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忘却の勇者  作者: 佐藤 ココ
削り氷と神話の終わり
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 二者は同時に飛んだ。陽の光が彼らの姿を照らす。先に切り掛かったのはゾラ。ゾラの剣はまっすぐにメランの首に向かって動く。メランは切り返し、そのまま反撃へ。劣勢にも関わらず、メランの顔は笑んでいた。右腕を無くし、視力をなくしてなお、彼は強く、気高かった。視力がない今、空を舞うのは悪手。メランは地に踏ん張り、出し惜しみせずに力を振るった。


 対するゾラも、その技量を持ってメランの首を狙っていた。寝食も厭わず剣を振り続けた彼女は元々の才能も相待って、人類の中でも強者となっていた。その見目からは想像もつかない巧みな剣技でメランの体に傷をつけていく。


――――――ジャキンッッッッッッッッッッッッッッ


 先に刃が欠けたのはゾラ。(リアン)はもう限界に近い。何百にも及ぶ撃ち合いの果てにもはや(なまくら)に近い状態へと変わっていた。


 それでもなお、剣を振るう。


(リアン、耐えて)


 ゾラは涙を流さない。その眼で敵を見据え、未来を見据える。その闘志にメランは笑んだ。


「勇者ァ!」


 メランの剣がゾラの左腕を切り落とす。利き手ではないだけ、まだゾラが優勢だった。


(ありがとう、ウィル爺、みんな)


 ウィリアムが一度彼を追い込んだから、ギリギリ耐えられていた。ここで全回復されたら、流石のゾラも勝てない。それほどまでにメランは強かった。


(見ていて)


 ゾラは自身の全力で持ってメランに挑む。その様子を、ウィリアムたちはちゃんと見ていた。


「勝って。削り氷食べに行こう」


 レオナルドが言う。


「あの約束、今度こそ」


 ウィリアムはへたり込んでその様子を見ていた。神に祈るように腕を組んでいる。星を切っていないのは、レウコンに祈るのではなくこの世界に祈っていたから。


(あの子をどうか)


 朝日が彼の顔を照らす。


(どうか守って)


 レウコン(白き神)は訝しんでいた。


(()()()()()()())


 ここにいても何も分からないと動こうとしたのに動けない。思えば、勇者が世界樹の前に現れた瞬間に自分が迎えに行くと決めていたのに、そうはならなかった。メランの声だけしか聞こえない。何か重要なことを忘れている気がする。


(()()()()()())


 レウコンはその目を瞑って思考した。


(()()()()()()()()()()())


 瞬間、極彩色の葉がレウコンの足元を覆っていることに気づく。


《黙って見てなさい》

「お母様! 私を見捨てると言うの!?」

《違います。私は子供達一人一人の努力を全て尊びたいのです。今彼らはそれぞれの守るもののために戦っています》


 世界樹の根が、レウコンの足に巻き付いた。レウコンは様子を見に行くことができない。


《不粋なことはしなさんな》


 世界樹は再度、子供達を見た。双方疲労困憊。いつ倒れてもおかしくない。腕輪を擦れば逃げられると言うのに、ゾラは引かない。逃げない。


「メランッッッッッッッ!!!!」

 

 ゾラの剣がメランの腹を切る。同時にゾラの肩をメランは抉った。倒れそうになった二人は最後の力で後ろに飛んだ。


 わかってた。次が最後。もう力はどこにも残ってない。


「このままではそなたも死ぬぞ」


 メランの腹から黒いものが流れる。


「死なない。勝つから。私、ウィル爺を看取るまで死なないから」


 ゾラの腕からも絶え間なく血が流れた。


「強欲だな」

「そういうの好みでしょ」

「はははっ」


 メランは苦しそうに弱々しく笑った。


「ああ、そうだな、そうだ」


 メランが流した黒黒としたものは戦場について土となった。メランはもう、立っているのが奇跡に近い状態だった。


「母上、見てるか。我の勇姿を」

《ええ》

「我は母上にとって誇りに思う息子だったか」


 世界樹の声は、メランの頭に響いた。母の温もりに、メランは安らかに笑った。


《愚問です。私はあなたを愛しています》

「そうか」


 メランは残った全ての力を集めてなんとか剣を握り直す。


「なら、十分だ」


 ゾラも真っ向から迎え撃つ。血を流しすぎて頭が回らない。ゾラは震えながらも、まっすぐメランの首を狙った。











――――――ズシャンッッッッッッッ

















 メランの首が、地に落ちた。


 

 彼の体は土になり、母の元へと還り出す。彼は母と一つになった。愛する母の元へ帰ったのだ。

 


「私の願いはレウコンの消滅」


 最後にゾラはそう言って、その場に倒れた。その願いが、確実に叶えられるように。









「「ゾラ!!!!!!」」


 その様子を見ていたウィリアムたちが叫ぶ。レウコンは自分の体が少しずつ薄くなっていくのを慌てながら見ていた。


「なぜ!」


 レウコンは叫ぶ。


「何が起こってるのです!」

《早く願いを言いなさい》


 世界樹がウィリアムたちに向かって叫ぶ。

《早く!》


「こ、この戦いで傷ついたものが癒やされること」


 動揺しながらもウィリアムはそう言った。みるみるうちにゾラの、レオナルドの、ウィリアムの、そしてタルーラとリアンの体についた傷が治っていく。タルーラとリアンは新品同様の剣と鎧になった。


「すべての人に過ぎた能力の解除」


 レオナルドがそう言った。腕輪が消える。タルーラとリアンが人間に戻る。しかし自我が戻らない。彼らは人形のように横たわっている。


 世界樹によってゾラとメランだった腐葉土が世界樹の元へ連れ戻された。


 レウコンは震える。死の危機に瀕して、ようやく彼女が見えたのだ。そうして彼女のことを思い出した。


「あ、お前、お前は…………!」


 ゾラは表情をなくしたままかの神に向かって静かに言った。


「私はゾラ。黄金色の夜明け」


 レウコンはもう足が全て薄くなって見えなくなってしまった。


「ようやく思い出したみたいね」

「あなたが! あなたがやったのね!」

「私だけの力じゃないわ」

「いや、嫌! 私…………私は!」


 レウコンは世界樹を振り返る。


「どうして!」


 詰るように叫んだ。


「母上は私を見捨てるの! あんなに愛してくれていたのに! メランに勝ったら人間のための世界を作るために協力すると言ったじゃない! 切られてもいいと言ったじゃない!」


 世界樹から出た根が、彼女を抱きしめるかのようにどんどん伸びていく。


《ええ。確かにそう言いました。私はあなたを産んだ責任を果たさなければいけないから》

「だったら!」


 世界樹の葉が一斉に揺れる。それは涙が出るほど美しい光景だった。


《だけど、彼らは、世界を救った勇者たちは言ったんです。世界と共に生きることを選ぶと。苦しいことがどれだけあっても、大切な人がいる今の世界を選ぶと。あなたの言う死のない苦しみのない世界は、今の世界の大多数の記憶の消滅の上で成り立つでしょう、彼らは苦しみと共に生きると決めました》


 苦しんだ記憶を消さなければ復讐が生まれる。戦争が起きる。欲が生まれる。貧困が始まる。だからレウコンは記憶を消したかった。人には幸せで素敵な記憶だけを覚えて生きていて欲しかったから。



「苦しい記憶なんてない方がいいじゃない! 嫌なことなんて一つもない方がいいじゃない! そうして生まれた恨みも妬みも悲しみもない世界で過ごした方が人は嬉しいはずよ!」

《レウコン。私の娘》


 レウコンの体は、もうその胸すらも消えかかっていた。


《あなたには永久に近い命があるけれど、生きているとは言えません》


 世界樹の声は、どこか寂しそうだった。


《死んでいないだけのあなたは、もはや人間の気持ちはわからないのでしょう》

「〜〜〜〜〜〜! 何が!」

《今を生きる彼らは選びました。大丈夫、あなたは私の元へ還ります。今度こそ幸せになれるように、私があなたを守りましょう》


 レウコンが項垂れ涙を流す。レウコンの体は、もはや顔付近まで消え掛かっていた。


「待って!」


 叫んだのはゾラ。


「まだあと二人分の願いを聞いてもらってない!」


 タルーラとリアンは自我を取り戻さない。願いを口にすることはできない。


《そう。あなたが代わりに願いなさい》


 世界樹は少し笑っていった。


《当然の権利ですからね》

「力の代償に失ったものを取り戻したい」


 タルーラとリアンが体を持ち上げる。目を擦って、あたりを見回し、彼らは祖父に抱きつき、ゾラを見て固まった。


「ゾラ」


 彼らはまた、ゾラのことを思い出したのだ。そうしてウィリアムも、全ての記憶を取り戻した。大切で、大事で、大好きな、これだけあればどんな辛いことでも乗り越えられるほどの記憶。


「あぁ、あぁ!」

「え、なんで!?」

「今までどこにいたんだ!?」


 ゾラは笑って、タルーラとリアンに尋ねた。


「その前にさ、何か願いたいことはある?」

「神に叶えてほしいこと?」

「うん」

「あたしは特にない」

「うん、僕も」


 ゾラはだから、代わりに願った。


「じゃあ、ここから地上に安全に戻して」


 消えゆく中レウコンは笑った。


「無欲ね」


 その体から出た光が世界樹に吸い込まれていく。


「違うわ。欲しいものはもう持ってるから」

「そう」


 レウコンは目を細めた。自分にも、こんな時代があったと思い出したから。大事で大切な、自分を唯一愛してくれた彼を失うまで、こんなふうに笑っていたことを思い出したから。


「大事にするのよ」

 

 それは、レウコンにはできなかったこと。


「言われなくても」


 ゾラは返した。その返しに満足気に笑って、レウコンはついにその姿を消した。


 最後は笑顔で。




「帰りましょ」


 ゾラは振り返って、ウィリアムに抱きついた。負けじと子供達もウィリアムに抱きつく。ウィリアムはその全てを受け止めた。


《崩れます、大丈夫。私の葉が、あなたたちを守るわ》



 世界樹の葉が、ウィリアムたちを囲む。


《お元気で、私の子達。あなたたちの生を、ここから見守っているわ》



 その言葉通り、足場が崩れる。ウィリアムたちは空中に投げ出された。

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