒されたのだな」


 ウィリアムは頭を上げた。促されて口を開く。


「彼は、邪神ではありません。世界樹の意思の一つです」

「なんと……」

「世界を滅ぼしかねない人間から世界を守るための存在だったのです。レウコン様は、彼の消滅と共に消えてしまわれました」


 王は落胆を隠さなかった。


「レウコン様の件は、内密にしよう。神の存在は民の支えでもある。かの神が存在するかどうかなど、重要ではない」


 ウィリアムたちも頷いた。これから、レウコンに守られていたかの宗教は弱体化する。彼女の声が聞こえなくなったことで、何かが起こるかもしれない。だから、ウィリアムはそこで人間の未来について触れた。触れなければいけないと思った。


「世界樹は弱っています。私たちが土を汚し、水に毒を混ぜ、多種族を殺し、戦争をしすぎたことが原因とのことです。災害が増えたのはそのせいだと」

「そうか」


 王は顎髭を触った。


「しかし、今の戦争はもう始まっている」

「はい」

「一度始まったものはなかなか終わらない」

「はい」


 王は大きなため息を吐いた。


「あんまり期待するな。獣の被害が大きく、全世界が弱っているからな。利がない国は賛同するだろうが全てではない」

「はっ」

「それで?」


 王はウィリアムたち一人一人の顔を見渡し、ゾラで目をとめた。


「その子が忘却の勇者か?」

「はい、ゾラと申します」

「良い名だ。その名ということは、この大陸の出か? 今までどこへ?」


 王の謁見の前に、実はウィリアムたちはあの子爵家を一度訪れた。聞いたところ、ゾラ、という名の一人娘がいたと言う。その子の絵を見て、それがゾラじゃないことがわかった。その子は、どうやら封印とは関係のない少し前に亡くなった子らしい。


 ゾラは一度目の人生でお金のためだけに引き取られたと思っていたけれど、死んだその子と同じ名前だったことも、理由にはあるようだった。


「ええ。この大陸の出で、世界中を回っておりました」

「そうか」


 不必要なことは言わなかった。


「これからはどうするのだ?」

「全世界を回ろうかと。お世話になった人々への挨拶と、約束を果たしに」

「そうか、そりゃいい。褒美はどうする?」

「大丈夫です」


 ウィリアムたちは笑った。顔を見合わせて一緒に答えた。


「「「もう貰いました」」」


 それから、長いこと彼らは旅をした。たくさんの人に出会った。いろんな話をした。


 ゾラが今までたくさんの歴史書を利用し、人々の目に留まるように誘導していったこと。その中で勇者に恨みを持つ人を利用してリアンたちが剣にさせられることを伝えたこと。それによってリアンたちを少なからず傷つけたこと。そんなこと、気にしてもないと言うこと。


「族長!」

「タルーラ!」


 フカリ大陸では族長の家を訪れた。族長は、逃げるようにその場を去ったタルーラに怒ってもいなかった。ゾラは二人が抱きしめ合っているのを見て笑みこぼれた。死ぬ予定だった彼を救ったのはゾラだった。あえて言わなかった。そんなことは、知る必要がないことだから。


「復讐はやめたのか」

「ん」


 タルーラは彼の胸の中で頷いた。


「未来を生きるよ、気が済んだから」

「そうか」

 

 それから、族長と共にご馳走を食べた。ウィリアムたちが狩ってきた鳥を使って村の人々が豪華な料理を作ってくれた。


「美味しいか?」

「うん、美味しい」


 村で採れた野菜に肉を巻き、特製のタレをつけていただく。


「ありがとう」


 タルーラは言った。復興に多大な出費が嵩み、そう裕福な暮らしをしているわけではない。それでも、彼らはウィリアムたちをそうやってもてなしてくれた。


「旅に出るんだって?」


 族長は宴会の最後にそう呟いた。それは、隣に座っているタルーラにギリギリ届く声だった。


「ん」

「帰ってこいよ、いつかでいいから。待ってるから」

「うん…………!」


 タルーラの胸が一杯になった。そんなタルーラと族長を、ウィリアムたちは見守っていた。家族が幸せそうで、ウィリアムたちも幸せだった。



 次についたのは、レオナルドの故郷、シラーユ大陸。


「勇者様!」


 ウィリアムたちが着くなり迎えたのは、大陸を去る時に民衆の蜂起を教えてくれた軍人だった。


「良くぞ、ご無事で……!」

「あの後は、大丈夫だったか?」

「ええ。なにも」


 ゾラは、あの後神殿に押し寄せた民衆の勢いに、軍人が何名か大怪我を負ったのを知っている。だけど言わなかった。彼が伝えないと決めたのに、今自分が言うのはおかしい。


「そうか。よかった」

「王の元へご案内しましょうか? 目的地があれば、どこでもご案内します」


 ウィリアムたちは顔を見合わせた。


「じゃ、じゃあ! この大陸で一番美味しい削り氷が食べられるところ!」

「僕たち、そこに一番に行くって決めてたんだ!」

「ははっ。すまない、お願いできるか?」


 ウィリアムが声を上げて笑ったことに軍人が驚きながら「もちろんです」と言う。どこかその声は湿っぽかった。


 案内されたのは、町の外れにある、小さな削り氷屋。小さいながらも手入れは行き届き、年季が入っているものの美しい店内に案内され、ウィリアムたちは着席した。


 他愛もない話をしながら待っていれば、時間はすぐに過ぎる。ウィリアムたちのテーブルに運ばれてきたそれに、彼らは目を輝かせた。


「氷だ!! すごい!!」

「近づいただけで冷たい! これかかってるの蜂蜜?」

「うん、蜂蜜」

「すげーな! いいのか爺さん、高いんだろ!?」

「良いさ。約束だ。それにお金はある、食べようか」

「「「「やったーーーー!!!」」」」


 みんなで一口掬って食べる。口の中で氷が溶けた。


 初めて食べた削り氷は冷たくて、頭がキーンと音を立てた気がした。それでも甘くて美味しくて、彼らは一心不乱に食べた。同じ皿に盛られた削り氷をみんなで分けたからすぐに全部なくなってしまったけれど、それでもよかった。十分だった。胸がいっぱいだったから。



「王様に会ったらさ、お爺ちゃんと僕の故郷に行こう」

「しかし…………………」

「大丈夫、お爺ちゃんはずっと、かっこいいお爺ちゃんだったから」


 ずっと祖父に言われていた言葉を、今度は孫たちが言った。


 大丈夫だと。


「大丈夫だ爺さん、なんか言われたら逃げようぜ」

「だ、大丈夫だよ。怒ってないと、思う、し……」

「大丈夫。私たちがいるでしょ?」


 ウィリアムは彼らの成長に目を見張って、そうして笑った。


「そうだな」


 



ここまで読んでくださり、ありがとうございました。彼らの物語はここで終わりです。この小説の設定は小学生の時にほとんど考えたものです。小学生の時に書いた小説を発見し、設定を作り直して書き上げたものになります。書いていて懐かしく、楽しかったです。皆さんが私の半分でも楽しんでいただけたなら幸いです。


追記:評価してくださった方、ありがとうございます。読んでくれた人いたんだぁ、と本当にびっくりしました。今日のテスト頑張れそうです。



※何話か一気に投稿しているところを飛ばしている人がいるようなので、話が飛んだ人は一度戻ってみてください。本当に申し訳ありません。




それではまた、どこかで。

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