19〜25
出現と同時に獣王を倒すことに成功し、いよいよ世界樹の元へと向かうまで、全てがうまくいっていた。そういう時こそ危ない。平穏はいつまでもは続かない。
レウコンはウィリアムたちが世界樹の前についてすぐ現れた。
《レウコ――――》
「戦場を作って。勇者たちと話す必要はないわ。一刻も早く、解決しなきゃ。この間にも人は死んでるの」
レウコンは急いだ。まるで世界樹と勇者話すと何か不都合があるかのように急いでいたけれど、そんなことにウィリアムたちが気づくはずもなかった。
「あーそうだ、忘れてた。それがないと始まらないのに」
ウィリアムたちに向けて、神はにんまりと笑った。
「あなた」
レウコンはリアンを指差す。
「あなたに祖父の元を離れないでいてもらうのが私の望みだったの」
嫌な予感がした。世界樹の下は心地いい風が吹いているというのに、ゾラは冷や汗を止められないでいる。
「願いを叶えてくれてありがとう。あなたには自我を代償に特別な剣になる能力を与えてるわ。メランにすら攻撃が通る最強の剣よ」
そうして指を鳴らした。
――――――パチンッ
その瞬間、リアンは剣になった。悲鳴を上げる暇さえなかった。
「ああ、そこのあなたも、早く」
もう一度指が鳴らされると、タルーラが鎧になった。
「ふむ。剣がひとつしかないのは困ったわ」
「待ってよ。これはなに? あなた、何してるの…………?」
ゾラは叫んだ。レウコンは正しい神だと人類の味方だと思っていた。タルーラすら、レウコン教徒を恨みつつもレウコンのことは恨んでいなかった。これではメランと変わらないじゃないか、と脳が訴える。
「? 大丈夫。メランが倒されることは私の望み。叶えてくれたら何か一つだけ願いを叶えるわ。その時に彼を戻してと言えばいいじゃない。因果に囚われた今の私が願ったことのお礼、因果から解放された後の私がしなければいけないと決まっているもの」
そういう問題ではない。
ウィリアムは絶望のあまり声も上げられなくなっている。ゾラも言葉を失った。
「剣は、そうね。世界樹の枝ならば神を殺せるし動きを封じられるけれど………世界樹の協力は望めないし。仕方ない。まずは貴方が、その次に貴方が挑むしかないわ」
それからのことはゾラの記憶にない。ウィリアムが相打ちのような形でつけた傷を、メランは回復させ、代わりにゾラが出ていって――――――
出ていって?
出ていって、倒して、今――――
自分は、何を抱いている?
「ありがとう、あなたのおかげでメランは消えた」
ゾラはそこで、自分が抱いているのがウィリアムとレオナルドの亡骸だと気づいた。タルーラだった鎧を身につけている。そばには剣になったままのリアンが落ちていた。レオナルドは瀕死だったウィリアムを蘇生させ、代わりに死んだんだったか。その後また、ウィリアムも致命傷を負ったのだったか。
もう何も思い出せない。
記憶が確かなのかもわからない。
ウィリアムが動かないことだけは確かだった。必死で名前を呼びかけてもびくともしない。女神の声が遠くに聞こえる。
「バランスは崩れた。これで私は世界樹に挑める。人間のための世界を作れる」
頭を殴られたような気分だった。
(どういうこと)
ゾラはここにきて、倒すべきはメランだけではなかったことをようやく知った。
世界樹を滅ぼす?
人間のための世界を作る?
こいつは馬鹿か、と思った。容赦なくリアンを剣に変える人間が作る世界がまともなものであるはずがない。
「心配しないで」
ウィリアムは目を開けない。剣が刺さった腹部から、とめどなく血が流れる。リアンとタルーラは自我を取り戻さず、レオナルドは意識を取り戻さない。もうゾラだけ。戦えるのはゾラ一人。それなのに、手足が動かない。
「飢えることなく、争いがなく、死を選択の一つとして選べる人間のためだけの世界を作るわ」
「うるさい」
無理だろう、とすぐにわかった。そんなの、意思を縛られたディストピアになる以外の未来はない。
だけど仮にうまくいったとしてもだ。
「うるさいのよ」
そんなのどうだっていい。
だってそこには彼らがいない。
ウィリアムが、リアンが、レオナルドが、タルーラがいないなら、そんな世界に意味などない。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!!!!!!!」
どんなに幸せで、どんなに美しく、苦しみも悲しみもない世界だろうと、意味などないのだ。
ゾラは叫び声を上げながら剣リアンを持った。反抗の意思と捉えたレウコンは眉を顰める。
「あなたじゃ無理よ。だけどそうするってことは、お礼はなんでもいいということかしら」
捲し立てるように彼女は叫ぶ。
「メランを返した瞬間に言えば、私は何でも望むものを与えなければいけなかったのに。本当に愚か。あなたがチャンスを潰し――――――」
言葉の終わりを待たずして、ゾラは動いた。
――――――グチャ
ゾラは剣リアンで自分の腹部を刺したのだ。
「愚かなのはあなたよレウコン」
途切れ途切れになりながらも、ゾラは泣きながら言った。
「必ず私は成し遂げる。世界に忘れられようと、私は知識で彼らを導く」
腹部から血が漏れる。内臓が飛び出ていた。
ゾラはその剣に力を込める。確実に、何があっても死ぬことができるように。
能力がちゃんと発動されるように。
あの日。
封印を解いた日。
勇者となった日。
封印されていた神は笑った。
『残念だったな。お前は世界に忘れられる代わりに死んでこの瞬間に戻って来られる』
最後の希望。
使うことになるとは思っていなかった。
だけど後悔はない。
『使わないほうが身のためだな。世界から忘れられるというのは、自分の声も、文字も、何もかもがどんな存在にも届かないということだ。物を動かすことはできても、お前の意志は伝わらない。犯罪はし放題だ。なんせ神でさえ、死の危機に瀕した際にしかそなたを認識できぬようになる。世界樹以外は認知できない。意味のない能力だ』
レウコンが「まさか」と声を発した。震えながらゾラを見ている。
そのまさか。
『残念だったな。お前の能力は死に戻りだ』
死に戻るためにゾラは腹部を刺したのだった。
ゾラは立っていられなくなって倒れる。地面に這いつくばってなお、矜持だけは失わないように悲鳴は上げなかった。ウィリアムたちに教わった勇気を、優しさを、強さを、ここで投げ出すわけにはいかない。意識が薄くなる。息がしづらい。燃えるように熱い。冷たいものが欲しくなった。
ゾラは血を吐きながらも、最後の力を振り絞って笑った。
「私はゾラ。黄金色の夜明け」
ウィリアムが教えてくれた。
ゾラの未来は明るいと。
黄金色の夜明けを導く少女は、血の海の中叫ぶ。
「忘れてなさい、貴方を屠る女の名前よ」




